狼姉ちゃんと僕

狼姉ちゃんと僕

2023/03/29


『はじまり』


中学一年に上がった時、母が再婚した。新しい父親は、なんといくつもの系列会社を持つ大企業の社長。

前の父は俗に言うモラハラ男であり、仕事とかでストレスが溜まると、酒を飲んで母に対して言葉責めを繰り返し、仕舞いに物を壊したりした。母は、それを黙って受け止めて、隠れてよく涙を流していた。自分は、そんな母に寄り添うことぐらいしかできなかった。

それだけならまだ良かった。母だけじゃなく、自分にも同じことをする人物がいた。5才上の姉だ。姉は自分に対してやりたい放題していた。元々自分に対して当たりは強かったが、気に入らないことがあると胸が張り裂けそうなことを平気で自分に言う。その上、中学に上がってからは悪い友達とつるむようになり、暴力も振るうようになった。

両親に言っても、姉は父のお気に入りだったらしく、父が自分に責任があるとだけ言い、姉の味方をするばかりで何も解決しない。母が叱っても、姉が父に言いつけて母が傷つつくばかりだった。母は、そんな自分に目一杯優しくしてくれた。

そんな毎日を過ごす中、離婚の決め手となったのは母が倒れたことだった。ある日、学校から帰ると母の声がしなかった。台所へ行くと、母がうつ伏せで倒れていた。大丈夫だと母は言ったが、酷い高熱と滝のような汗、起き上がろうとしているのに起きることができないのを見るに、全然大丈夫じゃない。

すぐにでも救急車を呼び、病院で点滴を打ったりしてもらってなんとか落ち着いた。診察の結果、ストレスや過労からきたものだとわかった。原因は、言うまでも無いが父なのだろうと思った。

この時はまだ、母が倒れたのだからさすがに父も心配するたろうと、淡い期待を抱いていた。だが、そんな期待はするだけ無駄だったと気づいた。

荒々しく開けられた病室の扉、父だ。つかつかと母の方へ歩き、なんと胸ぐらをつかんだ。

「たかがストレスと過労くらいで倒れるなんて、本当に良い身分だなお前は!」

開口一番、酷い言葉を母に浴びせた。それから続けられる、罵詈雑言。母はごめんなさい、ごめんなさいと泣いて謝るばかりで、反論することもできない。

しまいには、母にさっさと帰るぞと言い始める始末。入院なんてする必要ない、それよりも家の仕事が大事だと、無理矢理にも連れて行かれそうになった。

その場はお医者様がなだめてくれて、入院することにはなった。だが、父は納得いかないという表情を隠そうともせず、ドアに八つ当たりして去って行った。

自分は学校から帰れば、母の容態を確認しに行った。だが、姉は母が入院したことを気にせず、家事もしないで遊びほうける。ご飯はなんとかコンビニとかでなんとかなったが、洗濯も掃除は自分が一人でやらされた。母は、そんな自分に何度もアドバイスしてくれた。

母が入院してから三週間、なんとか退院することができた。そんな母を待っていたのは、仏頂面の父。机の上には、離婚届。

「もううんざりだ、使えないお前を養う理由なんかもう無い。離婚だ!」

母は涙を流していた。何も言わず顔を覆って、泣き崩れているだけだった。僕は母の手前で何もしなかったが、心の中では怒っていた。目の前のクズ野郎を滅多打ちにしてやりたかった。

父に捨てられた母と僕。母は病み上がりと傷心で動けなかったが、しばらくすると、妙な男が母と僕につきまとうようになった。名前は尾上和彦(おがみかずひこ)と言い、尾上グループと呼ばれる大企業の社長で銀色の髪に白いスーツを身につけた、いかにもな金持ちの男だった。

その男は僕と母に対して、いやに優しかった。最初はただ女を引っかけようとしているだけなのかと思って、相手にしていなかったけれど、付き合っていくうちにその人の優しさに触れていった。そして、しばらくの付き合いを経て母は再婚することになった。

