猛毒の風に犯されるエリアル

猛毒の風に犯されるエリアル

SSかき子

「猛毒の…散布…?」


「ええそうよ。ミストバレーに吹く風を利用して、ガスタの集落全体を毒で覆って一網打尽にするの」


「そんなことしたら…戦いに無関係な人たちにも被害が…」


「これもリチュアの未来のため、必要な犠牲なのよ」


あまりにもの恐ろしい内容にエリアルは戦慄した。このところのノエリアの行いは常軌を逸している。

資源獲得の名目でガスタに侵攻し、ラヴァルを生け贄にし、挙げ句には実の娘であるエミリアも手に掛けた。そこに昔の優しかったノエリアの面影はない。


「この作戦の懸念点はただ1つ。毒を散布するモンスターを儀式で呼び出す必要があるのだけど、それを実行できる術者がもうほとんど残ってないの。私と…エリアル、あなたの二人だけ」


それを聞いたエリアルは、自分がここへ呼び出された意味を理解した。


「僕が…実行役…」


ノエリアはリチュアの全権を握っている。そんな人物に半ば自爆とも言える行動をとることは考えられない。


「流石ね、理解が早くて助かるわ。」


「あの…モンスターを呼び出したあとはどうなるの?」


「そうね、モンスターは呼びだれた瞬間、辺りに毒を撒き散らすわ。あなたはまず間違いなく毒に犯されるでしょうね。でも安心なさい。その毒に有効な抗体を既に作っているの。運が良ければ生きて帰れるかもしれないわ…エリアル、私のお願い、聞いてくれるわよね?」


「…………はい」


もうエリアルには、何が正しいのか判断がつかなかった。




作戦決行日

ノエリア率いるリチュアが再びガスタに侵攻し、ガスタはそれを迎え撃つ。エリアルは一人本隊を離れ、ガスタ軍の裏に回り、毒の散布に絶好な場所を目指す。見通しの悪い茂みを小走りで進んでいく。


(ここを抜ければ目的地に着く)


茂みから少し開けた場所に出る。


「止まれ!何者だ!?」


(しまった!)


茂みを出た瞬間、声が上がる。エリアルは立ち止まり、声のした方を振り替えると、3人の男が立っている。恐らくガスタ側の警備の者だろう。


「貴様、リチュアの手の者だな?大人しくしろ!」


警備兵は剣、槍、弓とそれぞれの武器を構えながら少しずつ近づいてくる。

エリアルは逃げることを考えたが、もし逃げ切れたとしても、裏でリチュアが何かを企んでいることが露見する。そうなると、警戒が厳重になり、今後作戦遂行は不可能に近くなるだろう。

また、ここでこの警備兵を逃がすのもまずい。儀式には相応の時間を有するため、援軍を呼ばれれば儀式の完遂は難しくなる。


(ここでこいつらを殺すしかない…!)


ガスタの主力はリチュア本隊迎撃で出払っているはず。ともなれば手練れを警備に配置する余裕はないだろう。そう考えたエリアルはここで3人を相手することを決めた。


(生身の状態…でも一か八かやるしかない…!)


エリアルはリチュア秘伝の儀式を行うことで、自信の身体を変貌させ、マインドオーガスと呼ばれる戦闘態勢になることができる。しかし、それには時間と準備が必要になり、相手はそれを待つはずもない。


「はぁっ!」


エリアルが杖を構えると、杖先から水が生成され、それを放つ。放たれた水の塊が槍使いを吹き飛ばす。

エリアルは儀式術に長けているが、それ以外の戦闘手段や護身術も持ち合わせていたのだ。一族代々伝わる水や氷の術で迎え撃つエリアル。


「………抵抗するなら、例え女子供であっても容赦せんぞ!」


剣を構えた男が突っ込んでくる。エリアルはその男に照準を合わせ再び水攻撃を行う。


ヒュン!


「…!うぁっ!」


突如左肩に傷みが走り、構えが崩される。弓使いから放たれた矢が肩に刺さっていた。杖を構えなおそうとするが、突っ込んで来た男は目の前まで迫っていた。


「くっ!」


降り下ろされた剣を杖で受け止める。左手に力をいれると、矢傷に痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。男はそんなエリアルの無防備な腹部に蹴りを放つ。


「かはっ!」


エリアルの身体は大きくぶっ飛び、倒れる。男は再びエリアルに突っ込んでくる。狙い定める時間はない。エリアルは地面に向け水を生成して放つ。地面にぶつかり暴発した水は周りに弾けとび、剣使いの身体を濡らす。


「何!?」


剣使いは全身ずぶ濡れになりながら距離をとり、剣を構える。エリアルの自爆ともとれる行動に警戒している。すると、段々と自分の体温が奪われていく感覚に陥る。


「おい!お前、身体が凍っているぞ!」


後ろで異変に気づいた弓使いが叫ぶ。気のせいではなかった。男の足は凍りつき、身動きが取れなくなっていた。エリアルは水を放つと同時に、古来より氷結界が得意とする冷気系の術も仕込んでいた。


(水を浴びせたのはこのためか…!?)


