異世界の冒険(レイちゃん救出編・後編)

異世界の冒険(レイちゃん救出編・後編)


「よし、今だ!」

「ストロォォォォング!! ニュゥゥゥジェネシスゥ!!!」


一人のウタが空間の裂け目に音符を一つ投げつけると同時に、勢いのある声と共に空間のある裂け目に力強い拳が打ち付けられる。音符が弾け、拳の衝撃も辺りに広がったが、空間の裂け目は広がる様子を見せなかった。

三人が元いたウタワールドでは、万が一にも異世界へ飛び込んだ三人がこちらへ戻ってくるまでに裂け目が閉じてしまわないよう、母のウタが中心になって試行錯誤を繰り返していた。

初めは"この世界を生んだウタ"のウタウタの実の能力を行使してみたが、別人が作り上げたウタワールド同士が直接干渉している為か、"この世界を生んだウタ"のウタウタの実の能力だけではどうにも力が足りないようだった。悪魔の実の理屈だけで足りないならば力尽くという事で、今度はウタウタの実の能力に加え、腕自慢のウタ達が裂け目をこじ開けようと様々な攻撃を試していたのである。

しかし、尋常の手段では開かないとトットムジカが断言した空間の扉である。それも思うような成果は出ていなかった。パンチを放ったアロハシャツに海パン一丁のウタは地上に着地しつつスーパーなポーズを決めたが、サングラスを外して裂け目を見つめると口惜しそうに額の汗を拭った。


「参ったな、ビクともしない」

「ふぅむ……我らを以てしても、か」

「ウタウタの実の能力でダメなら腕力でって思ったけど……」

「くっ……こんな時ワシの持つ古代兵器の力があれば……!!」


表情に焦燥の色が見えるパワーウタに対し、海パンのウタの隣に居たウタが何かを決意したように目をキラリと光らせた。


「私達の目的は……言い方を変えれば、レイ達三人の別世界からの『解放』。即ち……マイダーリンの力を使うという手があるのではッ?」


ウタが妙にねっとりとした口調で目線を隣にやると、麦わら帽子を被ったウタが佇んでいた。向こうの世界に向かったウタも麦わら帽子をしていたが、アレは推し活のために作ったレプリカである。対して、ここに佇んでいたウタの被っていた麦わら帽子は、"本物"。即ち、"海賊王"から"赤髪"へ。そしてルフィに託された、あの麦わら帽子だ。

それを被っていたウタは、唇を噛みしめ、震える手を拳にして抑えると、険しい表情でその問いかけに応える。


「……私でも良いの?」


その問いに、ねっとりとした口調のウタは即答した。


「君でなきゃダメだ。何故なら君は、その帽子を被るのに相応しい魂をしている。私はそれを知っているし、私はその魂の行く末を肯定する。君が逃げたい程の恐怖に怯えても、勇気を以て進む決意と共に足を踏み出しても、マイダーリンは常に君と共に生き続ける。マイダーリンはいつだって君の側にいる。そうだろう? 超親友(ブラザー)」

「……分かった」


短い返事の後、彼女は麦わら帽子を少し深く被った。ルフィが託された、シャンクスの麦わら帽子。彼女は"ウタ"だが、エレジアでの戦いでルフィが彼女を救うために全力を尽くした結果、彼女は命を拾うと共に、その身にルフィの全てを宿すに至ったのだ。ルフィの歩んだ足跡も、記憶も、能力も、夢も、仲間も、ルフィの全てを託された。

世界を巻き込んで大勢の人達の心を連れて逃げようとした彼女を、確かにルフィは救った。自身の命を迷うこと無く捨ててまで。生きて欲しいと切に願う彼の想いは届き、結果、彼女だけが残った。彼女はずっと、自分を許せなかった。自分の為にルフィを失って、ルフィの全てを奪ったような自分の事を、ずっと責め続けていた。

けれど、この世界に飛ばされた彼女は出会った。自分の中にいるルフィに気付き、その事を彼女に気付かせてくれる人に。彼女の中にいるルフィが、彼女が葛藤しながらも仲間達と共にルフィの夢を継ごうとしてくれている事を心から喜んでいる事を知った。だからこそ。


『アンタがルフィとして存在する事は、罪でもなんでもない。ルフィはアンタに全てを託した事を、ドンと誇りに思ってるハズだ! だから、もう、自分を許してやんなよ』

『君がいる限り、マイダーリンの魂は、夢は、共にある。君が前に進む限り、マイダーリンは生き続ける。マイダーリンは、絶対に負けない』


違う世界の自分自身からのエールは、確かに彼女の中の何かを変えた。力強く輝く瞳で、異世界の扉を見据える。


「やってみる……"ギア4"!!」


気迫を込めた声と共に、彼女はゴムの弾力で飛び立った。そして、武装色の覇気を全身に纏い、拳に力を込める。

あたしにどれ程の事が出来るか分からない。けれど今は、ルフィが今までそうしてきたように、誰かの大事な人を、友達を、助けたい。笑顔を取り戻したい。お願い、ルフィ。あたしに力を貸し───ううん、違う。あたしと一緒に戦って!!


