班長のちょっとした秘密
~班長のちょっとした秘密・1~
「あれ、先生?」
“や、班長。……班長も休憩?”
「……まあな。ちょっとばかし、屋上で星を眺めたくなってさ」
「思えば、俺らと先生との付き合いもずいぶんと長くなってきたもんだな。……確か、初めて会ったのは危険地帯の最前線だったか」
“そうだったね”
「はぁ……あの時はまさか、『飛んで火にいる夏の虫』の連中以上の向こう見ずがいるなんて思わなかったぜ。なにせ戦場の真っ只中に丸腰で飛び込んできやがるんだからな。
生徒を死なせねぇために頑張ってるのは知ってるが、俺に言わせりゃ先生の方こそ危なっかしすぎだっての。
先生ほどの死にたがり、このMTR部の中にだって滅多にいやしねえぇよ」
“あはは……ごめんなさい。反省してます”
「いや、笑い事じゃねえから! これでも本気で心配してんだぜ?」
“……いつもありがとね、班長”
「な、なんだよ。藪から棒に」
“ううん。思えば班長には、今までたくさん助けられてきたなって思って。私のことも、MTR部のみんなのことも”
「ま、それが俺の仕事ってやつだからな。礼を言われるほどのことじゃねぇよ」
“でも、誰かを助けるだけでなく、たまには班長にも頼ってほしいな。
班長には何か、今困っていることとか、悩み事とかはないの?”
「悩みって、俺の? ……まあ、改めてそう聞かれたら、無くはないけどさ」
~班長のちょっとした秘密・2~
「……そうだな。先生には話しちまってもいいか。
その……誰にも内緒だからな。ここだけの話ってことにしてくれよ」
“うん。約束する。班長と私だけの秘密だね”
「はー、ったく先生ってやつは、そんなクサい台詞を軽々と……ああもう、じゃあ話すぜ! 聞いても笑うなよな」
「あのさ。俺ってさ。……いわゆる『普通の女の子』らしくない、だろ?」
“えっ”
「だ、だから笑うなっつの!」
“い、いや、笑ってはいないけど……”
「うるせぇ! とにかく最後まで話すからな!」
「……俺が昔、通ってた学校を追い出されたって話は前にしたよな?
とは言っても、べつに理不尽に退学させられたとかじゃなくて、それ相応の理由があってのことでさ。
今となっては誰かに恨みがあるわけでもねえし、俺だって自分の処遇に不満があったわけじゃねえんだ。
実際、このMTR部に来るまではずっと根無し草みたいな生活を送ってきたし、それが性に合ってもいたんだろうけどな」
「……それでも、さ。考えなかったわけじゃないんだ。
もしも自分が、みんなみたいに普通に学校に通って、普通に青春できるような生き方を選んでいたのなら。
……その。
私、も。お洒落とか恋愛とか、そういうキラキラした青春を楽しめる、普通の女の子になれたのかな……とか」
“今からだって、遅くないよ”
「え……」
“前にも言ったけど、班長が本当に望んでいることなら、私が全力で手伝うから”
「……ありがと、先生」
~班長のちょっとした秘密・3~
「でもさ! やっぱり遠慮しとくぜ」
“え?”
「……こんな相談をしておいてアレだし、今の自分に思うところが無いわけでもないのも本当だけどさ。
これでも俺、今の自分の生き方ってやつがめちゃくちゃ気に入ってるんだよ。MTR部のバカ共の面倒を見るのだって、案外嫌いじゃないしな」
「だから、先生。もしも先生が俺のために力になりたいって思ってるなら、その気持ちは俺らの……MTR部のために使ってくれ。
きっとそれが、今の俺にとって一番嬉しいことだから」
“……そっか。分かった”
「けど……まあ、そうだな。
なあ、先生。俺のために何かって言うなら……やっぱり一つだけ頼まれてくれねぇか?」
“うん。班長の頼みなら何でも聞くよ!”
