『王子様』のキス

『王子様』のキス

黒庭勇者さん

「けほっ、けほっ」

「勇者様、大丈夫ですよ。きっと助かりますからっ」

「ごめんね……水遣い……」

「私は平気です。勇者様、助けてみせますからっ」


 魔王との戦いに勝利した私たちに待っていたのは新しい試練でした。魔王を倒した瞬間、勇者様の身体を呪いが蝕んでしまったのです。

 神殿の神官様に聞いたところ、この呪いを解くことができるのは『心から愛している人のキス』だけだそうです。

 ……私の存在はきっと不必要なのでしょう。勇者様は女性の方。心から愛する形になるのは男性の方になるはずなのですから。

 だから、私は『王子様』を探して様々な街を歩き回ります。


「勇者様、ひとりにしてごめんなさい。行ってきますね」

「うん……」


 力なく横になる勇者様。他人からするとただの病人にしか見えませんが、私からすると立派な勇者様です。

 扉を開き、様々な場所への赴きます。 

 砂漠の王子に会いに行っては『肉付きが悪い女性に興味はない』と罵られ、貴族の王子に会ってみれば『身分もわからぬひ弱な少女にくれてやる身などない』と罵倒されました。それでも、私は諦めません。


「勇者様を、助け出すんです」


 優しそうな男性に裏切られたりもしました。路地裏で襲われそうになったことも。何回も、どんな場所にも赴きました。世界の王子様は結局、勇者様に愛を示してくれることはありませんでした。

 魔王を倒した勇者様、というのは噂になっていたとしても、呪いで衰弱してしまった勇者様を魔王撃退の功労者として見てくれる人はいなかったのです。

 静かに宿屋に戻ります。

 勇者様は今にも消え入りそうな声で、震えていました。


「もう、いいんだよ。水遣い。わたし、もう長くないから……」

「よく、ないですっ、わたし、勇者様とまだまだ冒険したいですっ」

「水遣いはわがままだなぁ……」

「わがままにもなりますっ、私が王子様じゃないから、心から愛する人になれないから、わたし、わたしっ」

「泣かないで、水遣い。水遣いは笑顔が一番似合うんだから」

「ゆうしゃさまぁ……」

「ほら、旅たちの日のあの顔して。私を導いてくれた、あの……」

「……こう、ですか?」

「ふふっ、やっぱり、水遣いのえがお……だいす……き……」

「ゆうしゃさま……?」


 呼吸が止まる。

 力が抜けて横になってしまった。

 勇者様が。


「うそ、ですよね……」


 声をかけても返事が返ってこない。


「め、あけてくださいよぉ」


 勇者様は静かなままだ。


「ゆうしゃさまぁ……!」


 間に合わなかった。愛を知ることなく、勇者様は亡くなってしまった。


「……わたしの、せいだ」


 私が間に合わなかったから。

 しっかり勇者様の魅力を伝えることができなかったから。勇者様は死んでしまった。

 ……認めたくない。

 こんなの、認めたくない。

 こんな結末、嫌だ。


「……王子様なんて、信用しません」


 だから。


「男の人とか女の人とか、体つきがどうだとか、そんなもので愛が決まるのなら、私は魔王にでもなってやります」


 私は、最後の希望にすがった。


「私は、いいえ、水遣いは、勇者様を心から愛しています。ずっと側にいたいと願っています。神が同性同士の婚姻関係を否定するのなら、どこにでも行きます。勇者様と二人きりで、どこまでも、どこまでも」


 そっと、冷たくなった勇者様の唇に私の唇を近づける。


「だから、どうか……私に、一度だけ奇跡を……」


 願いを込めて、身体を抱き締めて、勇者様とキスをする。生まれて始めてのキス。同性同士のキス。これが、私の答え。

 静かに、身体を合わせて、抱き寄せる。

 ……勇者様の胸元から心音が聞こえてきた。


「……大胆だね、水遣い」

「それしか、思い浮かばなかったんです」

「……ありがとう。水遣いが、私にとっての『王子様』だったんだね」


 呪いが解け、勇者様の顔色が戻っていきます。私の手をとってくれたあの優しい掌も、元通り元気に。


「でも、嬉しかった」

「そう、ですか……?」

「他の男性と結婚しちゃったら水遣いと離ればなれになっちゃうかもって思ってたから」

「そ、それってどういうことですか……?」


 言葉が飲み込めなくて、困惑する。

 そんな私を、今度は勇者様が抱き締めてくれました。


「私も、水遣いのことが大好き。友達としてじゃなくて、もっと深い関係として、一緒になりたいんだ」

「い、いいんですか……?」

「私の『王子様』は水遣いだけだからっ」

「……必ず、幸せにしてみせます」

「うん、一緒に幸せになろう」

「はいっ」


 涙でグショグショになっていた布団は渇き、勇者様と私が二人きりの部屋。生きているという体温を感じとりながらも、私たちは静かに、けれども確かな幸せを感じ取っていた…

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