『異世界チートショッピング事件』

『異世界チートショッピング事件』

あにまん掲示板:【AIのべりすと】安価ファンタジー【物語を書いてみる】


 ここは大陸でも有数の大都市だ。港と川があって、商業が盛んである。

 多少歪な星型の外壁が街をぐるりと囲んでいて、街の中央付近をちょうど北部と南部の二つに割るように大きな川が流れている。

 中央には役所やら議会やらが集まった官僚区画があって、その周辺が高級住宅街。そこから街路樹と大きな通りを挟んで外側が、北側が商業地区やら住宅区画やら、街の施設などなど。

 大きな門がある南側には街の外の人間が泊まる宿泊施設やら遊興施設やら、酒場や食堂やらもこういう場所にある。

 私の事務所、もとい自宅にはこういう区画にある小さな宿の一室を借りていた。宿代が安いのと、あと冒険者向けの施設もこの辺りにあるからだ。


 ◆◆◆


 さて、今日は街の北側の商業地区まで足を伸ばして、ケーキを買いに来ていた。

 南側の宿泊施設などが揃った大通りにも食料品店はあるけど、ケーキのような高級なお菓子を取り扱っているものとなると、商業地区の大きな店を探す必要がある。


「こうして昼間に歩くと、意外ときれいな街並みなのね」

「でしょーう? ほら、この街は馬車が入れる大通りと、人が使う歩行者通りはきっちり分けられてるから、うっかり街中で馬糞とかを踏むキケンもないんですよー! もちろん、ちゃーんと大通りには清掃係がいるから出しっぱなしでもないです!」

「ずいぶんグイグイ自慢するわね?」

「……よその街にいったらえらいことになってました。私はこの街に骨を埋めます」

「ああ、なるほど。しょせんはこの世界も、街から一歩外に出たらファンタジー世界でも暗黒時代寄りの衛生環境ってこと」

「よその村のトイレとか絶対行きたくないでーす……」


 私の隣を歩く赤いワンピースが似合う美女さんは、カラさんである。

 とある事件で知り合った。ええと、そう、あれ、鏡の精霊の人である。

 精霊といっても、透けたりしてなくて普通に触れるし、見た目も人間と変わらない。人間よりも頑丈だったりするらしいけど、その辺の詳しいスペックは私にもよく分かりません。

 とにかく、黒い鏡の中の世界と、こちらの世界を行き来できる、美女である。


「…………それにしても、ずいぶんと注目を集めるわね」

「カラさん美人さんですからねー」


 ぶっちゃけこの街中では鏡の精霊がどうとかよりも、この美人っていう特徴の方が重要なファクターである。通りを歩いてみると人が振り向く振り向く。

 明らかに悪目立ちしてるので、ちょっと一緒に歩く方はドキドキである。

 北部の商業地区だから別にキケンはないんだけど。街の外の人間の出入りが激しい南部の裏通りとかだったら、絶対ヘンな人集まってきそう。うっかりカラさんが迷い込んだりしないように注意しておかないとなぁ。


 さて、今日ようやくアンドレさんにお願いしていた人間サイズの姿見が完成したので、晴れてカラさんに街を案内する(+お祝いのケーキを買っちゃう)予定だった。

 予定だったのだけど、カラさんがなにか妙なものを見つけてしまった。


「ねぇ、前の方、えらく人が多くない? こちらを目指すので間違いないのよね?」

「あ、はいはい。そうですけど……あれ?」


 カラさんがピアニストみたく白くて細くて長い指で、大通りを指差す。

 わー、細くてキレイな指ですね。じゃなくて。

 いつもは馬車が行き交っている北部中央の大通りに、今日はなぜだかすごい人だかりができていた。目を凝らしてみると、どうやら通りの入口の方みんなそろって指差したり、眺めているように見える。


