猫被りとパンクハザード①

猫被りとパンクハザード①



 世界政府により封鎖された無人島“パンクハザード”。

 そこは中心の大穴を境に、燃え盛る土地と凍りついた土地に二分されている。凍りついた土地側には研究所が佇んでおり──それが稼働していると知る者はごく一部の人間のみ。

 秘匿されたこの施設に来客が訪れるはずもなく、ましてや波乱など起きることは無かった……ある海賊団が、上陸するまでは。


 普段は人影の少ない研究所の正面入り口にガヤガヤと屯しているのは、海軍支部「G-5」の面々。あまりにも素行が悪いことで有名な不良海兵たちだ。そんな鼻つまみ者だらけの集団を率いているのは海軍中将“白猟のスモーカー”。彼は右腕であるたしぎ大佐を伴い、研究所玄関のブザーを鳴らしていた。


「こんな扉、軍艦の大砲撃ち込みゃあ開くぜ!!スモーカーさん!!」

「何も律儀にブザー押して尋ねる事ねェよ!!おれ達にビビってる奴なんか!!」


 何度ブザーを押そうが人っ子一人出てこないことに痺れを切らし、血気盛んなG-5の海兵達はヤジを飛ばしだした。中には銃声で脅しをかける者さえいる。もはや“海兵”ではなく“ならず者”の肩書きがしっくりきてしまう有様だ。

 そんな喧騒の中、機械仕掛けの扉が軋むような音を立て始めた。


「お……開いた」

「観念したか!!海軍様だァ!!!」


 自然と彼らの視線が一点に集まる。開いた扉の間から近づく人影の正体が、徐々に露わになっていった。

 目深に被った帽子の下から覗く金色の眼光が、鋭く海兵たちを射抜く。大太刀を携えて黒いコートを纏った長身痩躯は、死神じみた不穏な気配を放っていた。


「おれの別荘に……何の用だ?白猟屋……」


 その姿に、荒くれ海兵たちはぎょっと目を剥く。


「ぎゃああああ!!!」

「トラファルガー・ロ〜〜〜〜〜〜!!!!」

「“七武海”がなぜこんな所にィ〜〜〜〜〜〜!!!」


 屈強な男たちが揃いも揃って情けない叫び声をあげ、勢いよく後ずさる。

 扉の向こうから不敵な笑みを浮かべて現れたのは政府公認の海賊である“王下七武海”の一角、“死の外科医”トラファルガー・ローだったからだ。


「帰ろうぜスモーカーさんっ!!!コイツとは関わり合いになりたくねェ!!!」

「コイツは七武海になる為に海賊の心臓を100個本部に届けた狂気の男だ!!!気味が……ん……?」


 驚きと恐怖に染まっていた海兵たちの目に、少しずつ困惑が混じりだす。やがて視線は下がり、ローの腕の中に吸い寄せられていた。

 ──なぜなら、そこには猫が抱きかかえられていたからだ。


 模様が白・黒・茶色の三色で構成された、一般的に言う三毛猫だ。ピンと元気よく立った三角の耳に、くりっとした金色の澄んだ瞳。そして丸っこくて愛嬌ある顔立ち。寒さでふくふくと体積を増した毛並みの上から暖かそうな上着を着せられて、飼い主から可愛がられているのが一目で分かる。

 ……そんな猫が、黒コートの腕へゆったりと身体を預けてくつろいでいた。


「……なんで猫なんか連れてやがる」

「スモやん!本音漏れてる!!」

「確かにスゲェ気になるけども!」


 思わずスモーカーの口から直球の疑問が零れた。冷酷・残忍で知られる“死の外科医”が愛くるしい猫を抱っこしているのは、それほど衝撃的な光景だった。しかも抱き方が板についている。


「ッフ……こいつはおれの飼い猫だ。言いたいことはそれだけでいいのか?」


 小馬鹿にしたようなローの態度に、スモーカーは眉間に寄せた皺をより深くする。


「ここは政府関係者も全て『立入禁止』の島だ……ロー」

(グルルル……ゴロ……)

「じゃあ……!!お前らもだな」

(ゴロゴロゴロ……)


 ……海賊と海軍の対峙。本来なら緊迫感に溢れた場面だ。しかし会話の合間にゴロゴロ、グルグルと心地よさげに喉を鳴らす音が挟まるせいで、その場の空気はどこか弛緩していた。(ローが手慰みに三毛猫の顎下を撫でているのが原因だ)

 決して警戒を解くべきではないのだが、猫が気になって話が頭に入ってこない者は多く……たしぎも例外ではなかった。


(ねこ……)

