王宮での戦い
連れて行かれたナミを助けるため、東の海(イースト・ブルー)を守るため、金獅子のシキがいる王宮へと乗り込んだ麦わらの一味。シキをはじめ、シキと契の盃を交わし幹部になるはずだった大物海賊達が勢揃いしている大広間の襖を、1枚はゾロが細切れに斬り裂き、1枚はウソップが蹴破ろうとして失敗したところをサンジが(ウソップごと)蹴り飛ばす。そしてシキ達の前に、ナミを除く麦わらの一味9名が、黒いスーツを纏った正装で姿を現した。
「こりゃ驚いた」
シキは飲もうとしていた盃を置き、葉巻を口に咥える。王宮全体に多くの警備兵を配置したはずなのに、まさかそれを蹴散らしてここに乗り込んで来るとは。シキはルフィ達の強さに少しだけ感心しつつも、それでもまだ余裕の態度だった。そんなシキに対し、ルフィが問いかける。
「東の海(イースト・ブルー)を襲うって?」
「まァな」
「ナミは無事か」
「…あァ、ピンピンしてるぜ」
もちろん嘘である。ナミはシキの手下になるフリをして、王宮の周囲にあるダフトグリーンを爆弾で焼き払おうとしたのがシキにバレてしまい、ダフトグリーンの毒に侵された状態で野外に拘束されているのだから。シキだけでなく、事情を知っている周囲の海賊達も下卑た笑みを浮かべている。
「随分物騒なナリをしているが…まさかお前ら9人だけで、この数を相手にするつもりじゃあるめェな?」
シキがそう告げた途端、大広間全体の襖が次々倒され、シキの手下になるつもりでいた幹部海賊達の部下が大勢、武装した状態で姿を見せる。その数はざっと5千人。1階だけでなく、2階のバルコニーも敵だらけとなった。
「我が身を犠牲にすりゃ故郷を守れると本気で信じているメルヘン女に、それと共に散りに来た無謀な特攻隊か」
シキが嘲笑する。長年海賊をやってきている彼からすれば、たった9人で乗り込んで来たルフィ達の行いは無謀でしかなかった。余裕綽々なシキだったが、シキを睨みつけるルフィの目は変わらない。他のメンバー達も全く動じる様子はなかった。
「バカだな、お前」
「あん?」
「ナミは犠牲になりに来たんじゃねェよ……先陣切って、ここに戦いに来ただけだ!!」
ルフィの仲間達は一斉に、フランキーお手製のバズーカ砲を構える。フランキーやウソップだけでなく、普段なら戦闘で銃火器など使わないゾロやロビン、ウタなども同じように、その砲口を目の前の敵達に向けていた。
「覚悟しろ、金獅子のシキ」
「…!?」
「おれ達が“本隊”だ!!!」
ルフィの台詞を合図に、ゾロ達は一斉にバズーカ砲をぶっ放し始めた。1階だけでなく、2階のバルコニーにいる海賊達にも次々と砲弾が炸裂し、大広間のあちこちで爆発が起こり、海賊達の悲鳴が上がる。それでも彼らは一切躊躇う事なく、海賊達を砲撃で蹴散らしていく。
「っ…!!」
まさか本当に、たった9人でこの数の兵力に挑もうというのか。面食らったシキがその場から動けない中、ひたすら砲撃を続ける麦わらの一味だったが、しばらくすると弾切れを起こしたのか、やがてカチッカチッと引き鉄を引く音だけが鳴り出し、砲撃の音は次第に鳴り止んでいった。
「…チッ弾切れか」
「まだ結構残ってやがんな」
「う~ん、どうせならもうちょっと減らしておきたかったかな~」
「どうせ挨拶代わりだ。こんだけ減らせりゃ上等だろ」
弾の切れたバズーカ砲をその場に放り捨て、それぞれの戦闘スタイルに切り替える麦わらの一味。ルフィも着ていたスーツの上着を脱ぎ捨て、ウソップとチョッパーに指示を下す。
「ウソップ、チョッパー!! ナミを探せ!!」
「「おう、わかった!!」」