「今日ってパレードとかあったのかな? うーん」

「へぇ、この街にはパレードなんてものまであるの?」

「ありますよー。夢の国じゃないからエレクトリカルじゃないですけどね」

「それはちょっと残念だけれど。お神輿なら興味があるわ」


 そんな事を呑気に話しながら、大通りを眺める人集りまで辿り着き、注目を受けている方を見ると。そこにいたのは……巨大なゾウの大群だった。


 バキバキバキ、バキバキバキと、音が聞こえてきた。

 近づいてみるとすごい音である。


 大通りを歩く巨大なゾウ達は、足元に敷き詰められた骨を踏み潰しているのだ。


「なにこの祭り」

「すいません私にもさっぱり」


 思わず口にしたという感じのカラさんの疑問に、私は真顔でそう答えるしかできなかった。なにこれ。いやほんとなにこれ。

 ぱおーん、ぱおーんと象の鳴き声が聞こえている。

 大通りを、巨大な象達が行進していた。そう、巨大。現代日本の動物園で見たゾウより、二回りほどデカい。まるで建物が歩いてるみたいな大きさ。

 その数、百頭以上。大通りは、完全に埋め尽くされていた。

 よく見ると、象達の背中には、鎧を着た騎士達やら兵士が乗っている。彼らは手に持った長い棒のようなものを振り回して、行進の道から外れた骨を通りに寄せて象に踏み潰させていた。


「うーん、骨を潰すの目的、でしょうか? 力の誇示的な」


 巨大なゾウのパレードの最後尾には、ベルトのついた一際大きなゾウがいて、こいつはその大きな体で、もっと大きな巨大な骨を引きずっている。

 骨はまるで巨人が横たわったように、大の字になっていて、その真ん中には人間の頭蓋骨が乗っていた。いいや、遠くからだから縮尺がおかしく見えるけど、あれは超巨大な人間型の頭蓋骨だ。ようするに、あれは巨人の骨なのだ。


「たびんこれ、巨人か何かを退治した……凱旋パレード、みたいですね」

「ずいぶん野蛮な儀式だこと」


 気分を害したようにカラさんは目を細めて言い捨てた。

 私もあんまり楽しい感じはしない。街に住む人達からすると、悪い魔物を倒した正義の騎士団の凱旋、なのだろうけれど。

 さて、こんなの見ててもつまらないのでケーキ屋さんに行こうかな、と振る。


 ちょうどその時だった。大通りの向こう側、南の大門へと続く橋を超えて、今度は巨大ゾウじゃなくて馬に乗った集団がやってきたのだ。


「……あれ?」


 先頭を走る黒馬に乗るのは、黒光りする全身甲冑の騎士。

 その後ろには、同じく全身甲冑の騎馬兵。さらにその後ろは、大きな盾を構えた歩兵。最後に、弓を持った軽装の兵士と、杖を持ったローブ姿の魔法使い。

 全員が、金属製のフルプレートアーマーを着込んでいて、兜まで被っていた。

 ゾウに乗った騎士たちは、大きく鎧やマント、それにゾウの横腹に自国の紋章を付けていたのに、この集団は身分を示すものを何も身に着けていない。

 まるで戦場を走るように、身を低くして馬を駆けさせている。


「こっちよ」

「……は、はい」


 カラさんが私の腕を引いて、物陰に隠れるように促してきた。

 とっさに私は周囲の観衆に警告の言葉を口にしようとしたけれど、それよりも先に強く腕を引っ張られて、そのまま物陰に引っ込まれる。


 その瞬間、馬に乗っている騎士の一人が、持っている槍を大きく振った。

ブンッと風切り音を鳴らして、その先にあった建物が崩れ落ちる。

 バリバリと派手な破壊音を立てて、通りに面していた建物が倒壊した。瓦礫はちょうど巨大ゾウたちのパレードの道を塞ぐように落ちて、進行を邪魔している。

 カラさんが、眉間にシワを寄せて呟く。


「この街って、いつもこうなの?」

「ちがいますよ!」


 巨大ゾウ軍団と、謎の騎士たちの戦いがはじまる。

 観衆が悲鳴を上げて逃げはじめた。


 ◆◆◆


「えーと、なにやってるんですか、カラさん」

「口紅を塗ってるのよ」


 手にしたハンドバックから手鏡を取り出すと、カラさんは口紅を塗っていた。

 いや、見れば分かるからそこは聞いてないんだけど。今、破砕音と巨大ゾウの鳴き声と剣戟と地響きがすごい勢いで大通りに鳴り響いてるんですけど。口紅塗ってる場合じゃないと思うんですけど。

