現パロ 記憶無し直義 プロローグ的な
※ギャルゲーのプロローグ的なノリで
攻略対象みんな男だし親しくなると前世がとか言い出すし大分あれですが
直義は神など信じてはいないが、存在するとすれば確実に見放されているのだろうな、とは思っている。
大なり小なり、直義の人生に不運というものが付いて回った。
大とは中学の時に両親と死に別れ天涯孤独になったことであり、小とは昨日ス○ーバックスのなんちゃらフラペーチーノを手にした女子高生にぶつかられて、スーツにシミを作ったことだった。
しかしそれでもなんとか人並みに生きているのだから、相対的には運はいいのかもしれなかった。
世の中には、公園で日向ぼっこしていたら暴走車に突っ込まれて亡くなる人間だっているのだ。それに比べれば、という程度には。
そうやって諦めにも似た日々を過ごしていた直義だったが、その日は本当に朝からツキが無かった。
トースターは壊れて黒焦げのパンを吐き出したし、鍵を見失って部屋を出るに出られなくなったし、自宅の前の道では飛び出してきた車に轢かれそうになった。
そして今現在、止まってしまった電車をホームでかれこれ45分ほど待ち続けている。
もう始業には間に合わない。だが幸いなことに、電車の遅延は正当な遅刻の理由になる――それを受け取る上司が、まともな人間ならば。
直義は、人間関係にも恵まれていなかった。
理不尽を擬人化したようなクソ上司のことを考えるのは止めて、気を取り直して駅構内の本屋を目指す。
これだけの不運続きにも関わらず、平然と生きていけているのだから、直義は世間一般の人間よりは大分図太いのだ。
入った本屋で何か暇つぶしになりそうな本は無いかと物色していると、ベストセラーのコーナーで『本人が語る太平記』という書籍が目に入った。
本人――本人って誰だ、足利尊氏? とっくに死んでるだろう。とツッコミながら手を伸ばすと、同じタイミングで伸ばされた手とぶつかった。
大昔の小説ならロマンスが芽生える描写だな、などと下らないことを考えつつ、直義は顔を上げた。
「――直義様?」
非常に整った怜悧な容貌をした男子高校生が、信じられないものを見るような視線をこちらへ向けていた。
その制服は近隣でも有名な進学校のものだった。少し記憶を辿ったが、それらしい知り合いに心当たりは無い。
反応に困っていると、慌てたように少年が続ける。
「覚えていらっしゃらないのですか……?」
全くもってその通りだったので、直義は頷いた。むしろそちらは、何を覚えているというのだろう。
少年は一瞬真顔になった後、にっこりと花のように顔を綻ばせた。
「小さな頃、貴方に助けていただいたことがあるんです。覚えていらっしゃらなくても、無理もありませんが」
いくら記憶を引っかき回しても、思い当たる節が無いのは当然だった。直義は12年前に事故に遭遇し、両親を亡くした上にそれ以前の記憶が曖昧になっていたのだ。
その事実を伝えると、少年はまるで自分が耐えがたい苦痛を受けたかのように、顔を歪めた。赤の他人の不幸にこれほど心を痛めるなんて、感受性が強い質なのだろう。
「電車が止まってますし、もしかして暇つぶしの本を探しにいらしたんですか? 私もそうなんです。本もいいですけど、よければそこのカフェで少しお話でもしませんか」
まるでナンパのような台詞だったが、男子高校生が成人男性に対してどうこうもあるまい。
昔自分が少年を助けたという出来事も気になったので、直義は快く承諾した。
結果的に言うと、少年とのお茶会はとても楽しかった。
自分のした人助けというのが、単に迷子になっていた少年を家まで送り届けた、というだけの話しだったのには拍子抜けしたが。
「自分が施した恩なんて、そんなものですよ。もらった方は、一生――それこそ、死んでも忘れませんけど」
単に迷子の面倒を見ただけで大袈裟な、と思ったが、口には出さなかった。幼い少年には、それだけ心に残る出来事だったということなのだろう。
結局電車が動き出すまで1時間ほど話をして、少年とは連絡先を交換して別れた。
家長、という名前は随分と古風な響きだな、と思ったが、直義とて人のことを言えた義理ではない。
その日の業務を終え自宅へ帰り着くと、部屋の灯りがつかなかった。
隣の部屋からは柔らかな光が漏れているので、1件限定の停電らしかった。手慣れた仕草で管理会社に連絡し、復旧は明日以降といういう返事をもらう。よくあることだった。
スマートフォンを開くと、トークアプリに家長からメッセージが入っていた。男相手に随分マメなことだが、きっと老若男女に対し礼儀正しい少年なのだろう。
先ほど会社で別れた同僚からも、珍しくメッセージが来ていた。
『俺らの新しい上司、ダークエルフだぜ! マジで!』
意味が分からないので、返事はしなかった。
もう少し具体的に書いて欲しい。ダークエルフってなんだ。名簿の名前はどう見ても日本人だったが。
今日も不幸は多かったが、新しい知り合いもできたし、総括としては良い日だった。
そう振り返って、直義はさっさと寝ることにした。
結局買ってしまった『本人が語る太平記』を読むのは、明日以降にするしかないだろう。ちなみに作者の名前は、まさかの『足利尊氏』だった。
そのペンネームで他の作品は出せるのだろうかと、他人ごとながら心配になった。
(翌日に顔合わせした新上司は想像の50倍くらいダークエルフだったし、まるで身内に接するみたいに親切にしてくれる。
そしてその後、謎の小説家とのエンカウントが待っているのである)