生きることを忘れないで-2
C1-072 素ッ裸使命が、あった。
山程の犠牲、山程の死体が、俺に語りかけてくるようだ。
コーラル技術という愚かな遺産の、主犯。その最も近い所にいた、生き残り。俺は罪人の遺児で、罪の痕跡を焼き払う為の聖火を引き継いだ、愚かな男だ。
己の生き方一つ、自分で選んだ事があっただろうか。
気がつけば、この道しか残されていなかった気がする。気がつけば、選ばされるしかない道ばかりを歩んでいた気がする。
逃げ出したい。そんな弱音を誰が吐く?そんな弱音を吐く事が許される立場であるとでも思っているのか?まるでそんな叱責ばかりが背を貫く。
愛のない人生だった。
親からの愛、それを受けた記憶は数えられるだろうか。普通ならば、まともに生きているならば、数えきれないだろう。ただ一つ、俺は違った。
コーラルという無限の可能性を秘めた、危険なモノに魅せられて、ただ狂ったように研究を続けて―――破滅した。親らしい愛なぞ与えもせず、親としてなど接する事もなく。
だから、自分を愛してくれる者など現れる筈も無いと思った。そうだ、それはそうだろう。当然の話だ、当然の報いだ。
罪人の証を綺麗に焼き払い拭い去る為に、一体どれだけの死体を積み重ねた?お前は罪人の技術で生み出された、哀れな孤児を一体幾ら遣い潰したと言うのだ?
何が罪人だ。罪深いのは誰だ、貴様が最も罪深いではないか。
碌でなしだ。俺は、正真正銘、掛け値無しの屑だ。
だから救われる事も、愛される事も、何もかも望むべきではないのだと強く思っていた。
なのに―――
「……あんたは愛されてるんだよ。ビジターは、あんたの事を何よりも愛してる。主人としてじゃあない、人として……男としてあんたに惚れてるんだ。だから、応えてやりなよ、じゃなきゃ私がぶん殴る。」
「……。カーラ、分かった。俺は……あいつを、必ず再手術させて、一緒に生きていく。だから、力を貸してくれ。」
「ったく。やっとその言葉が聞けたね、後少しまごつくようなら玉無し男と罵ろうかと思ったよ。……いいかい、ビジターを……あの子を不幸になんてさせちゃあ駄目だよ?あんたがあの子を逃したら、もう二度と幸せになれないと思うべきだし、もう二度とあんたを助けてなんてやらないし、技研以来の隣人としての縁も切る。」
「……手厳しいな。ああ、分かった。」
……選んだ、筈だった。だが、事はそう簡単になど運びやしないのだ。
技研都市に辿り着き、集積コーラルに辿り着き、後は焼き払って……621と共に引き上げて、何処か辺境の惑星にでも引っ越して隠居する。そのつもりだったが、俺は、俺は―――
「……621。」
目の前に、敵がいた。
企業に仇為す、怨敵だ。俺の唯一人残った猟犬……い、いや……アーキバスの、敵……。
「そこにいるのは……お前なのか……?」
そう、だ。あれは、621。スネイルの語る、害獣……ルビコンからコーラルを回収する為の、最大の障害で……違う。あれは、今や友人達の……。
「うぉる、たあ……?う、ウォルター、ウォルターっ!わ、私、だよ……?ず、ずっと、探して―――」
聞こえる。俺に呼びかける、愛を求め希う、甘く脳髄に染み込むような声が。
「俺は……。621、お前を……消さなければならない。」
だが。あれは、敵だ。
「―――ぇ、あ……え?」
「企業の命令を……いや、友人たちの使命……障害を、排除する……」
戸惑う声がしたが、敵だ。あれは……敵、企業の敵で、友人の悲願を潰した……憎むべき最大の……
「声が見える……621、お前の隣にいるのは……そうか、見つけたぞ、火種を。」
脳がちりつき、声が聞こえる。コーラルの奔流から、抜け出した電波のような、何かが。
あれか。あれこそが、621を拐かし、この星に巣食う……。
「一度生まれたものは……そう簡単には死なない、火種から消さなければ……。」
焼き払わねばならなかった。全て、消し去らねばならなかった。
「コーラルを焼けば、俺達の仕事は終わる……。お前が稼いだ金だ……再手術をして、普通の人生を……」
でなければ、こいつに普通の人生は……送らせて、やれない……。
俺は、お前に……お前だけは、幸せに―――
「う、ウォ、ルター……!」
「レイヴン……!ウォルター!このままでは……!」
ふと、気がついた。
抵抗する攻撃の手が、ぴたりと止んでいる事に。
最大の障害を、俺は排除したのだろうか。俺は、この目の前の敵を倒し終えたのか。そう、思い―――いやにノイズのようなものが交じる思考を、働かせる。
「……ごめん、ね。エア……わ、たし……ぐすっ、ひ……ぐっ。うて、ないよ……。」
涙声が、聞こえる。俺は、この声を……聞いたことがある。俺は、この声を、聞いてはならない筈だった。
「うぉる、たあ……わたし、あなたに……いきて、ほしい……だから、わたし……うて、ないよ……。もう、いきて……いけ、ないの……。」
何故だ。俺は、何故。どうして、今になって。
「だか、ら……カフッ、げふっ……いき、て……おね、が……い……―――」
"俺は何故621の機体を貫いている?"