 観衆が巻き込まれて阿鼻叫喚、とならなかったのは、パレードの列が崩れなかったからだ。例の黒騎士の一行が後列のゾウへと攻撃を開始して、巨大ゾウの騎士団はこれに迎撃しているものの、巨大ゾウが暴れることで街に被害を出すことを恐れて反撃が上手く出来ないようだ。

 ちょっと安心して、カラさんの方に視線を戻す。


「……で、どうして口紅を?」

「だって、これからショッピングの予定でしょう?  そういえばわたし、口紅をしてなかったなって思い出したのよ」


 そういえばショッピングの予定でした。

 巨大ゾウがものすごい悲鳴を上げて大通りをそれて歩行者通路に向かって倒れ込んだ。灌木が倒れて散った葉が宙を舞う。このゾウは巨人の骨を引きずってたやつだ。

 黒騎士たちの目的は、巨人の骨を奪うことらしい。

 引っ張っていたワイヤーを切り離して、暴れる巨大ゾウを掻い潜ろうとしている。

 しかし、その時だった。


 バキバキバキ、バキバキバキと、また破砕音が聞こえてくる。


 今度はなんだと視線を向けると、大通りの先に、今度は巨大なワニの群れが現れて、牙を剥き出しにして行進する行列に襲いかかろうとしていた。


 バキバキバキ、バキバキバキ。

 バキバキバキ、バキバキバキ。

 バキバキバキ、バキバキバキ。


 大通りの左右から現れた巨大なワニの群れは、大通りの両脇に並ぶ建物を、まるで蟻が砂糖菓子をついばむように、次々と噛み砕いては飲み込んでいた。


「うわー、うわー、うわー」

「すごいことになってきたわね。ケーキのお店、大丈夫なの?」

「えーと、あっちは川の方だから、大丈夫です!」

「よし」


 大通りを行進していたゾウたちが、巨大なワニを見て慌てふためく。

 騎士達は慌てて隊列を組み直そうとするが、巨大ゾウたちの多くがバランスを崩して転倒してしまった。巨体が倒れた衝撃で周囲の建物にも甚大な被害が出る。

 ゾウの足下にいた鎧姿の兵士達が、慌てて逃げ散っていく。

 その時、ようやく黒騎士たちが巨人の骨の側までたどり着いた。


「我に力を!」


 手甲を脱ぎ捨て、骨に直接触れると。黒騎士が叫んだ。

 白い雷光が大通りを覆う。


 光でぼやけた視界が次第に像を結んでいく。

 そこに見えたのは二本の巨大な脚、ゆっくりと顔を上げると、それは腰に繋がって、上半身に繋がって、いっぱいに見上げたところで頭がようやく見えた。


「巨人ね」

「ウルトラ大きい巨人ですねー……」


 大通りに立っていたのは、黒色に輝くメタリックな巨人だった。鎧のように全身を覆い、鎧よりも強靭そうな筋肉に覆われた巨人が、大通りにそびえ立っている。


 黒メタリックの巨人は、腰ほどの高さで暴れている巨大ゾウを見下ろすと、その向こうから近づいてくる巨大ワニの方へと向き合う。どうやら巨人の眼中にあるのは、あの巨大なワニの群れだけらしい。

 対するワニの群れは、その場で一箇所に集まりつつあった。


「私この後の展開がなんとなく読めました」

「奇遇ね、私もよ」


 まるで巨大なワニ塊というように寄り集まっていくワニの中央から、巨大な肉塊が立ち上がる。無数のワニが急速に形を歪め、溶け合い、膨らみ、そしてそれは硬い甲殻をもった形になって……合体して、超巨大ワニになった。