「そういう台詞はせめて頼みの内容くらい聞いてから言ってくれよ……
ったく、先生のそういうとこが危なっかしくて、目を離せなくなっちまったんだよなぁ」
「……俺はさ。通ってた学校の学籍データを抹消されたあの日から、ずっと誰一人信用せずに生きてきた。
世の中は、コインの裏か表かで全てが白黒つくほど単純じゃない。善悪や勝ち負け、敵味方の概念なんて、ちょっとしたことで簡単にひっくり返る。
だから俺は、通り名を変え、立場を変えて、いろんな場所を転々として……他人を欺いて、隣人を欺いて、身内を欺いて、時として自分自身さえも欺いてきた」
「誰も頼らず、誰も信用せず、誰にも勝利せず、敗北せず、誰も敵とせず、味方ともせず……
ずっと、コインの表と裏の狭間みたいな、灰色の道を歩いてきたんだ」
「……そんな生き方を続けてりゃ、当然隠し事だって多くなる。
今だって同じさ。MTR部の情報網を一手に担う立場ともなれば、なおさらな。
軽々しく誰かに明かせないような……先生や部長にも秘密にしてることだって、沢山あるんだ」
“…………”
「だから、本当の自分なんて誰にも理解されないものだし、そういうものでいいって思ってた。
たとえ、ありのままの自分が、誰かの記憶や記録に残ることがなかったとしても……
その生き様が、誰かにとって少しでも意味を持つのなら。
日の当たる場所で真っ当に生きてる人たちの平穏を守って人生を全うできたなら、それで悔いは無い……ってさ」
~班長のちょっとした秘密・4~
「……でも、さ。
やっぱり、誰にも覚えていて貰えないっていうのは、少しだけ寂しいから」
「もしも、他の誰もが忘れてしまったとしても……先生だけは忘れないでいてほしい。
今、ここにいる『私』のことを。
……不器用で、世話焼きで、隠し事が多くて……それでも少しだけ、普通の青春に憧れていた。
みんなから『班長』なんて呼ばれてた女の子が、ここにいたってことを」
「それだけは、きっと……嘘偽りのない、私の本心だから」
“うん。約束するよ”
“たとえお願いされなかったとしても、私は絶対に、班長のことを忘れないから”
「……こんなこと、俺が訊くのも滑稽だけどさ。嘘じゃないよね、先生?」
“指切りとか、してみる?”
「いや、それは流石に……ロマンチック過ぎるだろ。
……まあ、そういうのも……本当は嫌いじゃないけどさ」
“じゃあ、やろうか”
「……うん」
おしまい
~班長のちょっとした秘密・おまけ~
……トゥルルルルル
「……ああ、旦那か。俺だぜ」
「そうだな。MTR部の連中は相変わらずってところだ。
危うい橋も渡っちゃいるが……当分は旦那らの厄介になるようなこともねぇだろ」
「……心配するなって。俺がいる限り、そんなことにはさせねぇよ。
確かに、MTR部ってのはあらゆる意味で危うい集団だ。
だけど同時に、キヴォトスの公的機関じゃ保護しきれないような悩みを抱えた奴らにとっての、最後のセーフティネットでもある。
MTR部をそんな連中の避難所として存続させつつ、ただの危険思想のカルトとして暴走もさせないよう、一線を超えるギリギリの手前で『内側から』踏み止まらせ続ける。
……それが、あんたが俺に与えた任務だろ?」
「だったら俺は、あくまであいつらの身内として、あいつらを無駄死にさせねぇために全力を尽くすだけさ。
いつか連邦生徒会やヴァルキューレが……ひいてはキヴォトスの連中が、あいつらのことを受け入れられる準備が整うまで、な」
「……とはいえ、当分は今まで通り、騙し騙しやってくしかねえけどな。このキヴォトス全体の価値観を一朝一夕で変えようだなんて、土台無理な話だ。
けどさ。それでも希望はあるって俺は思ってるぜ。
先生が来てくれてから、MTR部の状況はゆっくりとだが確実にマシになってきてる。
変わったのは俺らだけじゃなく、アビドスやゲヘナ風紀委員、ミレニアム……MTR部を取り巻く連中も一緒に巻き込んでな。
もしかしたら……いつか本当に、俺らと旦那らが公に手を取り合える日が来るかもしれない。
……最近は、そんな風に夢見ちまったりもするんだよな」
「ま、仮にそんな未来が実現するとしても、もう少しばかり先の話になるんだろうけどさ」
「……ああ。言われなくたって、俺はこんなところじゃ死なねえし、誰も死なせやしねぇよ。まだまだ面倒を見てやらなきゃいけねぇバカ共が沢山残ってるんでね。
俺が無駄死にが大嫌いなこと、あんたもよく知ってるだろ」
「そういうことだから、しばらく連絡は控えさせて貰うぜ。これからまた、ちょいとばかり忙しくなりそうなんでね。
……ああ、そうだな。
今度顔を合わせる時には、みんなの前でおおっぴらに握手でもしようぜ」
「──それじゃ、達者でな。局長殿」