「っ…あのはねっかえり共を討てェ!! 皆殺しだァ!!!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
「シキの親分、奥の部屋へ!!」
「…あァ」
砲撃を受けずに済んだ敵の海賊達が、麦わらの一味を叩き潰すべく一斉に駆け出した。麦わらの一味がそれぞれ応戦し始める中、シキは部下に連れられて大広間を退室しようと動き出し、それに気づいたルフィがシキのいる方向へと歩き出す。それを見た海賊達は銃でルフィを狙い撃とうとしたが…
「へ? うわ!?」
「なんだ、前が見えねェ!?」
「おい、バカ!? こっちを撃つな!!」
ロビンがハナハナの能力で腕を咲かし、海賊達の両目を手で覆い隠す。前が見えなくなり動揺した海賊達は銃を乱射し、それにより誤射されてしまう海賊もいた。
「頭を討ち取れェ!!」
それでも敵の海賊達の攻撃は止まらない。緑の肌色をした魚人海賊のキタジマが、手下の海賊達を率いてルフィに襲いかかろうとしたが、そこにバイオリンを構えたブルックが立ち塞がる。
「“眠り歌・フラン”!!」
ブルックが奏でるバイオリンの音色で、海賊達が眠りに落ちて倒れ伏していく。仲間達の的確なサポートを受けながら、ルフィは大広間を出て行こうとするシキの後ろ姿をまっすぐ捉えていた。
「おれの仲間に…」
「ん?」
ルフィが駆け出し、シキに向かって大きく跳躍する。接近に気づいたシキが後ろを振り返ろうとした時には、既にルフィの拳がシキの顔面に迫っていた。
「何かしたのかァ!!!」
「ぐォう!?」
「お、親分~!?」
シキの部下が悲鳴を上げる中、ルフィに殴り飛ばされたシキはルフィをキッと睨みつけた後、大広間を出た先の通路を飛んで移動し始める。それを追いかけようと走るルフィの後ろから、ブルックの攻撃から逃れたキタジマが「行かせるかァ!!」と刀を振り下ろそうとした。
「させない!!」
「!?」
しかしそれは、マイクランスを構えたウタに阻止される。振り下ろした刀を弾き返された事で後ろに下がったキタジマに向かって、ウタはマイクランスをクルクル回転させてから薙ぎ払いの体勢に入る。
「この、小娘がァ!!」
「女だからって甘く見ないでよね…“インレイ・アックス”!!」
「な…ぎゃあああああ!!?」
最初のシキとの戦いで吸収したまま、使い損ねていた斬撃貝(アックスダイアル)の強力な斬撃。その薙ぎ払いによる一撃が炸裂し、吹き飛ばされたキタジマの胴体から血飛沫が上がる。
「おのれ、行かせるか!!」
一方で、科学者のDr.インディゴが刀でルフィに斬りかかろうとするも、こちらも三刀流の構えを取ったゾロに防がれる。ルフィを通せん坊しようと立ち塞がったゴリラのスカーレット隊長もまた、横から跳んで来たサンジに蹴り倒される。
「ぬ!?」
「ウホッホァ~!?」
「船長(キャプテン)の邪魔すんな…!!」
「道を開けろって言ってんだよォ!!」
その後も、麦わらの一味と金獅子海賊団の熾烈な戦いは続いた。途中、ナミが雷鳥の子供であるビリーと共に立てた作戦により、王宮周りのダフトグリーンが一斉に焼き払われ、島中の凶暴な動物達が王宮内に侵入して来る事態が発生。混戦の中、ウタは襲い来る海賊や動物達を蹴散らしながら、ナミを運んでいるウソップとチョッパー、そしてビリーと合流した。
「ウソップ! チョッパー! それにビリーも! ナミは見つかった!?」
「おう、何とかな!」
「クワァ~!」
「でも、ダフトグリーンの毒に侵されてる! かなり危険な状態だ!」
チョッパーに背負われているナミは、ダフトグリーンの毒素に侵された影響で、顔や腕などに緑色の痣が浮かび上がっている。呼吸もし辛そうな様子のナミを見て、かなりマズい状況だと理解したウタは、この状況を打破するための方法を考える。