 そして、黒色メタリックの巨人と相対したのである。


 先制をとったのは、超巨大ワニだ。

 ドシン、と重々しい音を立てて、超巨大ワニの顎門が巨人を捉えた。巨人は咄嵯に両腕を交差させて防御したが、ワニの顎門は巨人の腕ごと巨人を地面に叩きつけた。

 地面が揺れて、土煙が上がる。

 しかし、巨人は倒されていなかった。

 巨人は超巨大ワニの顎門を掴み、ワニの頭を持ち上げようとしていた。超巨大ワニは、それに抗うべく、全身の筋肉を膨張させ、巨人を跳ね除けようと力を込める。

 空気を裂くような鋭い声で、巨人が叫ぶ。


「ほら、引っ込むわよ」

「はいぃぃっ」


 カラさんに引っ張られて建物に引っ込むとほぼ同時に、巨人の全身を覆っていた黒い鎧のような装甲が一斉に剥がれ落ちて、黒い稲妻が大通りを走った。

 黒い閃光が大通りを包み込む。

 きっと取っ組み合っていた超巨大ワニは焼き尽くされたことだろう。


 その光景は、まるで黒い太陽が地上に落ちてきたかのようだった。


 ボロボロと、超巨大ワニの表面から、ワニの骸が剥がれ落ちていく。あっという間に大通りは黒焦げになったワニのでいっぱいになった。すごい焦げ臭い。

 黒騎士の部下たちは、巨人がワニの群れを倒したのを確認すると、すぐに馬に飛び乗って逃げていった。いつの間にか合流していた黒騎士が先頭を走っている。


 後には、黒焦げになったワニの死骸の山と、あと巨人の骨、それに怯えて大通りをうろついている巨人ゾウたちだけ。

 あ、散り散りになっていたゾウの乗り手たちが戻ってきている。

 はやく巨大ゾウをどうにかしてね。マジで。


「じゃあ、パレードも終わったみたいだし、行きましょう?」

「は? あ、はい」

「店がちゃんと開いているといいのだけれど」


 私はもう大通りから興味をなくしたカラさんに手を引かれて、ケーキを取り扱っている高級菓子店を目指し、一路商業地区へと向かったのだった。


 ◆◆◆


「お買い上げありがとうございましたー♪」


 お店の看板娘という、双子の少女の声を背中に受けながら、私とカラさんは並んでお菓子屋さんを後にした。

 商業地区の一等地に構えるような立派な店である。手ケーキを包む手提げ袋の包装も可愛らしく、食べ終えたら飾っておきたいくらいだ。やっぱ高いお店はいいなぁ。


「この街に住んでるのに、来るのははじめてだったの?」

「えーとですね……こう、なんか気後れしちゃいまして。ほら、ああいう店って窓にまでステンドガラスなんて使って高級感あるでしょう?」

「そうかしら?」

「貧乏暮らしが長かったんですよぅ」


 商業地区の一等地に並ぶ店の列を眺めながら、カラさんが首を傾げる。確かに、改めて現代日本の街並みの記憶と比べると、たいしたことないのかもしれない。

 でも、カラさんの方も、こういう街に似合っていて違和感がないのだ。

 いつもの赤いワンピースも、美人さんが着ると様になる。高級住宅街をハンドバックを下げて歩く姿は休日の貴族令嬢とでもいう感じで、ふわりと風でたなびく髪はまるで妖精のよう。精霊だけど。

 一方私は気後れしないようにそれなりに気合を入れたコーディネイトしたものの、どうにも冒険者的な活動が多いせいか、動きやすさを優先してしまってゴワゴワした服をチョイスしがちだ。防刃効果とかつい意識しちゃうの。


