男の勝負

男の勝負



始めは単なる興味だった。

己の研ぎ澄まし未来視まで可能とした見聞色の覇気とは異なる、広く拡散するような覇気を持つ女だと。

更にドレスローザに至るまで”麦わらの一味”の顔ぶれには存在してしなかったとなれば、それなりに警戒もしよう。


自身の感じたことをそのまま”ビッグ・マム海賊団”の首領にして母、シャーロット・リンリンに伝えた。

あの時、母の機嫌が目に見えて上がっていったことをカタクリは覚えている。



――ハーハハマママ!! カタクリ、良いところに目を付けたね

――……?



上機嫌に笑うリンリンに、何か自分の報告に琴線に触れるものでもあったのかとカタクリは首を捻る。

そんなカタクリの困惑する姿を笑うように、リンリンはその理由を告げ始める。



――あの女はおれと同じ”四皇”!! ”赤髪”の娘なのさ!!

――!! ”赤髪”の!?

――そうさ、更には”ウタウタの実”の能力者でもあると調べはついている……

――つまり!! あの女が手に入れば”赤髪”の弱点のみならず”ウタウタの実”まで手中に収められるってことだ!!



リンリンの告げた理由にカタクリは納得する。

成程。確かにそこまで価値のある人間であるならば、母でなくとも手に入れたいと思うのは自明の理だ。


となれば此度の「結婚式」では”ヴィンスモーク家”の技術を奪うだけでなく、あの女も手に入れるように動くべきか。

そのようにカタクリが思考の海に沈みかけた時、リンリンは笑いながらカタクリに己の結論を告げた。



――カタクリ、あの女を嫁にしな!!

――ママ……!?

――あの女の価値は計り知れない……手に入れれば、おれの”夢”が更に近づく!! ママハハハ!!



母であるリンリンの意向により、カタクリには一つの任務が課せられた。

”麦わらの一味”の一人である”ウタウタの実”の能力者にして”赤髪”の娘ウタの確保。


シャーロット・カタクリは与えられた役目を確実に遂行する。

己の定めた家族を守れる”完璧な男”であるという誓いにかけて。


とはいえ、それも目の前の男を倒さなければ達成できないことだろう。

そう思いつつカタクリは目の前の男……”麦わら”のルフィに改めて向きなおる。


「ウタは……」


ウタを、”仲間”を守るために”鏡世界”へとカタクリ共々転移し、仲間の待つ船へ続く鏡を破壊した。

カタクリとの一騎打ちの場を整えたルフィは叫ぶ。


「二度と奪わせねェ!!!」


強い決意と共に放たれた拳を、しかし僅かばかりの揺らぎもなくカタクリは冷静に対処する。


「随分と熱く語ってるが……」


迫りくる拳を僅かな動作で躱し、勢いを殺さぬままルフィの鳩尾に武装色を纏わせた一撃をめり込ませる。


「ガッ!?」


「弱い奴からは奪われるのが海賊の世界だ」


与えられた衝撃に沿うように吹き飛ばされるルフィ。

遠ざかるその姿を見ながらカタクリは油断なく追撃の態勢へと移行する。


「……ッ!!」


吹き飛ばされながらカタクリを見据えるルフィもまた、歯を強く食いしばり迎撃の態勢を取る。


「だから……!!」


カタクリへの怒りを滲ませながら、ルフィは吠える。


「ウタは”モノ”じゃねェって言ってんだろ!!!」


「同じことだ。どっちでもな!!」


再度激突するルフィとカタクリ。

しかし実力の差は未だ埋めがたく、ルフィは着実に追い詰められていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