「────ゴムゴムの!!!」


次の瞬間、その想いに、叫びに応えるかのように彼女の全身が真っ白に変化していく。ある種神々しいまでのその姿に、周りのウタ達は息を呑んだ。そして、確かに彼女の側にいる"マイダーリン"を目に焼き付けつつ、彼女の背中を押したウタはクールに微笑むと、激励代わりの投げキッスを送った。



最初の一撃が勝負、と言ったウタの考えは正しかった。ルフィの仲間の事は単行本で隅から隅まで読み尽くしているこのウタが、恐らくハンコックと同じくらい厄介だと踏んでいたのがロビンの能力だった。ハナハナの実であちこちに手足を咲かせるこの能力が、今の自分達にとって何より恐ろしいのは、目に入るなら無限かと思わせる射程だ。少なくとも、視界に入った時点で能力発動の対象になっている。つまり、捕まったらおしまいのこの状況でハナハナの能力を相手に出させた時点で"詰み"なのだ。その隣に、高威力の電撃で遠距離攻撃が出来るナミがいる事で、捕まってはいけないという条件の上での逃走は困難を極める。だからこそ。


「流石に、こっちも効いた……! けど、やった! 一気に抜けるよ!!」

「いたた……二人とも、しっかり捕まってて! ナミさんロビンさんスミマセン! 今回だけは勘弁して下さいませ!!」


ウタの放った"音の衝撃(ムジカショック)"は、ルフィの旅路を研究し尽くしたこのウタが、"王下七武海"バーソロミュー・くまの必殺技を元に編み出した技だ。その威力はあの世で彼女を鍛えたエースが太鼓判を押した威力……の約100倍。不意打ちとは言え、元いたウタワールドで戦争じみた戦いを繰り広げていた名だたるウタ達の喧嘩をも止めた威力だ。ウタワールドだからこそ使えるアドバンテージを最大限活用したその爆音を至近距離で受けたとあっては、流石の四皇幹部も、七武海もひとたまりもない。

最初の一撃でロビンとナミ、更にはハンコックをもをダウンさせ、かつその周囲に居たウタ達ごと敵陣を突破できたのは大きなアドバンテージだった。一気に出口となる裂け目の下へと走る。

しかし、囲んだ相手も大した物、多少の混乱で追撃が止まる訳でもない。自分達を捕え落とそうと、無事だったウタ達が追いすがり、また立ち塞がる。


「来たな、かかって来い! お前等全員、やり直しだぁ!!」

「言いたいだけでしょソレ!! トットムジカ、二重奏! ウタウタの……!」


麦わら帽子のウタが両の腕を後ろに引くと同時に、ピアノの鍵盤を思わせる造形が両腕に浮かび上がる。それは一瞬にして形を為し、二本の大きな鍵盤の腕に変わった。推し活で(無理矢理)従えたトットムジカの力を、今や彼女は完全に制御している。


「バズーカ!!」


巨大な鍵盤の両腕で正面に立ちはだかったウタ達を蹴散らすと、出口となる裂け目を見上げる。


「……ねえ、気のせいかな。出口、小さくなってない?」

「いや、気のせいじゃ無い! 急ごう!!」

「それ以上に、どうやってあそこまで飛ぶの!?」

「それは考えてあるから大丈夫! だから……!!」


麦わら帽子のウタが、背中にしがみついた幼少期のウタに声を掛けた一瞬の隙に、周りから更にウタ達が飛び込んで来た。


「ッ!? しまっ……!」

「猿山連合風オマージュ神拳! "破壊の雄叫び(ハボックソナー)"!! ウォーホー!!!」


猿叫とも言うべき凄まじい叫び声が辺り一帯に轟くと同時に、飛びかかってきたウタ達が吹き飛んでいく。麦わら帽子のウタの武器がトットムジカ込みの腕力なら、こちらは歌声と音(と漫画の知識)が武器と言った所だろう。これまで自分を苦しめ続けていたウタ達が蹴散らされていく様は、幼少期のウタにとってこれ程頼もしい事は無かった。