「せっかくだから、服とか見ていく?」

「心を読まないでください」

「物欲しそうな目で見てたからよ。あなた、美人なんだから、もうちょっと彩りのある服を着てもいいと思うのだけど」

「わぁい、もう一回言ってください」

「もうちょっと彩りのある服を着なさい」

「そこじゃなくてもうちょっと手前だったんですけどあと命令形!?」


 結局、そのまま半日をかけて商業地区でショッピングを楽しむことになった。

 生きていくのに必要じゃないものはあまり買い入れないクセがついてたので、こういう散財をするのも思いのほか楽しいことをずいぶん久しぶりに思い出した。


「貴族御用達なんて書いていても、言うほど接客が徹底してない店が多いのね」

「この街には貴族いないですからね。よその国からは来ますけど、自国領の外で大きな顔するようなのはそんなにいませんし」


 カラさんは接客で気に入らない所があればごく自然に店員にダメ出しもするし、改善案をその場で教えて、必ずなにか一つを購入していく。その商品選びがまたセンスがよくて、店員と一緒に私まで感嘆の溜息を吐いていた。

 なんでそんなにセンスが良いかを聞いてみると、こちらの世界の服飾のバリエーションに元々持ち合わせていた現代日本のファッションセンスを取り入れて、気にいるコーディネイトを選んでいるそうだ。これが異世界チートってやつかもしれない。

 ごめんなさい、同じ現代日本のセンスを持ってるはずなのに全然分かりません。


「えー、えっとそれじゃ、私はこのマフラーを」

「それもいいけれど、さっき買ったアウターと組み合わせるならこちらの色がいいんじゃないかしら。貴女の好みにも合うでしょう?」


 カラさんは、たまに私のことをじっと観察しては、あれこれアドバイスをくれる。

 私としては、着せ替え人形のように扱われるのが恥ずかしいのだが、カラさんは私を着飾らせるのが楽しくて仕方がないらしい。

 私を着飾りながら、カラさんは楽しそうに笑う。美人さんの笑顔である。そりゃあまあいいかと思ってしまうだろう。私は悪くない。お財布には厳しいけどね。

 けっきょく半日ほどかけて、カラさんはこの世界らしさのある上品な衣装を一通り。私は商業区のお高い店のある通りを歩いても恥ずかしくない、オシャレな一張羅を手に入れたのだった。


 帰り道。

 例のパレードからの大騒ぎがあった大通りにちょっとだけ立ち寄ってみた。


「……わー、なんだこれ」


 例のパレードでのしのし歩いていた巨大ゾウたちが、いっぱい通りに横倒しになって、なんか半分くらい溶けはじめている。

 溶ける、といっても肉が溶けて骨が見えて、みたいな感じじゃなくて、アイスが溶ける感じでジワァ……って液状になってるみたいな。


「あら、気付いてなかったのね。あれは魔法で作った生物よ」


カラさんが何でもないことのように言ったのでちょっと驚いた。


「そういうの分かるんですか?」

「うーん、精霊だからかしら。なんか分かるのよ。本物かどうかとか、そういうの」


 なるほど。今度そういうのアンドレさんにでも聞いてみるかな。それとも、精霊使いとかの専門家に聞いてみると良いかもしれない。カラさんのこと説明するの面倒くさそうだけど。


