甘い夢を見せてあげる

甘い夢を見せてあげる



 あの子を「可愛がる」時は牢屋の中でする事を好む者も居るし、そうで無い者も居る。バージェスやバスコは前者だったし、提督やオーガー、そしてデボンは後者だった。コビーにとっては大きなベッドの上、シーツに包まって眠る姿はただのあどけない子どもにしか見えず。ほんの少し前まで乱れていた艶やかな少女と同一人物には思えなかった。ドクQのシクシクの実によって、先程までのコビーの体は女性のそれになっていた。別に普段の青年のままでも構わないのだけど、単にデボンがそういう気分だっただけだ。今はドクQお手製の解毒剤、の様な物のおかげで元の姿に戻っている。眠っている間にデボンが飲ませたものだ。そういえばと思い出してシャツを羽織る。なにも身につけていないと、コビーが顔を真っ赤にして茹ってしまう。

 んん、と、唸る声。丸い頬を撫でればおかしな凹凸が少しも無く、羨ましくなってしまう。もしもコビーが最初から女性だったなら、その首を頂いていただろう。もしくは提督が許さないだろうか。今の彼は随分とこの英雄様にお熱だから、とデボンは笑う。何をしても、何を教え込まれても、純真で初心な所を失わない彼に、提督だけで無く幹部達もすっかり夢中になっていた。それはデボンも例外では無い。コビーに手を出す面々の中では比較的(そう、本当に、比較的)優しい方であるデボンに、コビーも少しだけは心を許している様で。ついこの前は割れてしまった爪を見て「ネイル、塗りましょうか」なんて声を掛けてくれた。無意識に自分達海賊に心を許して来てしまっている、哀れで可愛い海兵。このままこちらまで堕ちて来てくれたなら良いのに、と、誰もが思っていた。

(ああ、……誰もが、は、間違いね)

 一人だけ、違う男がいる。あの男はきっと、そう思ってはいない。デボンはコビーが眠っていた牢屋の様子を思い出す。霜が降っていて、床には薄く氷が張っていて、ただでさえ冷たい牢屋の床の上で、布団一枚を丁寧に被せられていた。その優しさを見せてあげたら良いのにと思うものの、それが出来ていればああはなっていない。クザンの後だと分かって、なら尚更私が相手した方が良いわね、とコビーを抱えて、デボンは鼻歌を歌いながら自分の部屋に戻ったのだった。


 何故かは知らない。本人も話したがらない。ただ分かるのは、クザンはどうやらコビーを嫌っている、と言うにはあまりにも複雑な感情が渦巻いてはいるが、とりあえず「嫌い」だという事だ。その割には手を出しているのだけれど、終わった後のコビーは怯えていて寒そうで、実際肌は冷えているし、クザンが凍らせたのであろう引き攣れた跡が残っている。くっきりと涙の跡も残っていた。「クザンの後だった場合はできる限り優しくする」、というのが、いつの間にか暗黙の了解になっていた。そうで無かった時、シリュウが普段通りの「プレイ」をしてコビーが過呼吸になってしまった事は記憶に新しい。クザンとの行為による怯えと、シリュウとの行為による痛みが合わさって限界を迎えてしまった様だった。以来はあのシリュウですら、優しくする様になっている。それだけコビーの怯え様は異常だったし、そんな彼に提督も慌てていた気がする。


 ただ、それだけ恐ろしい事をされているだろうに、コビーはクザンとの距離を縮めようとしていた。いつまでも怖がっていては何にもならない、ちゃんとクザンさんの気持ちが知りたいんです、と、涙声で提督に言っていたらしい。

「……そうねェ……」

 デボンは、コビーがクザンを怖がる気持ちを少しでも減らす事が出来れば、と思い付いた。そうすれば、少しはあの男も素直になるのでは無かろうか。狐の鳴き声、紫色の煙。それが晴れた時には、デボンの姿は既にクザンへと変わっていた。

「コビー」

 名前を呼ぶと、コビーは瞼を震わせてゆっくりと瞳を開けた。そして瞳にクザンの姿を映して───目を見開いて、体を強張らせた。

「く、ざん、さ」

 ひょい、と。軽々持ち上げられる程には、コビーの体はデボンにとってもクザンにとっても小さい。膝の上で固まって呼吸を止めているコビーをそっと抱きしめて、頭を撫でる。久しぶりに見た怯える姿は大層可愛らしかったが、クザンはこの姿に愉悦を感じているのだろうか、それとも。

「───」

 しばらく経つと、コビーの体から力が抜けて行く。こてん、と頭が胸元に傾いた。これはゆめだ、と呟く小さな声が聞こえて来て、夢では無いのだけど、と思いながらも否定はしない。やがてしゃくり上げる声と、頬を溢れ落ちて行く涙に気が付いた。その涙を拭って、顎を掬う。そっと唇を重ねると、しょっぱい涙の味がした。涙の味なんて知るのはいつぶりだっただろうか。

「くざん、さん、」

 甘える様に、乞い願う様に、名前が呼ばれる。そっとシーツに寝そべらせて、唇をその体に落として行く。夢だと思っているのなら、それこそ本当に、甘い夢の様に、クザンの姿で抱いてやろうと思った。そうして怯えを少しでも減らして、怖がらずに彼と対峙して───そこから先どうなるかは分からないが。

 デボンはもう一度、頬を撫でる。幸せそうに、けれどどこか寂しそうに、コビーは笑った。

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