肩で息をするルフィとカタクリの周囲は見るも無残な残骸だらけになっている。

その様は互いに全力を尽くした幾度とない衝突の激しさを物語っていた。



仲間を守る。確かにそれも理由の一つだ。

だがそれ以上にカタクリを、この”強い男”を超えたいとルフィは思った。

だから挑んだ。更に強くなるために。



家族を守れる強い男であるためにシャーロット・カタクリは強くなった。

だからこそ、いずれ母シャーロット・リンリンを脅かすほどの成長を遂げると確信したルフィを危険視した。


自身の鍛え上げた未来視すら可能とする見聞色の覇気。

戦いの中でそれに追随するほどの覇気の成長を遂げたルフィ。


もはや目の前の男はただの”格下”ではなく、摘み取るべき危険人物でもない。

ここで打倒すべき”敵”だと、カタクリは認識した。

だから受けて立つ。この男の先を行くものとして。



カタクリの脇腹から血が止めどなく流れ出る。その痛みが自身に警鐘を鳴らすが意図的に無視する。


戦いの最中に起きたシャーロット・フランペの横やりにより、ルフィに大きな傷を与えてしまったこと。

男の勝負に水を差されたことに気付かず、ルフィが気を抜いたものと思い失望してしまった。


己の不甲斐なさに対するケジメとしては丁度いい。

それに、この傷があったとしても負ける気は微塵もない。


カタクリが目の前に倒れるルフィに向かって叫ぶ。

お前ほどの男が、こんなもので終わりではないだろうと確信しながら。


「どうした麦わらァ!! これでもう……」


「ああ……そうだ……」


「終わりかァ!?……!!」


ルフィの言葉に驚愕する。


己の発言に先回りしてルフィは発言した。

それは、己と同等の領域まで覇気が研ぎ澄まされたということだ。


「ああ…受けて立とう」


「終わらせる……!!!」


次の攻防が最後になると確信する。

互いに満身創痍。もはやこれ以上の戦闘には耐えられない。

だから、改めて宣言する。


「”赤髪”の娘も、海賊らしく……」


「やらねェぞ……!!」


「奪っていくさ!!!」


お前が負ければあの娘は貰っていく。

認めないならば、自分に勝つしか道はない。


「”仲間”は……」


「関係ねェな……」


「渡さねェ!!!」


口にする理由はもはや後付けじみている。

負けたら奪われる。だが負けない。

おれが勝つ。


対峙する両者に残っているのは「目の前に立つ男に勝ちたい」というただその一念だけだった。


「”ギア4”……」


先ほどは発動前に食い止めたルフィの邪魔をすることなくカタクリは前を見据える。

この男の全てを叩き潰してこそ、己が勝ったと高らかに宣言できるのだから。


「”スネイクマン”!!!」


ここに、後に”5番目の海の皇帝”と呼ばれる男と”最強の将星”の最後の激突が開始された。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



己の敗北だ。カタクリはそう認め、決して地につけないようにしていた背中から倒れ込む。


決して諦めず”未来”を見据え続ける男がどれほどのものになるのか。期待してしまった。

”麦わら”のルフィは更に強くなる。そう確信しつつ、己の全てを出し切った勝負の結末に爽快感すら感じていた。

この男の”未来”を摘み取るべきと思わず、”面白い”と感じてしまった。

だから自分の負けだ。


そう心の中で結論づけながら、カタクリは己の達成できなかったもう一つの目的を思い出す。

”赤髪”の娘ウタの確保。これもまた敗北した以上叶わぬものとなった。


”完璧な男”が目的を達成できなかったことではなく、あの娘を手に入れられなかったこと。

それをカタクリは至極残念に思った。


母はあの女を”赤髪”の娘、そしてウタウタの実の能力者としての価値を見込んで取り込もうと画策した。

その発想に異議はない。結論も妥当なものだ。



――ママの命令だ。こちらに来てもらうぞ。”赤髪”の娘!!

――……やだ!!!

――私はもう誰にも縛られないし閉じ込められない!! 私は……

――”夢”を叶えるんだ!!!



だからこそ、惜しいことをした。

まさか、あれほど強い娘だったとは自分も思っていなかった。


「精々……」


勝者であるルフィに忠告を残す。

先を行く先達として、己を超えていかんとする男へと。


「”宝”を奪われないように…するんだな……」


海賊が自分の”宝”を奪われるなどお笑い種だ。

目の前の男に、そんな笑い話を残してくれるなと語る。


「…おう」


短く答えながら、ルフィはカタクリの口元に帽子を被せた。

家族のために強くあり続けようとした男に敬意を表するように。


「…………」


あれほどの男が守ろうとする”宝”を奪えなかったとは、本当に惜しいことをした。

カタクリは心の底からそう思った。


(そういえば……)


自分はあの娘の歌を聴いていなかったと気付く。

能力に対抗するためとはいえ直撃を受けた弟妹たちがそれでも絶賛するような歌だ。

今更ではあるが、残念に思えてきてしまった。


(だが……)


それでも、胸に残るのは清々しい敗北感と再び立ち上がろうと燃える闘争心だけだ。


(悪くはねェな)


己に打ち勝った”麦わら”のルフィ。

果たして奴の見据える”未来”が”泡沫の夢”と消えるのか。

はたまた本当に”新しい時代”でも作り上げてしまうのか。


あの男が”仲間”たちと目指す”夜明け”を思い、カタクリは静かに笑った。



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