甘えん坊のキャスパリーグ

甘えん坊のキャスパリーグ


「ええ、それでは。はい、よろしくお願いいたしますね」


 ティーパーティーだけが使用できる専用のサロン。

 一人、そこで公務の電話を掛けていたナギサは、そうして一息つくと通話を切る。

 仕事に集中したい、と護衛もサロンの外に出していたが、今の彼女は一人ではなかった。


「ナギねぇ、仕事終わった?」

「まったく、ずっと私の顔ばかりみて……。それに、呼び方」

「むぅ、いいじゃんナギねぇで。私たちだけだよ?」

「はいはい……。ほら、おいでカズサ」


 傍の椅子へ前後逆さに座り、行儀悪くナギサのことを見つめていたのは、かつてキャスパリーグと呼ばれ恐れられたカズサだった。

 元不良とティーパーティーメンバー。決して相容れることのないはずの二人がこうして穏やかな時間を過ごしているのは、かつて同じ時を過ごした間柄であるからだ。

 カズサはナギサに呼ばれると、目を輝かせて抱き着き、顔をナギサの腹にうずめてぐりぐりと押し付ける。


「いつまでたっても、甘えん坊は治りませんね」

「ナギねぇ、その硬い口調やだ」

「……カズ。この甘ったれさん」

「はーい、甘ったれでーす」

「そんな子は、こうしちゃいますよ! ほら、わしわしわしー」

「きゃあ~!」


 膝にしなだれかかるようにしてくっつきたがるカズサの頭をわしっ、と掴み、ナギサは普段見せないような柔らかな表情で笑いながら、その頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。

 かつて、まだナギサが今の姿からは想像もできないほど暴れまわっていた頃。

 たった一人で徒党を組んだ相手をぶちのめし、自分の道理を通していた頃に、幼いカズサはその後ろをついて回っていた。

 カズサにとって、ナギサは生まれて初めて見た『カッコいい年上のお姉さん』であり、ナギサにとっては『守るべき可愛い妹』という関係だった。

 それも、ナギサが成長しティーパーティー入りを確約される少し前までの話で。

 今となっては、ナギサの道を邪魔するまいと身を引いたカズサだったが、それでもこうして時たま二人の時間を設ける程度には、その絆は残っている。


「っぷあ! ナギねぇ、私が今一緒にいる友達のこと知ってる?」

「ええ。放課後スイーツ部、でしたっけ? 良い子たちのようですね」

「うん。この間もさ──」


 聞いて聞いて、と楽し気に笑って語るカズサを撫でながら、ナギサは妹分が健全に成長していることに小さく安堵する。


「もう、聞いてるナギねぇ?」

「はいはい、聞いてますよ」

「ほんとー? ……ちゃんと、私のこと見てる?」

「ひゃっ!?」


 可愛いですねカズサは、などと浸っていたところに、不意打ちでその端正な顔立ちが近づけられる。

 突然のことに驚き、うっかり可愛らしい声を漏らしてしまったナギサに、カズサは薄く笑って、


「今の声、可愛い。ナギねぇ、カッコいいし可愛いのずるいよね……」

「か、カズ! 耳元で囁かないで……っ」

「耳弱いの? へへ、弱点はっけーん……」


 するすると体を這い上がって、全身を覆うようにぴったりハグするカズサ。

 その体温と耳元でする声にナギサは、想像するよりもずっと動揺している自分がいることに気づき、目を白黒させながらもなんとかカズサを押し返した。


「も、もう! お姉さんを揶揄うんじゃありません!!」

「えへへ、はーい、ごめんなさーい」

「次やったらロールケーキをぶち込みますよ!」

「ごめんってばー」


 笑うカズサ、顔を赤くして怒ってみせるナギサ。

 妹分からの思わぬ反撃にどぎまぎしてしまい、いつの間にか成長していたのですね、などと感慨に浸ることも出来ずにいると、カズサはそんな姉貴分に心の奥をくすぐられるような気分になった。

 いつも自分を守ってくれた人が、自分の行動でこんな姿を見せてくれている。

 そう思うと、昔のやんちゃな自分が声を上げ始めるのが分かった。


「……でも、嫌じゃなかったんだ。へぇ」


 この日から、カズサは頻繁にナギサを『揶揄う』ようになる。

 妹分の存在が、別の何かに変わっていくまで、あと幾日。


「こら、カズーーーー!!」

「あはは、ごめんなさーい!」

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