異傳・晴天の霹靂、軍師を打つ

異傳・晴天の霹靂、軍師を打つ


 (………これは参った。時代が違えば気候も違うこの国で、素材が見つからない事は予想していましたが……。まさか、代用できそうなものまで見つからないとは)


 昼の商店街を一人で歩く太公望は、内心ひっそりと肩を落としていた。その落ち込み様は、事前に行った占い結果の期待分の落差からきたものだ。

 探し物の吉兆が出た方角の店を徹底的に洗うため、こうして御徒町や上野をうろうろしているのだが。占い結果に反して、探し物がてんで見つからない。

 結果の範囲内であった浅草まで足を伸ばすべきかとも思うが、あそこはセイバー陣営が拠点を構えている。マスターに無断で行動している手前、悪戯に刺激したくはなかった。

 太公望個人の心情としても、借りがある以上はなるべく敵対したくは無い。その借りが、一方的で誰も意図しない化学反応の産物であったとしても、だ。


 太公望は召喚されてから長らく、彼のマスターである由井正雪にも秘密裏に、江戸中の店という店を訪ねて回っていた。全ては正雪の身体に施された狂気の機構を取り除く為に。しかしながら、そのための材料がさっぱり見つからなかった。

 いくら太公望がどうにか出来る術を知っていても、術そのものを発動できなければ意味がない。グランドを自称する彼とて、無い袖は触れないし、無から有は生み出せないのだ。


 最終手段として、浅草のルーラーに助力を求めるという手もあるが、こちらは正直当てにしない方がいいだろう。太公望では彼を説得できるものを用意できない。

 彼をその気にさせる方法を探るくらいならば、あるかも分からない素材を求めて歩き回る方が、ずっと現実的な手段だった。つまりは実質ないのと同じ手段である。


 (マスター殺しの可能性が、いよいよ現実味を帯びてきましたね…。可能性があるうちは足掻くつもりですが……)


 太公望とて、今のマスターを好ましく思う気持ちはあるのだ。だが彼は、己の感情とは別に冷徹な判断を下せる軍師でもあった。いよいよ退けない状況に至った時、彼は迷いなくマスターを切り捨てるだろう。その決断を下さなければならない程、正雪に備わる機能が悪辣なものであるが故に。


 賑わう人の輪から外れた位置で足を止め、天を仰いで溜息を吐く。マスターの前では意地でも見せない姿だが、今は彼女とは別行動中であるという気の緩みがあった。

 だからこそ、その姿をうっかり知り合いに見られる事となった。


 「キャスター!貴様、一人で何をしている?」

 「待てセイバー、いきなり喧嘩腰になるんじゃない。それからおそらく、彼はライダーだ」

 「何?」

 「少なくとも、正雪殿は彼を『ライダー』と呼んでいた」

 「おやおや………」


 知り合いというか、思いっきり敵陣営であるが。しかもなるべく敵対を避けようと考えていた矢先の人物でもある。

 僕の引きどうなっているのかなァ!?という叫びを飲み込んで、いつもの笑顔を浮かべて会話に応じることにした。


 「そちらのマスター殿の言う通り、僕はライダーです。ですが、キャスタークラスの適性もありますから、セイバー殿の呼称もあながち間違いではありませんよ」

 「そうなのか、複数のクラスに適性があるサーヴァントもいるのだな…」

 「なんだ、ライダーだったのか。ややこしい真似をしおって」

 「いやァ、訂正する機会がなかったもので」


 最初の戦闘時、正雪や周辺家屋への流れ弾を警戒して、仙術メインの戦闘方法を取ったために起きた勘違いであったようだ。そんなことある?と言いたいが、実際にあってしまったので何も言えない。


