王子様と昏い蟲蔵

王子様と昏い蟲蔵


王子様はどこか呆れたように溜め息を吐きました。

レイシフトに異常が発生し、マスターとはバラバラに。

王子様がころげ落ちたのは、なんとくらいくらい蟲蔵の中だったのです。

そんな王子様の足下には、きみのわるい蟲たちがうぞうぞと蠢いておりました。

なにをモチーフにしたかだなんて知りたくもない、とても悪趣味なデザインの蟲です。

王子様は眉をしかめながらも、

(まあ……アイツと合流するまでの我慢か)

と割り切りました。

王子様は自ら仰らないけれど、別に虫は嫌いじゃないしね。

虫たちはずぅっと、この暗い蟲蔵の中にいました。

誰にも看取られず、ただうぞうぞと、ひたすらと、この蔵の床を這っておりました。

そして王子様は虫たちに目を遣ると、たわむれにその気持ち悪い蟲たちと遊ぶことにしたのです。

王子様は右手を虫たちに向けました。


その蟲の名は刻印虫といいました。

本来は宿主の肉を喰らい魔術回路の代わりとなるものでありましたが、今のそれらは力を失いカタチだけが遺った単なる悪趣味な虫でした。

けれども人のからだを貪る本能は生きていて、それは王子様にとって最悪の事実でありました。


ちいさな虫の一噛みが、王子様を襲ったのです。

王子様は少しだけその美しいかんばせを痛みに歪めて、それを皮切りに他の虫たちも王子様へと集りはじめました。


「……は?」


足をとられた王子様は地面へと尻もちをつき、そのとき王子様の下にいた虫たちがぺっちゃんこになって、ぐちゃりと不快な音を立てました。

その間にも虫たちは王子様の胸元へとうぞうぞ。

王子様のまとっていたお洋服はところどころ虫に食い破られて、王子様はまるで貧しい男の子のようになってしまいました。


「うわ、何?キミたちも俺と遊びたいの?嬉しいなぁ、羽虫冥利に尽きるよ」


と王子様は皮肉を言ってみましたが、王子様の胸元にぽつりとある突起を虫が噛むと、少しだけびくんと震え、そして今の感覚は何かと己の理解出来ないソレに困惑しました。


「……キミたちさ、俺に集って何がしたいわけ?」


王子様は妖精眼を持っていましたが、虫たちから聴こえるのはただただノイズのような何かでしかありませんでした。

モールス信号でも何でもない、忘れられた虫たちの発する声でした。

王子様は虫に対する不快感と█てられた██への██で綯い交ぜになり、ただもう少しだけ、彼らの話を聞いてみようと思いました。



「……ん、ぐ……ッはあ、きもちい……」


甘い喘ぎなどではなく、ひたすら苦い呻き声が王子様の喉から這い出ました。

まるで母の乳を求める幼子のように、虫たちは王子様の胸元へと集り続けます。

王子様を襲っているのは快感であると王子様自身が理解してしまっていましたから、せめてその快に呑まれぬようにと、王子様はきもちいいを口にして信じるに値しないあやふやな事実にしようとしました。

けれど全てが嘘になるわけではありません。それはちいさな、王子様の涙ぐましい抵抗でした。

王子様の下半身でも虫たちは蠢き、王子様の屹立を這い回ったりちいさなあなに入り込んだり、王子様のからだで好き勝手遊んでおりました。

虫が王子様のよわい部分をかすめる度に、王子様はびく、びくと震え、かすかな快楽に身を任せました。

おもちゃの羽はひしゃげてくずれてボロボロに。

きらきらの王冠も虫に呑まれてどこへやら。

王子様にあった尊厳はすべて、かわいそうな虫たちに貪られてしまったのです。

王子様はゆっくりと瞼を伏せました。この虫たちを置き去りにできないと、王子様はそう思ってしまいました。

だってほら、この子たちはもう要らない子なのです。捨ててしまってもいいではありませんか。

けれどそんなものを王子様が許すはずもありませんから、王子様はただ己のからだを這って侵して喰らい続ける虫たちに微量の絶頂を与え続けられながら、遺棄された舞台道具を許容し続けます。


そうして王子様は、昏い昏い蟲の奈落へと堕ちてゆきましたとさ。


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