しかし、そう思ったのもつかの間、先程麦わら帽子のウタが蹴散らしたハズのウタ達の一部が既に起き上がっている。その様子に、もう一人のウタの表情に焦燥の色が現れた。あまり考えないようにしていたが、ここに至って自身の考察が現実味を帯びてきた事に、彼女は額の汗を拭った。


「ねえバカウタちゃん、ちょっと聞いていい?」

「バカ言うな! 何だよ!」

「あっちのあたし達の中に、痛みを快感に変換してる子が何人かいない?」

「!!」


麦わら帽子のウタがその問いかけに思わず後ろを見ると、先程自身がピアノの腕で蹴散らしたウタが既に起き上がり、こちらへ向かって来ようとしていた。身体のダメージは大きいハズなのに恍惚とした表情を浮かべ迫ってくる姿に、背中のレイは思わず悲鳴を漏らした。幼少期のウタが苦い表情で応える。


「半分正解、半分間違いだ……アンタ達はこの世界に来たあたしの誰より強い、だからこそ不安になるような事を言いたくはなかったんだが……痛みを快感に変換してるヤツがいるってのが正解。間違いは……何人かどころか結構な数いるって事だ!」

「なーるほど、どうりで復活が早いと思った!」

「数の割に攻め手が多いと思ったらそういう事か……なら、時間が経てば経つほど危ないね。なんとかあの裂け目を広げて脱出しなきゃ……!」

「分かってる、でもどうやって!?」


その時、それまで閉じかけていた空間の裂け目から轟音が響く。驚いて見上げると、巨大な拳が裂け目を突き破って現れ、裂け目を大きく広げる。


「あ、アレは……!?」


背中から見上げ、レイが驚きの声を上げると同時に、四人の耳に轟音をかき分けて"声"が聞こえた。彼女達にとっては、自分と最後に言葉を交した彼の、最推しとして追い求め続けた彼の、自分を助けようとしてくれた彼の、よく知っている声だった。麦わら帽子をしていないウタの瞳が潤み、涙が溢れ出した。


「今、確かに聞こえた……これは気のせいかな……!?」

「んな事ある訳ないじゃん……あたしが"最推し"の声を聞き違う訳がない!!」

「……ルフィ!!」


拳はすぐに裂け目の向こうに戻って消えてしまったが、その時、四人の耳には確かに、元のウタワールドに居ないハズのモンキー・D・ルフィの声が聞こえていた。巨大な拳が、元のウタワールドへ帰るための道標を作り出す。二人は一瞬足を止めたが、すぐに気合いを入れ直す。


「あれだけ大きければ全員で通れるハズ! 一気に行くよ!」

「任せて! アレを広げる時に使おうかと思ってたけど……ここで使う!」


麦わら帽子のウタの合図で、もう一人のウタが先程の音符を取り出した。

音を集めて練って固め、爆弾のような武器にすると言えば簡単だが、実際に先程と同レベルの威力を実現する為に必要な音の量は尋常では無い。元のウタワールドで放った時はたまたま戦争じみた喧嘩をウタ同士でしていたおかげですぐに集まったのだ。この世界では貴重な一発を、彼女は躊躇うこと無く構える。


「二人とも、しっかりしがみついて……よし、頼んだ!!」

「トットムジカ、四重奏!!」


麦わら帽子のウタが合図を出すと、先程のピアノの腕が今度は背中から四本出現し、自身ともう一人のウタ、そして二人で挟むように幼いウタ二人をがっちり掴んだ。

周囲からウタ達が迫る中、帽子をしていないウタが両の掌を十字に構えると、掌から地面に向けて音符を放った。


「さあ、飛ぶよ! "風来バースト"もどき!!」


その瞬間、もう一発の音符が炸裂し、ウタ達はその衝撃に乗って空へと飛び立ったのだった。


「きゃあああああ!?」

「うおおあああああ!! 飛んでるぅぅぅぅ!!」

「落ちないようにしっかりしがみついて!!」

「いたた……流石に利いた!! でも、大成功!! このまま一気に飛んで……!?」


その時、飛んでいく二人めがけて飛んでくる影が見えた。こちらの世界の"大幹部"こと、ハンコックだ。


「ウソでしょ!? 殆ど直撃したハズなのに、なんで動けるの!?」

「ジャンプでこっちに追いついてくるなんて……いや、出来るか、スタンピードで似たような事やってたし……!」

「……先に行って!!」

「ちょっ……!?」


麦わら帽子のウタは、四本のピアノの腕で残りの三人をまとめて出口の方へ勢いのまま放り投げると、自身は向かってくるハンコックに空中で対峙した。ハンコックが思い切り足を振り上げる。