 「ならライダー、ここで何をしている?ユイの姿が見えないが」

 「今はマスターとは別行動中ですよ。僕は一人で買い物です」

 「買い物…?」

 「ライダー殿、差し出がましいようだが、正雪殿についていなくて良いのか?」

 「それなら問題ありません。僕が側を離れた程度で、マスターを危険に晒すような防護は施していませんから」


 ふふんと自慢げに話す太公望に、胡乱な視線を向けるセイバー。まあこれは良い、元々敵対する人間に、警戒や疑心を抱くことは当たり前の心情だ。

 問題は、己を殺しかけた張本人を目の前にしても、これといって悪感情を抱かず、フラットに接してくるセイバーのマスターの方である。


 (なんでこうも普通に接してくるんですかね、この人……。セイバー殿の反応が普通のはず……普通……、うん、セイバー殿の反応の方が普通ですね!いやはや、逸れのライダーを意図せず無害化する人は違うなァ!!)


 太公望は召喚されてからこちら、盈月の儀を勝ち抜くための下準備以外にも、色々水面下で動いていることがあった。そのうちの一つが逸れのライダーだ。

 妲己ではないが、彼女に近しい性質を持つサーヴァントであると、一目見た時から分かっていた。故に、彼女の行動や影響次第では退去させることもやむなしと、密かに監視していたのだが。


 何故か伊織に懐いた彼女は、伊織の周囲をちょこまかと動き回り、彼らに力を貸しながら時々まがままを言う、ちょっと不思議なだけの、おっとりぽやぽやお嬢さんと化した。どういうことだ。流石の太公望もびっくりである。当時は一人でずっと首を傾げていたものだ。

 ちなみに、前記の一方的な借りとはこのことだったりする。当然ながら伊織当人は知る由も無いことだが。本当にどういうことだ。


 世に混乱を齎すのならば———、そう決意していたはずの太公望の思案も意図も、まるで予想だにしない方角からやってきて、異次元の方向へかっ飛ばして収めてしまった存在———それがセイバーのマスター、宮本伊織という男である。

 太公望にとってはある意味では何をしでかすかわからない存在として、現在他の追随を許さない位置に躍り出ていた。


 「そうか、貴殿がそう言うのであれば、そちらは本当に問題ないのだろう。だが、何か困っていたようだが…。目的の品物が見つからなかったのか?」

 「ええ、まァ、そんなところです。時代も風土も違う国ですから、求める物そのものが無い事は予想通りでしたが、代用品となりそうな物も見つからず……」

 「ユイに言えば良かろう。バクシン?というやつなのだろう?貴殿が一人で探し回るより、早く見つかると思うのだが」

 「うーん、マスターにはちょっと秘密にしておきたくて…。あ、この事は黙っていてくださいね?」

 「何故秘密にする。やましい事がないのなら、話せば良い」

 「やましい事ではありませんが、マスターには知らずにいて欲しい事なので」


 我ながら怪しい事を言っているなァ、と思う。客観的に聞けば、疑ってくださいと言わんばかりの回答だ。

 だが、彼女の身体に備わる機能は公にしていい物ではなく、その狂気の産物を無垢な彼女に知らずいて欲しいという思いも本当だ。

 ままならないことばかりだが、可能性がある限りは諦めるつもりは無い。グランドを自称するだけの実力と諦めの悪さは、持ち合わせていると自負しているので。


 「………それは、正雪殿のためなのか?」

 「この行動の全ては、僕のマスター、由井正雪のためです。……まァ、思いっきり難航していますが」


 セイバーとの問答を黙って聞いていた伊織が、長考の末に問いかけてきた。おや?とは思ったが、問われた内容は言っても問題のない事だったので、素直に答える。

 これが核心に触れる内容であれば、下手な肯定も否定もできなかった。相手には、高ランクの直感スキルを持つと思われるセイバーが居る。

 嘘と真実を混ぜて誤魔化すという手法が有効ではない以上、情報を隠蔽するなら沈黙が最善手だ。


 (ライダー、一体何をするつもりだ……?)