身体がどんどん氷に侵食される。腰、腹、胸、肩と順番に…


「や、やめてくれえぇぇぇぇ!」


剣使いが叫びが止むと、そこには一体の氷像が出来上がっていた。


「よくも…仲間を…」


弓使いがエリアルに狙いを定める。


「ハァっ…ハァっ…」


エリアルとて無事では済んでいなかった。小さなクレーターがてきるほどの水の暴発、その爆心地にいた彼女は大きく吹っ飛ばされ、全身に擦り傷を負っていた。

エリアルと弓使いの間には距離がある。このままでは撃ち合いになり埒があかない。


(特攻して確実に仕留める)


肉を切らせて骨を断つ。エリアルは杖を前に構え、急所をなるべく腕で覆い、弓使いに向かって走り出す。


「くそっ…!」


弓使いは迫りくるエリアルに矢を放つ。


「いっ…!」


エリアルの右腕に傷みが走るが、急所は逸れた。勢いを落とさずそのまま走り抜ける。

弓使いは次弾を装填するが間に合わない。


(ここだ!)


間合いに入ったことを確信し、攻撃態勢に移る。しかしその時、エリアルの背中に強い傷みが走る。


「うあぁぁぁっ!」


最初に吹き飛ばした槍使いが態勢を立て直し、槍を投擲していた。エリアルの小さな背中に槍が突き刺さり、弓使いまで数歩先という距離で態勢を崩し前のめりに倒れる。


「おい、大丈夫か!?」


「あぁ、助かったぜ」


確実にエリアルにとどめをさすため、弓使いが至近距離から狙いを定める。


(…!この距離なら!)


エリアルは倒れたままとっさに杖長く突きだし、水流を放つ。


「なっ!ぐあぁぁぁ!」


斜め下方向から弓使いは水流を受け、その勢いをもろに受けた身体が宙に浮く。そして、2~3m持ち上がったその身体は不幸にも頭部を下にして地面に激突する。


「何!?くそっ!!」


仲間を二人もやられた槍使いはエリアルに背を向け、その場を去ろうとする。


(まずい!)


今援軍を呼ばれるのはなんとしても阻止しなければならない。一か八かエリアルは男に水の塊を放つ。


「どわぁぁぁ」


水塊は男に命中し、大きく吹っ飛ばす。すぐさま追撃の構えをとるが、男が起き上がる様子はない。頭を打って気絶したのだろうか。それとも…

エリアルは一旦安堵するも突如身体中を激痛が襲う。先程まで興奮状態で紛れていた痛みが、落ち着きを取り戻したことで激しく疼きだした。


(とにかくっ……刺さっているものを抜かないと!)


左肩に刺さっていた矢はいつの間にか抜けていた。残るは右腕に刺さっている矢と、背中に刺さっている槍だ。

エリアルはまず、右腕に刺さっている矢を握りしめ、一気に抜いた。


「うぅっ!」


右手を何度か開閉する。


(大丈夫、動く。骨は無事みたい)


続いて背中の槍に手をかける。すると、槍を触っただけでも激痛が走る。


(これは…相当覚悟しないと…)


数回深呼吸をし、心を落ち着かせる。覚悟を決めると、腕に力をいれ、槍を引き抜く。


「はっ…はっ…っ!うっ…~~~~っ!!はぁっ!はぁっ!はぁっ…はぁ……」


声にならない悲鳴を上げ、大量の汗をかきながらなんとか引き抜く。幸いにも臓器は傷ついていなかった。

息を整えてなんとか立ち上がるエリアルだが、その姿は既に満身創痍だ。エリアルは自分で引き抜いた槍を片手に持ち、最後に吹き飛ばした槍使いの安否を確認しに行く。


「うっ…ぐっ…いてぇ」


槍使いの意識ははっきりしていた。しかし、吹っ飛んだ際に両足を挫き、立てなくなっているようだ。


「なぁ頼む、助けてくれ!村には嫁とチビたちが待っているんだ。殺さないでくれ」


男の言葉に耳を傾けるが、エリアルの決意は固まっていた。例えここで見逃したとしても、いずれ毒で苦しんで死ぬことになる。ならば、いっそここで楽にしてやるべきだ。偽善にも満たない独善的な考えだが、そうでもしないとやっていけないほどにエリアルの心は壊れかけていた。


「ごめんなさい…」


そう呟いたエリアルは槍を構え、男の心臓目掛けて一気に突く。


「ぐあっ…お…おのれ、悪魔の一派め…貴様に極大の災いがあらんこと…を………」


その言葉を最後に男は息耐えた。人を殺したのは初めてではない。先程も二人、そして以前の戦場でももっとたくさんの命を奪ってきた。しかし、戦う意思を失った、命乞いまでしている者を虐殺するのははじめてだった。そして、エリアルはこれからそのような人たちをもっと殺すのだ。この人の家族も含めて。