そして、その男によって僕は、新しい出会いをすることになるのだ……。



『狼姉ちゃんとの出会い』


大きな家に入った僕たちを出迎えてくれたのは、

「娘の和音(かずね)だ、今年大学一年生になる。仲良くしてやってくれ」

父となる和彦の娘。父と同じく、派手な銀色の髪の毛をしてはいるが、自分と同じくメガネをかけていて大人しそうな印象を見せる女性だった。

「妻に先立たれてしまってね。以来ずっと私一人で育てて来たんだ。和音、新しく家族になる満(みつる)君と月子(つきこ)さんだ」

「よろしくお願いします。満君……だよね? これからは私が満君のお姉ちゃんになるけれど……よろしくね?」

「はい、よろしくお願いします」

「かしこまらなくていいよ。これから家族になるんだから」

「うん、これからよろしくね」

新しいお姉ちゃんができた。地味だけれど、よく見ると美人なお姉ちゃんだった。美人ではあったけれど、性格が悪かったあんな女よりかは良かった。

それから始まった、新しい家族との生活。和彦さんはグループの社長という役柄忙しそうではあったけれど、必ず時間を作って僕たちに会いに来てくれた。休みの日は一緒に遊んでくれたり、どこかに連れて行ったりしてくれた。仕事だからとか、付き合いだとか言い訳せず自分達に向き合ってくれた。

そして、僕のお母さんとは時折……。

「和彦さん、私今幸せです。あなたとこうしていられるなんて、本当に……」

「私も、君の笑顔が見れて嬉しいよ。前の君は、いつも塞ぎ込んでばかりだったからね」

「優しい言葉をかけてくれるだけでも嬉しいのに、なんで私なんかと……」

「それは、私が君を愛しているからさ。大丈夫、もう君を手放したりなんかしない」

「そ、そんな……嬉しいです」

こんな風にイチャイチャしているのを見せつけてくれた。

お姉ちゃんもまた、自分と仲良くしてくれた。和音姉ちゃんは、自分のことを本当の弟のようにしてくれた。二人きりで出かける時もあれば、相談にも乗ってくれたりして、お姉ちゃんをしてくれた。

「ねえ和音……お姉ちゃん」

「なあに?」

「えっと……呼んでみただけ」

「そう? さっきお姉ちゃんって呼ぶのに抵抗なかった?」

「……実は、前の姉には結構酷い目に遭わされてて……お姉ちゃんって呼ぶと怒るんだ。お姉様と呼びなさいって。それに反抗すると、胸が張り裂けそうなことを言たりするんだ」