「ヤバい! バレットをぐらつかせた蹴りだ!!」

「タダで出られる訳ないよね……イチかバチか! トットムジカ、独奏/四重奏!!」


そのかけ声と共に、四本の鍵盤が彼女本来の右腕に纏い、複雑に絡み合う。そして、それは一つの大きな鍵盤の腕に変わった。


「恐れ多くも"ギア4"!! ウタウタの"魔神銃"!!!」


巨大な鍵盤の拳を全力で叩き込む。しかし────


「!!!!」

「……弾かれた……!!」


ぶつかり合う音と共に、ピアノの腕が砕け散る。かの"魔王"の力は何も考えずに行使するには強力すぎる。人間が制御して使用するには制約の大きい部分もあるようだ。ハンコックはすかさず足を振り上げ、麦わら帽子のウタを叩き落とそうとする。


「────なんてね」


弾かれて消えたピアノの腕の中から、彼女本来の腕が現れる。そして、その掌には小さな音符がセットされていた。先程もう一人が放った音の衝撃程の威力は無いが、それでもセットされているのは"衝撃"の10倍。並の実力者では掌から放てば腕が粉々になってもおかしくない威力の音符だ。けれど、彼女は新世界の海賊。それも、最推しルフィが率いる"麦わら大船団"の一員である。今更七武海に、この身が受ける攻撃の反動に臆する事などない。


「"排撃(リジェクト)"!!」


掌から放たれた衝撃が直撃し、空中で対峙していたハンコックを重力と共に地上へと押し返す。同時に、麦わら帽子のウタはその反動で出口へと飛び、先に投げ飛ばした三人と合流する。


「やった! でもなんて無茶を!!」

「っ……無茶しないでなんとかなる相手じゃないでしょ! そんな事より、脱出!!」


そう言うが早いか、四人は勢いのまま、一気に光の裂け目を越えかけた……その時だった。


「!?」

「何!?」


飛び出そうとした大人の二人を、誰かが掴んだ。腕、まさかロビンが復活した? 一瞬そう思ったが、そうではなかった。組み体操のように無数のウタと音符の騎士が絡み合って塔になり、その先端にいるウタが二人に掴みかかって来たのだ。


「ねえ、どこ行くの? 逃げちゃダメだよ」

「まさか地上から積み上がって来たの!?」

「蜘蛛の糸か!! どっから出るんだその執念!!」


虚ろな瞳と悍ましささえ感じる微笑み。間近で見ると、否が応でも恐怖心を煽られる。その迫力は、先程地上で蹴散らしたウタ達の比では無かった。直感的に、麦わら帽子のウタが口を開く。


「"この世界を作ったウタ"か……!」

「えへへ……良く分かったね」

「……まさかだけど、さっきのハンコックも、あんたが操ったの?」


考えて見れば、わざわざジャンプして二人を叩き落とそうとせずとも、ハンコックにはメロメロの実の能力を応用した飛び道具がある。石化の事も考えれば、それで十分なハズだった。対峙したウタが虚ろな瞳のまま口角を上げる。


「石にしちゃったら楽しめないじゃない。せっかく久しぶりにあたしが迷い込んだんだもの、すぐにイイコトしたいでしょ?」


悍ましい笑顔に、背筋が寒くなる感覚を覚えた。それを悟ったのか、掴みかかる腕の力が増す。


「せっかくここに来たんだしさぁ、楽しんで行こうよ。みんなで気持ちよくなろ?」

「くっ! 離せこの変態!!」


二人のウタは必死に掴みかかる腕を振りほどこうとするが、それぞれ衝撃波をマトモに掌から撃った痛みに耐え、なおかつ幼いウタ二人を守りつつ連戦してきた疲れもある。本来ならすぐにぶっ飛ばせる相手だが、なかなか振りほどけずにいた。それを良い事に、虚ろな瞳のウタの後ろから更にウタ達の腕が伸びて来る。