 一方、これまでの問答で、セイバーはますます太公望に疑念を深めていた。

 セイバーの直感で、彼の今までの言葉に嘘がないことは分かる。だが、その言葉には肝心な部分が抜けている、とも感じていた。このチグハグな印象が、何よりもセイバーの警戒心を煽る。

 嘘は言っていないが、本当の事も話していない。当然ながら、この買い物自体秘密にされている正雪にも、当然話していないと思われる。

 一度打ち合った経験と彼を構成する霊基の魔力から、ライダーが名のある英霊であるという確信がセイバーにはあった。その上でキャスターの適性があるというのなら、大抵のことはできてしまうだろう。それだけに、核心について沈黙する彼には疑いが募った。


 (マスターのため、という言葉は、少なくとも本心だろう。その上で知られたくない事………)

 そして伊織の方は、短い邂逅ではあったが、太公望の善性をそれなりに信じていた。

 盈月の儀に巻き込まれたあの夜、彼は周囲に被害が出ないように立ち回りながら戦っていたように見えた。そこは伊織が弱いから、周囲を気にする余裕があっただけかもしれないが。

 だが、セイバーが剣を抜いた時であっても、咄嗟に周囲に被害が行かないように動いたように思えたのだ。

 セイバーのあの剣は強い。結果として廃屋を二つ三つ吹き飛ばしただけで済んだが、伊織の静止と令呪による強制がなければ、被害が更に広がっていたことは、想像に難くない。

 だからこそ、それらを踏まえての提案は、伊織にとっては当然の事であった。


 「ライダー殿、貴殿が何をしようとしているかは分からないが、正雪殿の為だというその代用品探し、俺たちが手伝う事はできないだろうか」

 「「は?」」


 敵対しているはずのサーヴァント二騎の心が、この時ばかりは一つになった。なかなかできることでは無い。普通はしないとかは言ってはいけない。


 「正気かイオリ!?この胡散臭いライダーの、不明瞭な計画を手伝うと言うのか!?」

 「正直気持ちとしてはセイバー殿と同じなんですが、正面から胡散臭いと断言されるのは、流石に傷つくなァ!!」

 「落ち着けセイバー。何も考えずに協力を申し出たわけではない」

 「あっ———たり前だ!!!君はライダーが敵であると、本当に分かって言っているのか!?」

 「分かっている。その上で言っている。だが、おそらく盈月とは別件の厄介事の解決に尽力しているだろうライダー殿を、放っておく事はできない」

 「何……?どう言うことだ、イオリ」

 (えっ、ちょっと待ってください、貴方一体何をどう考えたらそんな大正解叩き出せるんですか!?)


 内心冷や汗を滝のように流す太公望をよそに、伊織は話を聞く姿勢になったセイバーの説得に移る。その絆に、わー、仲良しだなァと現実逃避気味な事を考えている太公望は、震えながら必死に表面上の笑顔を取り繕っていた。


 「軍学塾を開く正雪殿が、最上級の敬意を持って接する人物となると、ライダー殿は軍師として名を馳せた人物である可能性が高い」

 「ふむ…?」

 (やっぱりばれたァ!!!!これ、僕の出身地が大陸であるところまでは当たりつけてますよねェ!?)


 現在、真名を隠すためという名目で、正雪に太公望への態度を改めるよう指導しているのだが、既にその辺りからばっちりバレてしまっていたようである。遅きに失するとはまさにこの事。実に後の祭りといったザマであった。


 「そんな名のある軍師が主人に知らせたくないと思うこと———つまり、単純に盈月の儀の勝敗に関わる事では、おそらくは無い」

 「そうだな、軍師なら敗因があるのなら進言して取り除き、勝因があるのなら逃す事なきよう伝えるだろう」

 「盈月の儀———現状の戦ごとに関わる問題であれば、何も言わないという選択肢を取る方が不自然だ。ならば口にしない、もしくはできない理由があると考える方が自然だ」

 「そうなのか?」

 「黙秘します」

 (えっ待って待って待って待って下さい!!伊織殿、何も知らない巻き込まれ枠のはずですよね!?なんだかものすごく核心に迫られている気分なんですが!!!!ですが!!!!!)


