番外編その②

番外編その②




ら、らん、らん、ららら


鼻唄を歌いながら、玲王はぎし、と音を立てて寝床から起き上がった


ぐぐ、と腕と背中を伸ばせば、昨夜の出産の疲れによるものか少しの痛みが走り、玲王は苦笑いする。

もっともっと丈夫な子を産むために、ちゃんと食べてちゃんと動いて、良い雌で居なければ


ぺたぺたと自分の部屋を横切り、ドレッサーテーブルの前で腰を下ろす。

ふわりとしたカーペットが日頃使い込まれている玲王の尻を受け止め、床に直接座っていても快適だ


磨かれた鏡面に映る自分とにらめっこしながら、玲王は今日予定の入っている旦那様を思い浮かべる。彼の好みは把握済。こういう表情で、ああいう言葉をかけてやろうとシミュレーションしながら、玲王はほんの少しのメイクを自分に施した


「よし」と笑顔で頷きながら仕上がりに満足し、玲王はドレッサーテーブルの上にちょこんと置いてあった小さなクッキーに手を伸ばす


サクッと噛めば甘味が広がり、上品な味が玲王の胸を幸せで満たした


ドレッサーテーブルも、ふかふかのカーペットも、メイク用品も、高級なクッキーも、全部玲王の旦那様達が玲王へと贈ってくれたモノだ。今から着替える為に開けるクローゼットも、その中に入ってある様々な服も全て。

なにせ苗床は本来、必要最低限の家具しか、いや、必要最低限の家具すら与えられず、犯しに来てくれる異星人を質素な服で迎えなければならないのだ。そんなの耐えられないと、玲王が旦那様の前で呟いたことがある。すると、玲王を好いてくれた旦那様達は、こぞって玲王へと贈り物をくれたのだ


なんて素敵な、嫁思いの旦那様達


彼らの子を孕む事が出来るなんて世界一の幸せ者だなと実感しながら、玲王は今日逢う旦那様の好みに合わせて着飾った


仕上げに花の髪飾りを髪に付け、玲王は軽い足取りで部屋から出ていく


一目見て会いたかったと駆け寄るか。それともそっけない振りして惑わせるか、いや、それよりも


なんて、第一声にすら悩んでしまう。

大切な子どもを貰うための行為をしてもらうのだ、こちらも十分な好意で返さなければ


ふと、一人の苗床とすれ違う。

立派な体格をした良い雌だ。特に脚。良い筋肉をしている。思わず目を引かれて苗床を見ていると、向こうも玲王に気が付いたらしい。ぱち、と目が合う


目が合った雌は玲王に何事かを言おうとしたが、玲王はそれどころじゃなかった。

じっと見て気付いたが、この雌、せっかく長い髪はボサボサだし表情は暗い上、唇だって乾燥してるじゃないか!

玲王は強引に目の前の雌の手を引き、自分の部屋へと連れ込む。

相手は「は!?ちょっ!」と玲王の行動に目を白黒させていたが構いはしなかった


先程気付いた雌の粗を直した後、玲王はその雌へ言う


「お前、今からあの方々に抱いてもらうんだろ?そんなナリしてたら駄目じゃん、せっかくキレーな顔してんのに!」


すると、雌は信じられないというような顔をして玲王を睨んだ


「あ?ふざけんなよ、なんであんなクソ共喜ばせる為にナリ整えなきゃなんねーんだよ」


今度は玲王が信じられないと驚く番だった


この雌は旦那様達の事をなんて言った?


「おい、そんな言い方ないだろ。どうしたんだよ、お前も苗床だろ?」

「どうしたはコッチの台詞だ。お前はそんなんじゃなかったじゃん·····玲王」


名前を呼ばれて、玲王はぐっと押し黙る。やはりコイツも玲王の名を知っていた。なんでだ?玲王はこの雌の名前なんて一文字も知らないというのに


戸惑った玲王を見て、雌はせっかく整えた髪をくしゃくしゃにかき混ぜながらため息を吐く


「はぁ···やっぱお前って記憶喪失系のアレなんだな。ま、珍しくもねーけど」

「···············」

「どーすんだよ···凪、大丈夫かなぁ」


雌がこぼした呟きに知った名前を聞き取って、玲王はパッと顔を明るくさせた


「なぎ!そいつは知ってるぞ!お前、なぎと知り合いなのか?」

「·····お?凪と友達になったのか?」

「ああ!アイツはすっごい良いやつでさ、この前も出産を手伝ってくれたんだ」


満面の笑みでそう言うと、雌の表情がピシリと固まる。「エグいことさせてんな···ま、知らん顔されるよりマシか」と独り言ちた後、雌は笑った

花の咲くような笑顔だった


「お前らの絆はアイツらにも引き裂けねぇのな。なんか、安心したわ」


その笑顔を見て、玲王はほんの少し、頭が痛くなる

何処かで、見た事があったような


「なぁ、お前、名前は?」


玲王がそう聞くと、彼はぷはっと笑って、玲王を見た


「お前はもう知ってるはずだぞ、だから教えてやんない」


意地悪く、でも嫌味じゃない

そんな笑顔を浮かべて、彼は手を振る


教えてもらえないのか、と肩を落とす玲王を他所に、彼は玲王の部屋を見渡して感心したように息を吐いた


「にしても、良い暮らししてんじゃん。お、クッキーまである」

「食べるか?甘くて美味いぞ」

「いや、いい。どーせ吐くし食えねぇよ」


玲王が差し出したクッキーは突っぱねられてしまう。しかし玲王は諦めなかった


「いいからほら、美味しいから。ちょっとだけならヘーキだろ」

「んー、まぁクッキーは嫌いじゃねぇしな·····でも······」


渋っていた彼だったが、やっと玲王からクッキーを受け取ると、恐る恐る口へ運んだ。

カリ、と音がして、一口にも満たない破片を口の中でもくもくと咀嚼した彼は、ぱぁっと表情を輝かせる


「あまっ!」

「だろ!美味いだろ!?」

「うわ、固形物久しぶり·····そっか、クッキーってこんな味だった」


彼は、本当に美しく笑う

きっとたくさんの旦那様から愛されているのだろうな、自分と同じように

そう思って、玲王も微笑んだ





去り際、彼は言う


「いつまでもアイツを一人にしてやんなよ、多分、寂しい思いしてると思うから」


アイツ、が誰を指した言葉なのかは分からない。けど、玲王は頷いた。

そして、彼へと言う


「ホントに名前教えてくれねぇのか?」

「ああ。知りたいなら自分で思い出せ」


ふわりと髪を靡かせて、彼は笑った

その後ろ姿に、「また会おうぜ」と玲王は声をかける

彼は、ひらひらと片手を上げて応じた


でも

彼と会うことは、二度と無かった


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