甘い融氷
「買ってきたよ〜、ノレアー」
僕はベンチに座っているノレアに手を振りながら小走りする。
「ん、ありがとうございます」
ノレアは開いていた手帳をパタンと閉じ、こっちの方を向く。
「随分と遅かったんじゃないです?」
「えー?だって割と混んでてさ〜」
僕はガサガサと手に持っていたビニール袋を漁る。その中には、2つのアイスがあった。フロントでは気温があらかじめ一定に設定されているから分からないが、地球の、ノレアが居た地域あたりでは夏らしい。そしてそこではアイスを夏に、体を冷やすために食べるようだ。また、宇宙でもそれなりの愛好家が居て、時々出回る。たまにこのように学園の購買部で売られることもあるらしい。
「そういえば地球寮が箱で買ってたんだけど、地球だとよく食べるの?」
「まぁ………地球は温度管理がされてないのでこういうので涼むんですよ。冬も食べないことは無いんですけど」
ノレアは棒状のアイスを取り出し、パキッと真ん中で半分に割る。
「へー、それってそうやって食べるんだ。あれ、ここの先っぽから折らないの?」
「ああ、ソフィがこれ好きで、今ここら辺にいるはずだから私が食べてる所見かけたら絶対半分ちょうだいって言うかな、って」
「なるほど〜!それ、何て言うの?」
「地球寮に聞かれたら対立煽りになるのでやめときます」
「ふーん?」
どういう意味かよく分からなかったけど、とりあえず自分のアイスを出す。
「貴方はアイス初めてですか?」
ノレアがカチコチの表面を舐める。
「ん〜、食べたことあるような無いような………多分無いな〜」
袋を開けてから、繋がっていたアイスを2つに割る。
「ん、どうやって開けるのかな……あ、こうか」
蓋の穴に指を掛けると、それを上げて蓋を外す。そして凍っている中身を軽く揉みつつ、吸っていく。その清涼感は、暑くなくても悪くはなかった。
「……それ分けるやつですけど、一人で食べられます?」
「ん?大丈夫大丈夫。僕ちょうどお腹空いてて───」
その時だった。ノレアがこちらをじっと見つめ、汗を垂らしながら、頬を赤らめる。そして、どうしたか。なんと首を動かし、僕のアイスを食べ始めたのだ。
え?いや僕、めちゃくちゃ口つけてるんですけど??え??
「………えっ?」
ノレアは暫く食べていたが、その後口をつけるのをやめた。
「………ん、えと、美味しいですね。良ければもう一つ、く、くれません?」
ノレアは余っていたもう一つのアイスに目を移す。
「え、う、うん………」
……、
………まって。これ間接キスじゃない?え?…………………え!!!?
僕は急に顔を赤らめる。フロントが適温だからこそ、顔が熱くなっていくのがハッキリと感じられてしまって恥ずかしい。
それよりもだ。ノレアが? ノレアがやったの間接キス??本当に??あの毎月デレ30秒のノレアが??本当に???えええ!!??
僕はどうにも出来ず、混乱しながらノレアの方を見る。
「…………、っ」
そこにはさっきより赤面していたノレアがいる。
もうホントに自分でも恥ずかしがってるじゃん何なのノレア!!!可愛すぎるだろ!!!何なの!!!本当に!!!!もう!!!!
顔を空いている方の手で多い、さらに顔を赤くする。そして、ノレアの顔をじっと見つめる。
…………もういい、そっちがその気ならこ、こっちだって………………!!!
僕は一念発起して、ノレアに仕掛ける。
「………ノレアのそれだって、言われたから買ってきたけど分けるやつじゃんか、一本まるごといける?」
ノレアに問いかける。
「え……あ、はい、大丈夫です」
ノレアはぷいとそっぽを向く。かなり恥ずかしがっているのだろう。ノレアはアイスも食べずに黙り込んでいる。
僕はその出来た隙に、恥ずかしがって躊躇わないように素早く、ノレアのアイスに───口を付けたのだった。
「……っ!?え、ちょ……!?」
困惑するノレアを横目に、ノレアと同じように表面をさらりと舐める。顔は熱いのに舌に冷たい感触が伝わり、緊張を高めてゆく。
…………ヤバい。これ、かなり緊張する。いやもうダメだこれ、全然長時間やってらんない……
僕は観念した顔で顔を上げる。
「………ぷはっ、ん、……ね、ねぇ、僕の一つあげたんだから、ノレアのも片方くれよ」
ぎこちない言葉を、高鳴る胸の鼓動をどうにか治めようとしながら発する。
「へ、え………い、いいですけど」
ノレアの言葉もかなり震えていて、自分と同じくパニックなのだろう、と伝わった。
「…………うう」
「………………〜〜っ」
たまたま同じタイミングで声にならない声を発する。カッコよくやろうと思ったのに全然ダメじゃん。ただの相討ちじゃん。一体どこに行ったのスレッタにちょっかいかけてた頃の僕は。
気まずく熱い沈黙が続く。
「…………………なんで真似してきたんですか」
「そっちが急にしてきたせいだよ」
「チャンスだと思ったんですもん」
その言葉にまた、脈が早くなるのを感じてしまった。
「………冷たいですか?」
「う、うん……………」
録音されたセミの鳴き声が響く。
なぜだろう?ちっとも熱くないはずなのに、アイスもろとも、僕達が溶けてしまいそうな気がした。