「ねェ、それを治すための薬草って、確かシキの奴らが独占してるんだよね? それならこの建物のどこかに、薬草を保管してる場所があるんじゃない?」
「あァ、おれ達もちょうど同じことを考えてたところなんだ! 今からそれを探しに行こうと思ってるんだが…」
ウソップ達の後方から、爆発音が聞こえて来る。シキの手下達だけじゃない。今も王宮のあちこちで凶暴な動物達が暴れ回っているため、薬草を探し出すのは簡単ではなさそうだった。
「わかった、私も一緒に探す! 私の歌で、ナミの症状も少しは抑えられるかもしれないしね!」
「うん、頼むよ!」
「ビリーも援護よろしくね!」
「クワッ!」
話が纏まり、3人と1羽がその場から動き出そうとした……その時。
「“斬波(ざんぱ)”!!!」
「!? な…!!」
「「うわあァ~~~!?」」
「クワァ~!?」
移動しようとしたウタ達のいる床を、巨大な斬撃が斬り裂いた。そのまま楼閣の床が崩壊し、ウタ達は床下へと落下してしまう。飛んで回避できたのはビリーだけだった。
「痛たたた…皆、大丈夫!?」
「う、うん!! ナミも無事だ!!」
「何だ今の攻撃…って!?」
崩れた床の残骸を退かし、攻撃が飛んで来た方向に視線を向けたウソップが青ざめる。ウタとチョッパーもまた、斬撃を飛ばして来た人物の姿を発見した。
「「「シキ!?」」」
「…やってくれたな、小娘」
宙に浮かびながら、ウソップ達に守られているナミを鋭い目付きで睨みつけるシキ。その額には青筋が浮かんでおり、凄まじい怒りを露わにしていた。
「ここまで滅茶苦茶にしてくれやがって、よほど死にたいらしいな……お前はもういらん!! お前らがどう足掻こうとも、東の海(イースト・ブルー)は必ずぶっ潰す…!!」
「は? 何を言ってるの、滅茶苦茶なのはそっちじゃない?」
「あァん!?」
「お、おいウタ!!」
シキに睨まれようとも、ウソップが慌てて止めようとしても、ウタは止まらない。
「だってそうでしょ? そっちが先にナミのこと攫った癖に、ナミとの約束を守るつもりだってろくになかったじゃん。それで反抗されたからもういらないって、我が儘もいいところじゃない!!」
「口が過ぎるぞ小娘がァ!!!」
激高したシキは周囲の瓦礫を能力で飛ばし、ウタはマイクランスで的確に弾き返す。しかし攻撃はそれだけでは終わらず、シキは足の刀で斬撃を飛ばし、ウタの足元に命中させて土煙を上げさせる。
「く…!!」
「そういえば言ってたなァ、赤髪の娘。歌で新時代を作るとか何とか…くだらねェ冗談は程々にするもんだ。そんなもんで時代を変えられる訳がねェだろうが」
「…私は本気だよ…!! 私はあなたみたいな、平気で人を傷つける最低な海賊になるつもりはない…!! 私は私の歌で、傷ついた人達を幸せにために新時代を作る…それが私の夢だよ!!!」
「はん、親子揃って甘っちょろい奴らだ!!! てめェや赤髪だけじゃねェ、白ひげも、あのロジャーも、どいつもこいつも甘過ぎて反吐が出る!!!」
シキの脳裏に浮かび上がる、これまでに出会ってきた強豪海賊達。カタギに危害を加える事を良しとしない彼らの存在は、シキからすれば到底理解のできない話だった。そんな彼らと重なって見えるウタに対し、シキは苛立ちを募りに募らせる。
「海賊は海の支配者だ!! 欲しいと思ったもんは力ずくでも手に入れる!! 他人が持ってるなら殺してでも奪い取る!! 生ぬるい平和を生きてる弱者共を、圧倒的な力と恐怖で踏み潰す!! 海賊ってのはそういう生き物だろうが!!! そういう意味じゃ、リンリンやカイドウとかの方が立派に海賊やってるぜ!!!」
(! リンリン、カイドウ…?)