「ろく、2……1……!!」
思考が、晴れる。迷いの霧が、解ける。
俺は、企業の手駒などではない。俺は、友人たちの遺志を継ぐ者でも、最早ない。その望みは今こうして沈みゆく、ならば俺がするべき事など、一つだけに決まっているのに。
「621、死ぬな……!頼む、俺が……俺が愚かだった、間違っていた!お前が……お前が生きていなければ、もう俺には……!!」
安全弁"だった"その機体を駆り、武器を投げ捨て、621を乗せた半壊のACを抱え逃げる。炎に包まれ落下する方舟を、罪人達の証たるザイレムを捨てて―――ただ、逃げる。
俺は、取り返しの付かない事をした。俺は、俺を愛してくれるただ一人の最愛の人さえも、手にかけんとした。
愚かだ、愚かだ、あまりにも愚かだ。
「621……生きることを、忘れるな……!お前には、まだ仕事が残っている……俺と、俺と共に生きてくれ……!!」
そんな愚かしい俺でも、ただ一つ。最後、ようやっと掴む事が出来た。
今わの際で、取り戻せた。お前の言葉で、思い出した。最後の最後で、掴むことが出来た。
もう、この手は離さない、離せない。どうか生きていてくれ、どうか生きて添い遂げさせてくれ。俺の、最後遺された……たった一つだけの―――
「うぉ、る……た、ぁ……」
ベッドの上から、微かな声が聞こえてきた。
その声に、安堵する。心の底から安心して、心の底から後悔した。
「621!……気が、ついたんだな……。」
「わた、し……は……?い、きて……?」
生きていてくれて、良かった。死んでいなくて、本当に良かった。罪人の遺児が、本当に救いようもない大罪人に零落れる所だった。
自分のことを真に思い想ってくれる相手さえ手にかける、そんな男が救われて良い筈が無い。例えそうであったとしても、この子だけは、この大切な人だけは、せめて救わて欲しいと強く強く、生まれて初めて強く願った。
「621……お前が生きていて、本当に良かった……俺は取り返しの付かない事をしてしまう所だった。許してくれ……お前を、もう二度と……傷つけはしない。」
抱きしめて、感じる。生きていることの証、生命の温もりを、鼓動を。使命も、命令も、全てをかなぐり捨てて最後にこの手に残ったものの大きさを。
暖かかった。小さくか細く、病的に白い。だが、生きていて、暖かく、柔らかく、そして……愛おしい。
「わた、し……あ、あぁ……あぁぁぁぁ……!うぁぁぁぁぁぁあああッ……!!よかった……よかったぁ、いきて、いきててくれて……ほんとうに……。」
彼女の生存を喜ぶように、彼女もまた俺の生存を心の底から喜ぶ。そんな価値が果たして俺にあるかさえ分からない、今の今まで決断を出来なかった愚物でも、喜んでくれるというのか。
「ああ……俺は、生きている……もうお前を一人にはしない。621……俺と、生きていこう……必ず幸せに、してみせる。だから、俺と……結婚してくれ。」
だから―――もう、俺は間違えない。俺はもう、選ばない事を"選ばない"。俺の人生は、もう誰にも委ねない、誰の遺志も継がない。俺はただ……
「っ、……は、はいっ……!」
お前と共に、生きることをもう忘れない。
END THEME:https://www.youtube.com/watch?v=CZvDK14KZRU
安いオマケ このSS内での621ちゃんのビジュアルとスチル