「ヤバい! このままじゃ引きずりこまれる!!」

「────させるかよ」

「!!」


その時、麦わら帽子のウタの背中から幼少期のウタが飛び出し、二人を掴んだ腕を両手で弾き飛ばす。同時に、その勢いのままウタ達の塔ごと下へ落ちかける。


「バカちゃん!」

「ウタだよ! あたしは良いから元の世界へ行け!! もう二度と来るんじゃないぞ!!」


幼少期のウタが無数のウタの腕に絡め取られる。この場において迷うこと無く自ら犠牲になり、三人を元の世界に返そうとしたのである。

だが、その犠牲を易々と受け入れるほど、三人も甘くない。最初にレイが、それに続いて二人も裂け目から飛び出す。


「バカ! 何やってんだ!! 早く元の世界に帰れよ!!」

「バカはアンタだ!! この大バカ!!」

「だったらアンタも一緒に決まってんでしょ!!」

「な……!?」


大人の二人の叫びに圧倒されると同時に、今度はレイが叫ぶ。


「だって、友達だから!!」


そして、今度はレイの腕が彼女に纏わり付いた手を払いのけ、その身体をしっかりと抱きしめる。そして、それを鍵盤の腕がしっかりと抱きかかえた。同時に、麦わら帽子を被っていないウタが掌に音符を構えて叫ぶ。


「この場で逃げるはウタにあらず!! あんた、友達の……冒険で出来た新しい友達を……!! 見捨ててお前、明日食うパンケーキが美味ぇかよ!?」

「っ……この、バカどもめ……!」


幼少期のウタが、レイの身体を抱き返す。今度は絶対に離さないように。


「最後の一発だ! "排撃(リジェクト)"!!」



元のウタワールドでは、大きく開いた裂け目の下で、ウタ達が集まってどよめきの声を上げていた。


「どうなってるの!? さっき姿が見えたのに!」

「出口付近で何かあったのか……!」

「早く戻って来ないとマズいんじゃ……!」


そんな声に呼応するかのように、広がった裂け目はじわじわと小さくなっていく。それを目の当たりにして、ルフィの麦わら帽子を被ったウタが震える身体を無理矢理に立たせようとする。


「ま、また……閉じちゃう……! だとしたら、もう一回……!!」

「待って、さっきのをもう一度やったら、あなたが持たない」

「その通り、君は素晴らしい働きをした。あとは親友達を待とう」


ねっとりとした口調のウタがそう言って麦わら帽子のウタを諭した、その瞬間だった。


「「うおおおおおおおおりゃあああああああ!!!」」


麦わら帽子のウタを先頭に、四人のウタが光の裂け目から飛び出した。集まったウタ達が一瞬息を呑む。


「か……!」

「帰って来た!!」


誰とも無く叫んだ声と共に、ウタワールドに歓声が響き渡った。



「おかあさん!!」

「レイ!!」


苦難の果て、遂に再会を果たした母子は、互いをしっかりと抱きしめる。


「レイ、お主……急に居なくなりおってからに! 心配をかけるでないわ!!」

「ごめんなさい……いきなり別の所に飛ばされて……でも、た、沢山の私が……ううっ……!!」

「分かっておる、もう心配いらん!! ここに戻ってきたからにはもう安心じゃ!! 最強のわしがついておるからな!!」

「……!!えへへ……ありがとう、お母さん!!」


笑顔で応えたレイに、"パワー"もまた笑顔で頷いた。


「よし! それで、そっちは……」

「紹介するね、新しい友達! 向こうで私達を助けてくれたの!」

「そうか! お主、世話をかけたな!」


労う"パワー"に、友達と呼ばれた幼少期のウタは、首を横に振った。


「……何言ってるの。空に飛び出してまであたしを助けてくれたのはアンタじゃない。お礼を言うのはこっちだよ」

「……! レイ、まさかお主……」

「えへへ……あたしも、お母さんやあの二人みたいに強くなる!」


異世界で出会った友達を救い出したレイ。また一つ強くなった心のままにそう叫ぶと、高らかに拳を突き上げた。



「ゼェ……ゼェ……し、死ぬかと思った!! "音の衝撃"で突破できなかったらどうなってたか分かんない!! ルフィが頂上戦争で三大将の前に立った時ってあんな感じだったのかな!? あー怖かった!!」

「さ、流石は最推しの一味を彩る女……"ウタウタの魔神銃"が蹴りで弾かれた時はどうしようかと……今回は何とか突破できたけど、ま、まだまだ推しに近づくには修行が足りない……」


二人を連れて帰ってきた大人のウタ二人はと言うと、レイと幼少期のウタが"パワー"の元へ駆けて行くのを見送ると同時にぶっ倒れ、盛大に弱音を吐いていた。レイとあの幼少期のウタの手前、実の所必死に抑えていたであろう未知の恐怖と強敵への恐怖が堰を切ったように飛び出す有様に、母のウタが呆れたように声を上げた。


