甘やかな夏
「変わんねぇなぁ、修兵」
言われてムゥっと上目遣いで睨めつけて見ても相手が悪い。
拳西があんまり優しい顔をしているから、修兵は頬を林檎と同じ赤に染めながらぱくりと林檎飴を噛った。
糖そのものの甘さと、その中にほんの少しだけ交じるリンゴの甘酸っぱい感じはまさに今の修兵の気持ちそのものだ。
*******
「全く何を不満そうにしとるんやお前は…」
「手ぇなんか繋がんでも平気や言うとるのにきいてくれんから」
「当たり前やろお前まだ餓鬼なんやから、こんな人混みではぐれたらどうすんねん」
「……」
不満そうに顔をしかめたギンが視線を送った先は自分と同じような表情の阿近と○○だ。
阿近は平子に手を繋がれてその阿近とギンが手を繋がされている
その少し後ろには、羅武に手を引かれた○○と、リサに手を引かれた七緒、そして七緒と手をつなぐ形で乱菊がいる。
「なんや、手ぇ繋ぐんが嫌やったらお前も抱っこしたろか、イヅルや修兵みたいに」
「ぜっったい嫌や!」
「まぁまぁ。ですが疲れたら遠慮なく言ってくださいね?」
ハッチが歩いている子供達に声をかけた。
「さあイヅルは何が食べたいの?」
「……えっと、とくには…」
「そんな遠慮しなくてもいいんだよ?」
「はい」
ローズが腕の中のイヅルに話しかけるのを並んで聞きながら、拳西は自分の腕の中で落ち着きなくキョロキョロと周りを見回している修兵をポンポンと宥めてやる。
「大丈夫だ。俺がずっと抱っこしててやるから何も怖くないぞ。それより今日、ご飯を食べずにみんなでここに来たのは、美味しい物をたくさん食べて綺麗なものを見るためだ」
「けんせー…?」
まだ『これ』が何なのかいまいち解っていない修兵は、大勢の人への恐怖はまだ消えきっていないのもあり、多少落ち着かないようだがきっとすぐに楽しい記憶に変わる。
今日は夏祭りだ
せっかくだからみんなでやってきた。
京楽や浦原は勤務を請負ってくれているから阿近や七緒も平子やたちで見ていることにはなるが幸いリサが八番隊、ひよ里が十二番隊でこの2人にとっても普段からモノを頼みなれた大人はいることになるから問題ないだろう。
「そういや修兵たち来るまでお前ら夏祭りに連れてきたりはせぇへんかったなぁ…」
修兵が引き取られる数年前から平子の後見で瀞霊廷にギンと乱菊は暮らしていたが、ギンの性格ゆえか、それとも平子が当時『子供』というものに疎かったせいか、こういう行事に積極的に参加させてやることはなかったなと平子は自分の中で軽く反省した。
七緒やイヅルは貴族故にこういう経験は何度もありそうだが、それ以外のギンと乱菊、阿近、○○、修兵にとってはおそらく今回が初めての夏祭りだろう。
みんなで普段着とは少し違う浴衣をきて外に出てきて正解だったなと大人達は思っていた。
「ねー、拳西!私お腹すいたー!お好み焼き食べたーい!」
狙ってなのか素のわがままなのかはさて置き、そうやって『おねだり』の口火を切ったのはみためも振る舞いも、大人と子供の間のような、白だった。
「うるせぇな、お前は仕事してなくても給料もらってんだから自分で買え。俺は修兵に買ってやるが、お前に買う気はねぇからな」
「え〜っ!拳西のケチンボ!いいもん!修ちゃん、遠慮しなくていいからね!美味しいものたっくさん拳西に買わせようね!」
「……っ」
拳西が怒鳴ることを反射で思いとどまったのはここで声を荒げると修兵が困ると思ったからだ。
「まあ白の分の支払いはともかくお好み焼き食うのは俺も賛成だ。俺も腹減った。」
「俺は焼きそばにしよかな。どっちにしろ同じとこで売っとるやろ」
「けんせー、」
「心配ないって言ったろ。さっき言ったように美味しいものを買いに行くだけだ」
*****
人数が大井野を有効利用し、運良く見つけた子供数名は坐れそうな場所を確保しいくつか買った焼きそばとお好み焼きをみんなでシェアしながら食べることにした。
「どうしたの?」
「「あの、こういうところで食べたことはなくて…」」
と、すでに平子や羅武に構われながらワイワイ仲良くシェアし合っているギン乱菊、阿近、○○とは別の躊躇いを見せたイヅルと七緒の頭をローズが撫でる。
「なるほど。いつもは花火とかを見に来ることはあってもあまりこういうところで買い食いはしなかったのかな。でもお祭りの雰囲気の中で食べるのも美味しいよ」
