生活環

生活環



・世界が寄生生物くんに支配されちゃった世界線

・虫の生態(幻覚)と死体の描写がある

・ワイの性癖に配慮〜〜〜〜





 今まで死のうと思ったことなんて無かった。自死を考える暇なんて無かったからだ。

 しかし、今は死ぬことばかり考えている。考えるたびに、自分に宿った虫がひどい快楽をもたらして、意識が混濁してしまう。

 生きなければよかった。あの時、故郷が滅んだ時に、共に死んでしまえば、こんなことにならなかった……。

 目の前には、体温維持のために最低限の衣服のみを身に纏う多くの人間の男女が、みな子を成すためにまぐわっている。

 何度見ても目眩がするような、あまりに人倫に外れた光景だ。

 近くに侍る女もみな裸に近い格好で、おれが意識を取り戻したことに気がつくと、甘い声を上げながら性交をねだる。

 澱んだ部屋の空気に、ふと冷たく清浄な風を感じた。

 部屋を見渡すと、いつも閉じている窓が開いていることに気がついた。虫たちが宿主である人間のために、空気の入れ替えをするために開けさせたのだ。

 中央から重い足取りで動き出した王に、妻たちは生気のない、玉虫色に光る瞳を向ける。

 格式の高い装飾に彩られたこの部屋は、元は政府関係の建物だったのだろう。地上が霞んで見えるほど、この場所は高い。窓から吹き込む風が冷たい。

 ローが一歩、窓に近づく。開いていると思った窓は、閉じた状態でガラスが割れていた。虫は生殖以外での力の加減が下手なためだろう。

 割れた窓に手を置くと、鋭い破片が皮膚を裂いて、白く濁った血が窓をつたい、床に流れる。血に混じる卵から孵った子たちが蠢くが、すぐにその命は終わり、血は静止する。正規の生活環を外れて外に出た個体が成虫になることは極めて稀である。

「っ、あ、ーーーーーッ!?」

 突然ローが激しく体を震わせ、その場に蹲る。流血を感知した蟲が王の命を守るため、脳内物質を放出し出した。

「ヤめ、ア゛、う゛あぁっ!」

 ひゅっ、ひゅっ、引き攣った呼吸をする拒む事ができない快楽に悶える王に、妻たちの手が伸びる。その手つきは王を官能に引き摺り込むためのもので、するすると身体中を這っていく。

 その手を振り払って、窓枠に手を伸ばす。握りしめたガラス片が手の甲まで貫いた。ローは窓の向こうにある屋根に飛び乗って、その勢いのままに身を投げる。


 落下する中、虫は王の乱心を止めようと触手を伸ばして壁に掛けようとするが、触手は落下する宿主をささえきれずにぶちぶちとちぎれて、止まることなく落ちていく。

 虫たちの警報がガンガンと鳴り響き、快楽物質の放出が止まった脳は激しい激痛に見舞われる。

 しかし、ローの顔は穏やかだった。長い間、微睡む意識の中には快楽しかなかった。今、自分の肉体は痛みと鋭い風を知覚している実感に、ようやく罪が雪がれた気がして、心の底から安堵し、目を閉じた。


 王のハーレムの部屋から遥か下、地上には、王の依り代であった男の落下死体があった。

 肉体の原型はほぼ失われ、落下地点を中心に同心円を描くようにさまざまな破片が散らばっている。

 付近に藍色の毛髪があることで、かろうじて頭蓋骨だと認識できる丸く白い骨。その中、床に落ちたジャムのように平たく潰れた脳から、弱々しい羽音が聞こえる。

 女王が羽化したのだ。

 しかし、その羽化は不完全なものだった。

 羽は細く捻れ、くるりと巻いた触角があるはずの部分には一対の脚が付いており、脚を動かす筋肉がないためにだらりと垂れ下がっている。玉虫色に光る複眼は未発達だ。

 女王は、捻れた羽を羽ばたかせてふらふらと飛び立つ。新たな寄生先を探しているのだ。しばらく飛び回るが地面に落ち、そのまま動かなくなった。


 女王の依り代であった男の死骸に、近くにいた者が惹きつけられるように寄ってくる。その者たちは地面にこびりついた肉片や飛び散った血液を摂食しはじめる。

 死んだ者の血肉は、人間が消化できないものを除いて全て他の者に食われる。人間が食糧生産を以前のように行えなくなったため、食糧が不足し始めているからだ。

 その危機に直面した虫たちは、我々を守り増やすという役目を終えた個体を他の個体に摂食させることを決定したのだ。


 我々の女王が死んだ。虫たちはそのことを知覚した。女王が死ぬと、妻の1人であった個体に宿る個体のいずれかが次の女王へと変ずるようになっている。

 ある個体が、女王へと姿を変えていく。

「あ、イヤッ、あぁっ!ナに、ああぁぁッ!?イヤあぁあアッ!きゃああぁァァーーーーッ!!」

 甲高い、悲鳴じみた嬌声が静かな部屋に響く。悲痛な、しかし深い深い快楽に落とされた声。その声は彼女が受ける壮絶な快楽を物語っていた。


 その声が止んでしばらく経ったころ、完全な姿の女王が小気味良い羽音を響かせて部屋の中を飛んでいた。

 フレバンスチョウバチ。人間に寄生し、世界を支配した悍ましい寄生生物はしかし、細い腹に、すらりと伸びた脚と触覚、羽ばたくたびに雪のようにきらめく薄い翅を持つ、優美とも表現し得るような姿をしていた。

 飛び回る女王のかたわらには、宿主であったニコ・ロビンが事切れていた。

 女王は羽化の際に各寄生主の胎から脳に移動し、脳から羽化する。脳を食い破られる宿主は、しかし虫の出す快楽物質のために苦痛を感じることはない。文字通り死ぬほどの快楽の中で死を迎えるのだ。

 新たな女王個体は、優秀な雄の個体を宿主とする。元の女王の宿主は優秀な雄だった。見た目は人間の雌の好むものであるし、頑丈で体力もあった。

 蟲たちのネットワークから、宿主候補の情報が次々と供給される。それらの情報から宿主を選び出し、新たな女王はその雄がいる方向へと飛び立っていく。

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