男の約束
「ルフィ、ちょっといいか?」
マキノの居酒屋でジュースを飲んでいたルフィに、シャンクスが唐突に話しかけた。なんだよと返すルフィに対し、こう切り出す。
「ちょっと話がしたい。ついてきてくれるか?」
「海賊としてか?」
「男としてだ」
そう返したシャンクスは、いつも自分達を子供の様に扱っている時とは、全く異なる雰囲気を醸し出していた。
そんなシャンクスに戸惑いつつ、ルフィはただ一言「わかった」と言い、ジュースを一気に飲み干すと、先に出ていった彼の後を追って居酒屋を後にした。
しばらく歩いた後、たどり着いたのは港だった。赤髪海賊団の船が止まっている所で、シャンクスが不意に足を止め、こちらに振り向く。
「明日、俺たちはもう一度旅に出る」
そう言うと、シャンクスは再び黙った。
「なんだよシャンクス~。もしかして、とうとう次の旅におれの事を乗せてくれる気になったのか!?そうだったらそうとはっきり言ってくれたらいいのに」
ニコニコしてそう言ったルフィだったが、シャンクスの何か思いつめた様な表情を見て、次第に笑顔が消えていく。
しばらくの沈黙の内、シャンクスはルフィの頭に何かを置いた。
ルフィの頭に被せられたそれは、まだ幼い彼にはとても大きく、幾つもの航海をくぐり抜ける上で染み付いたであろう磯の匂いが染み付いていた。
シャンクスの麦わら帽子。
自分の憧れた、"赤髪のシャンクス"のトレードマーク。
でも、一体どうして?
戸惑うルフィの疑問を察するかのように、シャンクスが口を開いた。
「この帽子と、俺の娘をお前に預ける」
……その言葉にルフィは驚きを隠せなかった。あれだけ大事にしていた帽子を預ける?いや、それもそうだが、問題なのは後者だ。
「今、なんて……?ウタをおれに預けるって言ったのか?」
「ああ」
「置いていくってことか?フーシャ村に?」
「……そうだ」
ウタがシャンクスを慕っている事は、誰でもないルフィが一番よく知っている。そんな彼にとって、今の発言は見過ごせない。抗議の声を上げずにはいられなかった。
「なんでだよ、あいつは赤髪海賊団が好きなんだぞ、シャンクスの事が大好きなんだぞ!シャンクスだってそれを「だからだ。 ルフィ」」
え?と素っ頓狂な声を上げたルフィに対し、シャンクスが答えた。
「確かにウタは、俺達赤髪海賊団の音楽家だ。だがそれ以前に、あの子は俺の、そして俺達の娘でもある。俺達はこの先、これまでとは比べ物にならない程危険な旅をして行く事になるだろう。下手をすれば、死んでしまう程危険な物だ。そんな旅に、大事な娘を連れていく訳には行かない。だからこそ、お前に守って欲しいんだ」
「おれが、守る? ウタを?」
「頼む、ルフィ」
頭に手を置き、そう言ったシャンクス、半分理解はできたルフィだったが、やっぱりいまいち納得はしていない。
「……ウタは、ウタはそれで納得するのか?あいつにちゃんと理由を言ってからじゃないと」
「……ウタにはな、この事を黙っておいてくれないか。こんな事を聞いたら、ウタは無理矢理にでもついてくるだろう。それで死なれてしまうよりも、いっそのこと置いていった俺たちを恨んでくれたほうがいい。……わかってくれ」
ルフィの抗議を遮ってそう言ったシャンクスの顔は、並々ならぬ覚悟を示すかのように、普段よりも険しくなっていた。その表情で、子供ながらもシャンクスの思いを察したルフィは、
「わかった。シャンクス、約束するよ。ウタはおれが絶対に守る!この事も黙っとく!」
と、静かに、しかしはっきりと頷き、自分の覚悟を示した。
ありがとう、ルフィ。そう言うとシャンクスは、ルフィの頭の少しずれた帽子の位置を直すと、こう言った。
「その帽子は、俺とお前との”男の約束”の証だ。海賊でも、海軍でもいい。いつか、お前が立派な海の男になったときに返しに来い。それまでは、ウタの事を頼む。お前がしっかりと守ってやってくれ」
もう一度力強く頷いたルフィを見て、シャンクスは少し安堵した。
それは、もう子供としてで無く、"一人の男"としてルフィを認めた証だった。