「うっ…うっぷ…おぇぇっ」


今起きたこと、そしてこれから起きることに耐えられなくなったエリアルは吐いてしまった。




予想外の戦闘を強いられたエリアルだったが、なんとか目的地にまでたどり着いた。幸い先ほどの警備兵の一人が応急道具を所持していたため、それで手当てを済ませた。

エリアルは毒を散布するモンスターを召喚するための儀式を着々とすすめた。


(いまから…前代未聞の殺戮者に…)


エリアルはモンスター召喚一歩手前のところで一度立ち止まる。そして、これから殺すガスタの人々を思い浮かべた。


(ウィンダ…リーズ…カーム…)


まだ幼い頃、一時期共に時間を過ごしていたガスタの友人たち。そんな彼女たちを裏切り苦しめる。彼女たちだけではなく、先ほど自分が殺めた人たちの家族や、名前も知らない人たち全て。

しかし、ここまで来て引き返すこともできない。エリアルの同胞もたった今自分のために血を流しながら戦っている。もし、自分が作戦を遂行しなければ彼らの行いもまた無駄になってしまう。

エリアルは覚悟を決め、最後の儀式を実行に移す。


「みんな…ごめんなさい…」


謝って済むには到底かけ離れた悪行だが、それでも謝らなければとエリアルは思った。


全ての儀式を終えると辺りが急に曇りだし、エリアルのすぐそばに雷が落ちる。


「うわっ!」


雷が落ちた衝撃で土煙が舞い、それが治まるとそこにモンスターが姿を現す。


「なに…これ…」


まるで巨大なフジツボのような、モンスターと呼ぶよりは全身に穴が開いた不気味な塊。すると、たちまちその穴から紫色の煙があふれでてきた。


「まず……!」


エリアルは慌ててその場を離れようとする。抗体を打っているため多少毒を吸っても大丈夫なはずだが…


「あれ……?」


突然手足がしびれ、その場に倒れる。


(なんで…さっきの戦闘の傷?いや、今まで問題なく動けてた………だとしたら…)


この毒に体の動きを阻害するこうかがあるに違いない。


(抗体が効いているはずじゃ…?)


そうこう考えているうちに辺りに毒が充満する。


「ゲホッゲホッゴホッ!」


だんだんと頭に傷みが走る。耳鳴りもする。身体が熱くなると同時に悪寒がする不思議な感覚。息も苦しい。

動けないエリアルはその苦しみを受け入れるしかなかった。




「はっ…はっ…はっ…はっ…」


あれから何時間、何十時間経っただろう。残酷なことにエリアルはまだ意識をはっきりと保っていた。


(ノエリア様が言ってた…運が良ければ生き残れるって…そういうことだったの…)


なるほど、確かに抗体の効果はでているようだ。つまりはこの地獄のような苦しみを耐え抜ければ、命まで奪われることはないということ。

しかし、先ほどの戦闘で体力を奪われもともと華奢なエリアルの身体はとうに致死量を越えていた。エリアルの命は風前の灯火だ。いっそ抗体がないほうが楽に死ねただろう。


(ううん、これはみんなの命を奪った罰…)


相応の裁きがエリアルに下った。先ほど自分を呪ったガスタの槍使いは自分のこの姿を見て満足してくれるだろうか。


「やっと見つけた」


男が一人こちらに近づいてきた。彼は倒れているエリアルに気づくと悲しそうに呟く。


「あの女め、このような少女までも捨て駒に…」


「だ………れ……?」


「!!まだいきているのか!?待っていろ、すぐ片付ける。」


男はそう言うとフジツボ型のモンスターに突撃し、その巨体を一刀両断する。モンスターは崩れ去り、毒の散布が止む。


「あとは辺りの毒をなんとかしたいところだが…毒を吸いすぎたか、流石の俺も一歩も動けん…」


男はそう言うとエリアルのそばに寄り、腰を降ろす。


「あな………たは……?」


「俺はウィンダール、ガスタの族長を務めている。ここへは見ての通り、猛毒の風を止めに来た。」


「ごめ……なさ……」


「……今更謝る必用もない。元凶は別にいる。その様子じゃ君も十分咎は受けている………ゴホッ!」


ウィンダールの口から血が溢れ出す。


「くそっ!どうやら俺も長くはないか。済まないウィンダ、お前の元へ帰れそうにない。」


彼の口からでた聞き覚えのある名前にエリアルは反応する。


「ウィンダは……無事………なの…」


「ウィンダを知っているのか?あいつなら今祭壇で祈祷している。あそこまで毒が届くことはないだろう。」


「そう……よか………た……」


最後に友達の無事を確認できた。安堵で緊張がほぐれたのか、そのまま息を引き取る。


「逝ったか。済まないがこの体ではまともに弔ってやれそうにない。これで勘弁してくれ。」


ウィンダールはそう言うと、エリアルに黙祷を捧げた。


(終)


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