甘やかす話

甘やかす話





スコーンを狼の口から綺麗に割って右手に乗せ砂が器用にバターナイフを掴むとクロテッドクリームをたっぷりすくい軽くのせて更にイチゴジャムをその上に。それをスッと目の前に差し出された事にキャメルは一瞬戸惑いながらも礼を言って受け取ると隣のクロコダイルは無言で読書に戻っていく。


以前ちょっと油断して子供の姿にされてしまったキャメルは色々あってクロスギルドの協力で元に戻ることができた。その件でクロコダイルからは散々呆れと怒りと謗りを受ける事態になりちょっとへこみつつ今度から怪しいと少しでも思ったらもっと早く暴力に訴えよう! という、あまり得とはいえない教訓を得たのだったがこの事件以降兄弟に、というよりクロコダイルだけに奇妙な変化が起きていた。

その一例が今起きた事でありキャメルは完璧に自分の好みの比率でのせられたクリームとジャムを口にしながらどうして定位置が向かいから隣になったり以前から当たり前に行われていたかの様にお菓子を渡してきたり何処かへ行こうとすると頭を掴んで傍に引き寄せ押さえつけるみたいに撫でるのか考えたがさっぱり見当がつかなかったし特に最後は人前でも行われるのでちょっと止めて欲しかった。兄にも恥という概念くらいある。黒歴史もある。

とにかくキャメルはこの一連の行動の変化に困っていた。いや行動というかそれらで発生する自分の感情に困っていた。

キャメルはクロコダイルと出会った時点で兄となったので甘やかす事は多少あったが甘やかされた記憶はない。親はそんな存在だったら殺していないし(本当にそうだろうか。という疑問は誰も思考を読めないので出来なかった)船員達との交流も微かに覚えている限りどこにもない大人になったら勿論ない。つまり初めての甘やかされるという事態にキャメルは内心ふわふわというかぽやぽやというかそれはもうマリトッツォを食べた時の気持ちに近いものがあった。

まあつまり分かりやすく言うと嬉しいけど恥ずかしい、嬉しいけど弟に何が起こったのかと疑問符ばかりが浮かんでは一口食べ進める度に消えていった。

考えているとあっという間にスコーンは消えて次のを手に取ろうと視線をずらすと目の前にもう次のスコーンを差し出されていて不意をつかれる。

砂で支えて読書をしながら指輪が煌めく手に焼き菓子をのせている姿は恐らく誰も見たことはないレアな光景だろうがキャメルはそんな事知りはしないので弟のこの理解はできないが嬉しい行動に『まあ理由なんてどうでも良いよね!』という結論をあっさり出して恥という概念と共に廃棄処分した所詮本能で生きる獣である。廃棄処分されて即行で焼却されたので後は自分の欲のまま動くだけだとそのままクロコダイルの手ずから食べて美味しい紅茶を飲めば彼はもう幸せに満たされたしそれに対して特にクロコダイルが文句をつけることも怒ることも無く自分が今現在後々大恥をかく事態になる事確定の行動を繰り返しているのにも気づかず、後ろでのんびり食事を続けるショコラだけが未来を予見できたが

“二人が幸せなら良し”

となったので状況に変化は起きずそのままこの日もクロスギルドは文句の付け所がない平和な時間が流れていった。


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