「おい、たしぎ!」

「えっ!?あっ、いや、見てませんっ!!」


 うっとり目を細める猫に気を取られていたところを、上官から呼びかけられて我に返った。咄嗟に誤魔化そうとして慌てる彼女に、スモーカーが怪訝な目を向ける。


「あ?……ボサッとしてねェで黒電伝虫を出せ。例の録音を再生しろ」

「は、はいっ!すぐに!」


 そんなやり取りを経て取り出された黒電伝虫から流れたのは、ある通信の記録。

 “麦わらのルフィ”が応答した、凍えながらボスに助けを求める男からの緊急信号。男は仲間が次々とサムライに斬られていくことに怯えながら、この島の名前“パンクハザード”を告げた。直後、断末魔が響いて通信は途絶えた。


 音声記録の再生が終わると、スモーカーはローとルフィの関わりを列挙し始めた。一度目はシャボンディ諸島で起きた天竜人の一件での共闘。二度目は頂上戦争で大将“赤犬”に追われる彼を逃したという重大なもの。

 つまり、ローがパンクハザードに訪れたルフィを匿っている可能性を疑っていた。


「つまらん問答はさせるな、研究所の中を見せろ」

「───今はおれの別荘だ……断る」


 ローから返されたのは、にべもない拒絶だった。


「お前らが捨てた島に海賊のおれがいて何が悪い。ここにいるのはおれ一人だ。“麦わら”が来たら首は狩っといてやる……話が済んだら帰れ」


 張り詰めた空気が漂う中、不意にローの飼い猫が何かを察知したらしく耳をピクピクッと忙しなく動かした。先程までくつろいでいた腕の中からモゾモゾと身体を起こすと、瞬く間に軽やかな身のこなしで肩の上へ駆け上がっていく。

 数秒、飼い主の背後を見つめた三毛猫は、足場にしている肩へ前足をタシタシ叩きつけ始めた。その姿は心なしか慌てているようにも見える。


「どうした、おにぎり……後ろだと?」


(おにぎり……?)

(……まさか今の“おにぎり”って、猫の名前?)

(ペットに食い物の名前をつけるタイプだったのか……)


 風変わりなネーミングセンスに気を取られていると、扉の奥からドタバタ騒がしい声や足音が近づいてきた。それもかなりの大人数。聞こえてくる高い声色は子どもや女性のものだと窺える。

 海兵たちの間にどよめきが走り、扉の奥から迫る何かに注目した。


──勢いよく現れたのは、麦わらの一味の船員。そして大小さまざまな子どもたち。


 予想外の事態にスモーカーやたしぎ、G-5の面々、さらにはローでさえも呆気に取られていた。あっという間に蜂の巣を突いたような騒ぎに発展し、たちまち研究所前は混戦状態に陥る。悪態を吐きながら“ROOM”を展開したローは、肩の上にいる飼い猫へ呼びかけた。


「……おにぎり!お前は一旦研究所の中に入れ!!」


 指示に従って地面へ飛び降りたおにぎりは、わずかな扉の隙間から素早く研究所内に滑り込んだ。入り口から数メートル離れた辺りで徐々に速度を緩めていき、ゆっくりした歩きへ切り替える。

 やがて立ち止まると、そのまま通路の真ん中にペタンと腰を下ろした。伏せた身体の下に前脚と後ろ脚をしまって、香箱座りの姿勢になる。冷たい床に当たる箇所から厚手のコートや毛皮越しに少しずつ体温が奪われていくが、それでもおにぎりは飼い主の帰りをじっと待つことにした。


 扉越しの喧騒が静まって少し経った頃、ローは研究所内に戻ってきた。さっそくおにぎりが出迎えると、静かに彼はその場にしゃがんで腕を差し出した。迷わず飛び込んできた飼い猫を慣れた調子でヒョイと抱き上げて、研究所の奥へ進み出す。

 ローの片手に納められた、規則的に脈打つ心臓。おにぎりは興味ありげな様子でそれに顔を寄せた。


「……これはスモーカーの心臓だ」


 そう告げた直後、ローは自身の胸から能力で心臓を取り出した。ただ、それは彼自身のものではない。シーザーの秘書である女“モネ”の心臓だ。嵌っていた箇所にはパズルのように四角く隙間が空いている。

 そこへ、スモーカーの心臓が押し込まれた。

 こうしてローの片手にはモネの心臓が残された。心臓をすげ替える一連の様子を見守っていた三毛猫に、ローはニヤリと口の端だけで笑いかける。同じように三毛猫も口角をニッと吊り上げた。

 人間と、猫。種族の違いがありながら、両者の表情は似通っていた。


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