「……よく言うこと聞いてたわけですね。なるほど」


 巨大ワニの群れが出てきたときとか、食べられまいと巨大ゾウ達がパニックおこして商業区やら市街地に逃げ出してたら、大惨事になってもおかしくないもんね。

 ちょっと肝が冷える。

 あんまりにも現実味がない光景だったから感覚がおかしくなってるけど、あのメタリック巨人と合体巨大ワニの対決は、まいがいなく街のピンチだったのだ。

 たぶん私と同じ感じで、ほとんどの一般市民はすぐに元の生活に戻ってるけど。


 びっくりすることに死者も出ていない。

 たぶんあの黒騎士は、いわゆる良いやつだったんだろう。

 最初に巨大ゾウの騎士団を襲撃してた時に切り結んでたのだ。普通は斬り合いで一人や二人、殺しててもおかしくない。

 巨人に変身した後にちょいと建物掴んで投げるだけで大惨事にあっただろうしね。


 大通りでは、今も衛視さんやら見回りの兵士さんが忙しそうに走り回っていた。

 ずいぶん時間が経っているから、溶けるスピードは最初はゆっくりだったのかもしれない。でも、今はだいぶ溶けるスピードが早い。みるみる溶けて、消えていく。

 大通りは一応石畳なのに、よく見ると大地に溶けるみたいに液状になった部分も蒸発していってる。そういえば魔力って揮発性だったっけ。そりゃ消えるか。


 巨大ゾウたちはなんかつぶらな瞳を満足そうに細めたまま溶けて消えていく。

 そのせいか、あんまりかわいそうって感じはしない。こいつらなんでやり遂げた感出してるんだろう。


「生まれた時から生きる理由を知っているからよ」


ぽつりとカラさんが言った。一瞬、意味が分からなかったけど、私と同じものをミていた横顔を見て、私が思ってたことを察したのだと気付いた。


「えー、と」

「満足そうな顔、ヘンでしょう? でも、彼らにはあれでいいのよ」


カラさんはちょっとおかしそうに笑う。


「乗り物として生まれて、乗り物として生きて、乗り物として死ぬの」


 なんだか言葉にするとすごく残酷なことのように思えるけれど、カラさんは楽しそうに、あるいはちょっとだけ羨ましそうにそれを言うのだ。

 街の通りでゆっくりと溶けていく巨大ゾウを見ながら。

 人間なら、なんて話をするのは野暮だし。カラさんはどうなのか、なんて話をするのはもっと野暮だろう。


「私は美味しいものも食べたいですね」

「それには私も興味があるわ」


 別にゾウを見て食欲が湧いたわけじゃないけれど、そのまま私とカラさんは、美味しい食事のできる店を探しに商業区へと足を向けたのだった。



◆◆◆


 次の日の朝、私は借りている宿の一階にある食堂で朝食をとっていた。


 この世界の朝はパンとスープが定番だ。

 パンは焼きたてで、バターがたっぷり塗られている。スープは野菜の出汁が効いていて、とても美味しい。

 向かいの席では、カラさんが黙々とパンを千切っては口に運んでいる。

 昨日の買い物でついついお金を散財してしまったので、節約のためにベーコンエッグとサラダは抜きである。コーヒーもミルク抜き。苦みに顔が渋くなるのを我慢する。子供っぽいとか思われるからね。

 カラさんは、パンを千切るのをやめて、じっと窓の外を眺めていた。

 朝日が眩しくて目を細めている。

 窓から見える商業地区の景色を眺めながら、ぼそっと言った。


「ねぇ、モニュ」

「はい?」

「これ、昨日のお礼よ」


 白い腕がすっと伸びてきたので、反射的に手を伸ばしたら、手のひらの上にちょこんと小さな円筒形の容器が乗せられていた。


「これは、えーと」

「口紅よ」

「あー、ありがとうございます」


 この世界には、現代日本ではおなじみの、円筒形の口紅はない。平べったい容器に入れて指先で唇に塗るのが主流だ。なのでちょっと不思議な感じがする。

 おっかなびっくり蓋を開いて口紅の色を見ていると、カラさんはふふっと笑った。


「さて、モニュは今日は何をするの?」

「えーと、私は、ギルドにお仕事でも探しに行こうかなと。なにか依頼があるかもしれません。例えば例の逃げていった黒騎士を追え!とか」


 カラさんは、私の言葉に楽しそうに声をあげて笑った。いや冗談じゃなくて本当にそういう仕事の依頼が来たらいいなーって思ったんだけど。これでも探偵、人探しは大得意なのだ。黒騎士の一人や二人くらいちゃんと探してみせるよ?

 依頼されたらね。

 でもまぁ、そんな面白い仕事が都合よく来ないだろうなーとも思ってる。


「じゃあ、お仕事いってらっしゃい」


 そんな言葉に振り向くと、カラさんの姿は部屋から消えていた。


 アンドレさんから購入した黒い鏡面の姿見は部屋の壁にかかっている。これがある限りカラさんはいつでもこちらに出てこれるし、いつでも鏡の世界に戻れるのだ。

 ちょっと高いお買い物だったけど、良い買い物をしたと思う。


「それじゃ、いってきまーす」


 そう言って部屋を出ていく。「いってらっしゃい」と声が聞こえた気がした。


 ◆◆◆


『異世界チートショッピング事件』 END

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