「全く、漫画に影響されて無茶ばっかりして!! "音の衝撃"だけじゃなく"排撃(リジェクト)"何発も撃って、二度と音楽できなくなったらどうするつもり!?」

「"こっちの世界作ったあたし"に頼めば大体の怪我は一瞬で治るから取り敢えず良いかなーって……」

「そういう問題じゃない!!」

「スミマセンでした……」


母のウタが怒鳴り声を上げると同時に、後ろからため息をついてもう一人のウタが現れる。彼女こそ、今さっき話題に上がった、"ウタワールドを作ったウタ"だ。基本的には彼女がこの世界のルールなのだが、あまりにも癖が強い自分自身達に振り回され、存在感がやや薄いのが今の悩みである。


「そこまでにしといてよ、ママさん。取り敢えずその二人のボロボロの身体をなんとかしないと」


そう言って指を弾くと、いくつかの音符が現れる。ソレを手に取って二人の肩にかざすと、音符を使った排撃でボロボロになった腕が即座に癒えていった。


「怪我は治せるけど、回復には体力使うんだから、今はちゃんと休んでよね」

「はい……」


治療を終えたウタは、二人が大人しく横になったのを見て、今度は世界の裂け目へ向かって音符に乗って飛んで行った。意図的に広げる事は余程の事が無い限りできないようだが、閉じる事はできるようで、不意に広がってまたも誰かが吸い込まれる事のないようにしておくとの事だ。

それを見送ると、母のウタがため息をついた。


「まったく、もう……とにかく、あんまり無茶な事はもうやめてよね。どんな私でもそういう事されると心配なんだから。あ、それと……」


そこで一旦言葉を止めると、母のウタは二人に向き直り、笑顔で言った。


「あの時、迷わずあっちに飛び込んでくれてありがとう。レイちゃんを助けてくれて、ありがとう。カッコ良かったよ、ルフィみたいに」


彼女は元の世界では五人の子を持つ母親だ。娘を失いかけて慌てる"パワー"を見ていて、自身の事のように思ったのは想像に難くない。あの時、裂け目が閉じていなかったら、自分も異世界に飛び込んで助けに行きたかったのだろう。

そんな彼女からの感謝と賞賛の言葉を受け取り、二人のウタは互いに笑みを浮かべると、拳を付き合わせて健闘を称え合うのだった。



「バカちゃん、早く早く!」

「バカって呼ぶなって言ってるだろ! 終いには怒るぞー!」


レイと一緒にウタワールドを駆けて行くあの幼少期のウタを横目に、二人のウタは読んでいた漫画を閉じた。片方のウタが、笑みを浮かべる。


「あの二人、もうすっかり親友だね」

「うん、やっぱ推しの導きは偉大だわ」

「推しの導き……? ああ、もしかしてあの時の……」


デコレーションした麦わら帽子のウタの言葉に、もう一人のウタが異世界で見た瞬間を回想する。


閉じかけた異世界を結ぶ裂け目を突き破って現れた巨大な拳。この世界にはウタしないハズだ。故にあの拳はこちらのウタによるものだが、あの時、確かにルフィの声が聞こえたのだ。瞳を閉じ、感慨深く頷く。


「アレをやってくれた子も大分元気になったみたいだね」

「ここに来て最初の頃は大分塞ぎ込んでたけど……ちょっとでも前を向けるようになったなら、言う事はないかな」

「なんたってルフィが一緒だもん。それに気づけて良かったよ。ま、そのきっかけがあの変態達だってのが意外だったけど」

「何でも良いよ、きっかけなんて。生きてるなら、どんなチャンスはいくらでもある。奇跡だって起こせるよ。きっとね」


そう言って麦わら帽子のウタにウインクを飛ばしたウタが笑う。出身があの世だけあって、妙な説得力を感じる言葉だった。麦わら帽子のウタが納得しつつも重みのある言葉にどう返そうか迷っていると、レイ達の声が聞こえた。


「ねえねえ、二人も来る? ママさんがパンケーキ焼いてくれたの!」

「早く来ないと全部食べちゃうぞー!」


こちらに向かって手を振るレイ達に今行く、と合図を送り、二人は漫画本を片付けた。そして、しっかり手を繋ぎ、笑顔で待っていたレイと幼少期のウタと共に、絶品のパンケーキを作って待つ母のウタの元へと急ぐのだった。

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