現地鯖の兄弟子ss (兄弟子視点)
草木も眠る深夜。
降り立った先は死霊で溢れかえった土地だった。
生前であれば大いにはしゃいだのかもしれないが生憎今の自分は英霊であり、今更幽霊なんぞで面白がれるわけもなく。いつもであれば無視を決め込んで、座で大人しく三味の音を響かせているのが常だったのだが。
けれどもこの日、間違いなく高杉晋作は自分の意思でこの地へ降り立った。
面白きことを求めて己が直感に従って飛び込んでいくのは生前からの本能のようなものだったが、今回ばかりは違った。…それはまるで天啓のようで。
己にとって最高に面白いことが起きる、なぜだかそう確信して。
「うん、駄目だなこれ。面白いことが一向に起きる気がしない。僕の直感もいよいよ衰えたか?」
ぎゃあぎゃあとうるさい鴉のような耳障りな声を上げさせる前に、高杉晋作は本日何体目かの死霊の首を刎ね飛ばした。
「面白いことが起きるまでの暇つぶしくらいにはなるだろと思ってたが、幽霊ってこんなにも芸がないものなのかよ。座で一人寝でもしてた方がはるかに有意義だ」
そもそも僕は気が長い方じゃないんだよ、そう溢しては次々と出合い頭に死霊の首を潰していく。あまりにも退屈すぎていよいよ殺し方も雑になってきた。
賑やかなのは好きだが風情のない喧しい金切声は嫌いだ。だから目についた鴉どもを片っ端から殺していく。
そんなことを繰り返していけば、やがて辺りは静まり返っていく。
まあこんなものかと深くため息をついて刀を収め、夜空を仰ぐ。今宵の満月はあまりにも美しかった。
…本当は出歩くつもりなどなかった。大人しく月見に興じるかと空を見上げていたのに、ある予感が不意に去来して気が付けば外へ飛び出していた。
月を見てこんなにひどく落ち着かない気持ちになったのは、この地を訪れて初めてのことだった。だから、
「今日こそはと確信したんだがなあ」
僕としたことが当てが外れたか。此度の召喚、収穫ナシかもしれないなとぼやいてみるけれど、それでも歩みを止めることはなかった。
自分にとって大事な瞬間がこの満月の日に訪れる、そんな予感が心の片隅で確かに存在していた。
だから今日も探し歩く。鴉のごとくわめく死霊たちの首を刎ねながら。
それは、何気なく入った路地裏でのことだった。
退屈な気持ちのままふらふら歩いていると、月明かりに照らされた先の物陰に誰かがうずくまっているのが見えた。
息をひそめている姿を見て死霊ではないことはすぐに分かったが、怪しい動きがあればすぐに斬り殺すつもりでいた。
気配を殺して近づいて刀を抜いて一気に距離を詰め、そして物陰に隠れる黒髪の若者の姿を認めると────凍りついた。
「…りつか?」
思わず気配を殺すのを忘れ、呆けたように呟いた。瞬間、若者はびくりと大きく身を震わせて、ぱっとこちらへ振り向いた。
月夜に照らされた黒い髪に柔和な顔立ち。
…そして。
澄み切った美しい青い瞳で、今も動けないまま立ち尽くす僕を見上げていた。
…松陰先生が死に、久坂も逝き。
病に臥せっても、この世を去る瞬間も、英霊となった今でもずっとずっとずっと。
一瞬たりとも忘れることなどなかった、僕の美しい思い出。僕の心臓。
僕のたいせつな弟弟子が、そこにいた。