「これがさっき白が言ったお好み焼き。小っちは焼きそば。これは修兵と俺の分だから、美味しいと思ったらたくさん食べていいんだぞ」
「たくさん」
「ただ他にも美味しいものはあるからお腹いっぱいになる前にやめとくほうがいいかもな。とにかく食べてみるか」
「ん。……ん、と」
「ああ、ここにはフォークがないから…修兵、口開けろ。」
湯気の立つそれを拳西は吐息で軽く冷まして膝の上の柔らかなほっぺたを軽く突ついた。
「あー…、っ」
ぱくん。
もぐもぐ…。
拳西がくれるものが悪いモノでないことは修兵も解ってはいるが、どうしても初めての食べ物だからか緊張して、口に含んだ瞬間は両目をギュッと閉じたが、その瞳がパッと開かれ輝いたのが見えて、拳西は笑みを深めた。
「気に入ったみたいだな。美味しいか?」
「うん、しゅう、これすき。」
その後もお好み焼きや焼きそばだけでなく、美味しい物を巡りは甘味にまで及び、満腹でウトウトしかけたところに初めて見る花火が打ち上がった。驚きと美しさに一旦は目が覚めて、同じ話を何度も何度も拳西にしながら留守番組が待っていてくれた隊舎に戻ると、そのままにみんなで目の見えない東仙に花火の美しさを伝えてくて折り紙で花火を作った―――。
*****
――――「そんなことありませんよ!お好み焼きだって一人で食べ切れるようになったし、それに…」
「林檎飴食うのも上手くなって手や口の周りがベタベタになったりすることもなくなったか?」
「拳西さんっ!意地悪っ!」
「ほんとのことだろ。お好み焼きも林檎飴も綿菓子も、全部食べるとそれだけで腹一杯になるから半分かそれ以上俺が食べてたもんなぁ」
「っ、そ、それは…、えっとごめんなさい?食べ止しばっかり拳西さんに…」
「謝ることじゃねぇよ。そうさせてやりたくてやってたことだからな。美味いか」
はい…と応える修兵の顔がますます赤くなっていく。
「『雲』はいらねぇのか?」
「もぅ!拳西さんっ!わ、綿菓子は流石に…もう…///」
「そうか、じゃああとはかき氷買って花火見えるとこに移動するか」
拳西には珍しく実に愉しげに笑いながらそんなことを言われる。
「拳西さんの中で俺っていったいいくつなんですか?俺もう三回生なんですけど…」
「解ってるよ。だから膝に乗せたりあーんしてねぇだろ」
「〜〜〜っ!」
流石に言葉を無くした修兵の頭を拳西が軽くかき混ぜる。
「もっと甘えるのが上手くなったら大人扱いしてやる。お前は未だに甘えるのが下手だからな」
「そんなこと…」
「あるんだよ、お前以外の奴に言ったら頷くぞ」
「ギン兄も乱菊さんも、阿近兄も、○○兄も、…イヅルだってこんな過保護にされてないとおもう…。」
「春水さんやリサは七緒に過保護だろ。まあ教育方針の違いってやつだ」
そうだけど…と話してるうちにかき氷が渡された。
先の尖ったストローで少量掬い上げて口に含む。甘い。
あ、と修兵が声を上げた。
「どうした?」
「たくさん食べちゃう前にと思って。拳西さんも食べる?」
「………」
『お腹いっぱいか?』
『うん、いっぱい!』
幼子は初めての甘さに感激しながら満足するまでかき氷を食べて、残った分を拳西が食べた。
さっきも言ったように元々そうしてやりたくてしたから全く不満はなかったけれど、
「たしかにデカくなったな…」
「…?」
明らかに食べ残しになる前にこちらに気を回せるくらいに大きくなった。
「オレはいいから好きなだけ食え。ほらそれより、もうじき皆と合流だぞ。皆の前であんまりガキ扱いされたくないんだろ?今のうちにもっと欲しいものないのか?食べ物じゃなくてもいいが」
「…じゃああの、…今日じゃなくて、夏季休み終わって院の寮に戻る前に、」
「うん?」
「何でもいいから拳西さんの作ったおかし、食べたいなって…」
ダメですか?と強請られ、今度は拳西のほうが気恥ずかしい気持ちになる。
平子達と合流前でよかった。
いいに決まってんだろ、と返事をして少し歩くと、各々自分のいちばん大切にしたい子達と好きなように夏祭り巡りをしてきたのだろう面々が見えてくる。
人込みの中でも流石に隊長格は目立って見つけやすいなと自分を棚に上げて思いながら、修兵と一緒にその一団に合流した。
「さあ今年もお空にお花が咲くなー。」
『あのね、お空にね!お花が咲いてたの!』
はじめての夏祭りの後、留守番組に花火のことを修兵がそう表現したことを気に入ったらしい平子が、毎年花火を見る時に言う言葉が今年も聞こえて皆で笑った―――。