 セイバーの質問を余裕の笑顔で流したが、太公望の内心は大荒れもいいところであった。ぶすくれているセイバーに、フォローの言葉をかけられないくらいには動揺していた。いやこっっっわ。


 「それでイオリ、その言えない理由とやらは何なのだ?」

 「俺とて知らぬ事は言えないが……。おそらくそれが、盈月とは別口の厄介事であると思っている。ついでに言うなら、正雪殿自身は、その厄介事に巻き込まれている自覚はないのだろう。悪意の渦中で、そうとは知らないままにいるからこそ、知らないまま終わらせて、最初から無かった事にしたいのではないかと、そう思った」

 「ふむ、なるほど?どうなのだ、ライダー」

 「………黙秘します」

 「またそれか。まさか君、己のマスターを害するような企てをしているのではあるまいな?」

 「それも黙秘します」

 「………まさかとは思うが。貴殿、最悪の事態となったら、事が起こる前にマスターを殺害して退去するつもりか?」

 「はぁ!?」

 「黙秘します」

 (こ、こっっっっわ……!?細かいことは全く知らないのに、概要だけは的確に当ててくる……!!人間観察力が天元突破してませんか!?あれ、もしかして僕、詰んでる………!?)


 本当の事は公に出来ず、下手に嘘をつけばセイバーの直感に引っかかり、沈黙しても伊織がその観察力で正解を引き摺り出す。対人の駆け引きにおいて、これほど厄介な状況もそうそうないだろう。このコンビ、あらゆる意味で無法すぎる。


 「イオリ、君は妙にこのライダーを買っているようだが、そもそも此奴が本当にユイのためになる事をしているとは限らんのだぞ」

 「世の平穏と正雪殿を比べたなら、流石に前者を取るだろうが。そうでないのなら、進んで悪辣な事をする御仁ではないと思っている。先程はマスターの殺害について言及したが、逆に言えば、そうしなければ江戸の平穏が崩れる可能性があるからこその決断だろう。……そうと分かっていて何もしないのは、悪しきことだ」

 「むぅ……。君がそこまで言うのなら、仕方ない。手伝ってやろう」

 「ああ、助かる。ありがとう、セイバー」

 「ふん、仕方なくだ、仕方なく。しばらくは白米を大盛りにしてもらうからな」

 「白米はいつも大盛りだろうに……。そういうことだ、ライダー殿。貴殿の探し物、手伝わせてはくれまいか?」

 「えっ、本当に手伝ってくれるんですか?」


 うっかり素で聞いてしまった。普通は敵陣営の怪しい動きに協力しようとは思わないし、そこまで考察しておいて、正解は聞かずに手伝いだけ申し出るとも思わない。


 「手伝うと言っているだろう。疾く探し物とやらを教えるがいい」

 「えぇー………」


 確かに現状、太公望は手詰まりであった。

 正雪に気付かれること無く準備を進めるために、何のしがらみも持たずに、マスターと深い関わり合いもなく、魔術に対して理解ある存在で、善意でもって協力してくれるような稀有な人材が欲しいと思ったことも事実だ。

 だがそんな都合の良い人物など、その辺に転がっていないことも確かなはずだった。


 (いましたね、都合の良い、稀有な人材……)

 思わず顔が引き攣りそうになる。己の占いの腕を誇ればいいのか、一番無いと思っていた探し物が転がり込んできたことに喜べばいいのか。

 正直どんな顔が正解かはわからないが、一つだけ確かな事はあった。


 (………うん、全部終わったら、何が何でも晴明くんを一発殴りましょう!)


 一人決意を胸に、持ち前の面の皮の厚さで持って取り繕う。

 善意の協力者相手にだって、情けない姿は見せたく無いので。

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