「甘い考えは今すぐ捨てることだ…お前らみたいな甘ちゃん共に制覇できるほど、この海は甘くねェんだよ!!」
「ご忠告どうも…でも、覚悟ならとうにできてるよ!! そうじゃなきゃ、今だってこんな所に乗り込んでなんかない!! ルフィだって同じだよ!! アイツは必ずあなたを倒す!! いつか必ず海賊王になる!! 私達はそう信じてる!!!」
「あァそうかい…遺言はそれだけでいいんだなァ!!!」
シキは声を荒げながら、両腕を上げて能力を発動する。すると王宮の周囲に降り注いでいた雪が大量に舞い上がり、複数の巨大な獅子達を形成していく。
「“獅子威し”…“御所地巻き”ィ!!!」
「うわあああ!? ま、またアレをやる気だァ!?」
「ど、どうしよう、逃げ道も塞がれちゃってる!!」
「このおれに逆らったことを後悔しながら…絶望の内に死ねェ!!!」
「「ひいィ~~~~~!?」」
(っ…流石にこれはヤバいかも…!!)
ウタ達を取り囲みながら、巨大な雪の獅子達が吼える。絶体絶命のピンチにウソップとチョッパーが悲鳴を上げ、ウタがこのピンチを切り抜けるための方法を必死に考えようとしたその時……巨大な雪の獅子が1頭、衝撃波と共に消し飛んだ。
「!? 何…!!」
その後も、巨大な雪の獅子達は次々と、高速で繰り出されるパンチによって粉砕されていく。舞い上がった雪煙が晴れた先には、“ギア2”で全身から蒸気を吹き出し、全身の肌を赤く光らせているルフィの姿があった。
「「「ルフィ!!」」」
「チッ…まだ足掻くか…!!」
駆けつけたルフィを見て、ウタ達の表情に笑顔が戻り、シキは忌々しげな表情を浮かべる。ルフィはチョッパーに抱きかかえられているナミに視線を向ける。
「ナミ…アイツをぶっ飛ばして、皆で帰るぞ!!」
「っ……ルフィ…」
ルフィの声を聞き、僅かに意識の戻ったナミが反応する。しかしすぐに意識を失ってしまう。
「ここは任せろ、ナミを頼む!!」
「お、おう、わかった!!」
「頑張れルフィ!!」
「ルフィ!! あんな奴、ぶっ飛ばしちゃってよ!!」
ウタ達にナミを任せ、ルフィは全身から噴き出す蒸気の勢いを強める。それに対し、この期に及んでまだ自分に勝つつもりでいるのかと、シキは内心で嘲笑う。
「どこへ逃げようと、皆殺しの運命に変わりはない…!!」
「おれ達の運命を……お前が決めんなァ!!!」
“ギア2”で瞬時に加速したルフィが、シキの目の前まで接近する。想定以上の速度にシキは反応が一瞬遅れ、ルフィに攻撃の隙を与えてしまった。
「なっ…」
「“JET銃(ジェットピストル)”!!!」
「ぐォわァ!!?」
強烈な一撃がシキの腹部に炸裂し、吹き飛ばされたシキの口から僅かに血が零れ出る。しかし、王宮の建物に激突する寸前で何とか吹き飛ぶ勢いが止まり、シキはルフィを睨みつける。
「ビリー、力を貸せ!!」
「クワァ~!!」
上空を飛んでいたビリーがルフィのもとへ飛来し、落下中だったルフィは空中で旋回してからビリーの背中に着地する。
「東の海(イースト・ブルー)には行かせねェ!!!」
その叫び声は、ウソップ達と一緒に移動中だったウタの耳にも届いていた。ブレる事のないルフィの意志の強さに、ウタは小さく微笑んだ。
(勝ってよ、ルフィ…信じてるからね…!)
我らが船長の勝利を信じて。ウタは自分達のするべき事を果たすべく、ウソップ達と共に王宮内を駆け続ける。
「あァ、腹立たしい…」
当然、シキもやられてばかりではない。自分にここまでダメージを与えてきたルフィに対する殺意は、これ以上ないほどにまで膨れ上がっていた。
「東の海(イースト・ブルー)の男に、おれは手加減できんぞォ!!!」
金獅子のシキとの、最後の戦いが始まる。