「そうなの、辛かったね。大丈夫よ、ここではもうそんなこと無いから、安心していいわ」

「うん、ありがとう。お姉ちゃん」

こんな心も見た目も美人な姉がいてくれて、自分はとても満足だった。

ただ、和音姉ちゃんには時々妙なことが起きる。

朝、いつものように起きると、和音姉ちゃんがいなかった。

「アレ? 和音姉ちゃん、今日は具合悪いの?」

「ああ、どうも今日は具合が悪いらしい」

「なんか、和音姉ちゃん月に一回は具合悪くなるよね。大丈夫?」

「まあ、月に一回は具合が悪くなる時もあるだろう。女の子ならなおさらさ」

「女の子ならって……そんなことを堂々と言って良いんですか?」

「和彦さん、あの子のアレ……まだ結構時間がかかるものなの?」

「ああ、ああいうのはなかなか慣れるものじゃない。徐々に慣らしていくしかないさ」

女の子のアレって、慣れるものなのだろうか。それとも自分が勘違いしているだけで、別のことなのだろうか。違うのでも、いつもこうなるのは少し不安にもなる

「和音姉ちゃん、具合悪いんでしょ? 明日休みだし、帰ってきたら面倒見るよ」

「いや、和音は一人で大丈夫さ。そんな大層なものじゃないから、心配しないでもらってかまわないさ」

「いや、月に一度なるようなものなら、誰か面倒見るものじゃないの?」

「心配しないで大丈夫さ」

和彦さんはそう言うけれど、僕はなんだか心配になった。お母さんも、心配しないで学校に行きなさいと言ったため、今は学校へと行くことにした。

そして、家へと帰ってきた僕。やっぱり和音姉ちゃんが心配になったため、部屋に行くことにした。

「和音姉ちゃん、いる?」

「その声……満?」

「具合悪いんでしょ? 麦茶とか持ってきたけど、いる?」

「い、いいから! 麦茶とかいいから! 帰って! 部屋に、入らないで!」

「えー? 具合が悪いなら、何か飲んだりした方が良いんじゃないの?」

「い、いいの! 良いから行って! 私のことはいいから! うっ、ウグゥゥゥ……」

「だ、大丈夫!? そんな苦しそうにして……」

ドアを開けて、中に入る僕。

「だ、ダメ!」

「か、和音姉ちゃん……?」

「み、見ないで……」

そこで見えたのは。

「銀色の……狼人間?」

和音姉ちゃんがいるべきそこには、銀色の狼人間がいた。しかもメガネもしないで全裸、それが妙に色っぽく見えてしまった。

「か、和音姉ちゃん?」

疑問形になりながら、おずおずと尋ねる。それに対して、和音姉ちゃんは。

「見たわね。アタシの本当の姿。見られたからには……」

「な、何するの……!?」

「大丈夫、酷いことなんかしないから。さあ、こっちに来て、一緒に話し合いましょう?」

「う、うん」

和音姉ちゃんが座った、ベッドの隣に座る僕。僕は、おずおずと尋ねる。

「えっと……本当に和音姉ちゃんなの?」

「ええ。正真正銘、あなたのお姉ちゃんよ。フフフ……ごめんね。怖がらせるようなことして」

「和音お姉ちゃんは、狼人間なの?」

「ええそうよ。お姉ちゃんは狼人間、人狼の一族なの。何年も続く……ね」

「ひょっとして、お父さんも……」

「そうよ、お父さんも人狼なの。お父さんは日本の人狼一族をとりまとめる長のようなものでね、グループが大きくなれたのもそれが大きいのよ」

「お母さんは、このこと……」

「当然知っているわよ? 私のこともね」

「でも、なんで僕には黙っていたの?」

「いきなり言っても、信じてもらえないだろうと思ってね。でも、これでもう大丈夫ね」

「……なんで満月の夜に具合悪くなるの?」

「それは……お父さんと違って、私はまだ変身が不安点だから。満月の夜に、狼男が変身するのを見たことがあるでしょ? それはね、変身を制御できない人狼が満月の夜になると、勝手に変身しちゃって感情が昂ぶっちゃうの。つまり……ハイになって抑えきれなくなっちゃうの」

「へ、へぇ~……人狼って、そんなことがあるんだ。だから、満月の日は部屋にこもるんだ」

「そう、でもね……こうなったら、もう隠す必要もないかも……」

すると、和音姉ちゃんは僕にすりよってくる。

「ウフフフ……大丈夫よ、優しくしてあげるから……」

「……大丈夫かな?」

こうして、僕はお姉ちゃんとお父さんの秘密を知ることになったのだった……。


ちなみに、このことをお母さんとお父さんは……。

「あらあら、秘密をうっかり知っちゃったみたいね」

「これで大丈夫だろう。多分そのうち慣れるさ」

といった具合に、僕たちのことを遠巻きに見守っているのだった。



『狼姉ちゃんはもふもふだ』


「触ってみたい?」

「何を?」

「私の毛」

和音姉ちゃんは、自分が人狼だと僕に知られてから、時々僕に見せつけるように変身する。尻尾を振って、誘っているみたいに。

「触ってほしいの?」

「満が触りたいって言うならね」

そう言って、姉ちゃんは変身した。確かに、触ったらすごく気持ちよさそうな毛並みだ。尻尾なんて、見るからにふわふわだ。触ってみようか……。触ったら、どんな感触がするんだろう。

「ホントにいいの?」

「大丈夫よ。あんまり変な所触らなかったら」

「じゃあ行くよ……」

おなかの辺りに、手をそっと伸ばす。そして、姉ちゃんのおなかに触れると……。

「……!?」

ふわふわなんてもんじゃない。なんと形容したら良いんだろう。もふもふなのだろうか。これが、もふもふだとでも言うのか。

「ふわあ、ぁぁ……」

「気持ちいい?」

「うん……」

「もっと触ってみる?」

「うん……」

両手でおなかを触ると、もう……。

「尻尾も触る?」

言われるがままに尻尾も触る。すると、その感触はおなかとは比べものにならないくらいのもふもふ具合で、頭の中がショート寸前にまで至る。

「手だけじゃ物足りなくない? 全身で……抱きついてみない?」

その言葉と同時に、僕は狼姉ちゃんに抱きついていた。

「あら、意外と手が早いのね」




「あらあら、ソファで二人とも寝てる……」

「抱き合って眠るなんて、素敵だねえ」

帰ってきたお母さんとお父さんが、それを見たのは僕たち二人が眠った後だ。



『狼姉ちゃんはお肉が好き』


姉ちゃんは人狼だからか、お肉が好きだ。これは、休日一緒に町へお出かけしたことの話。

「どこ行く? いろいろあるけど」

「ちょっと待って……あ、あっちで焼き鳥の屋台やってるみたい」

「え、どこどこ? 見えないよ?」

「あっちよあっち」

そう言って、和音姉ちゃんはどんどん進んでいく。ついて行くのがやっとだが、なんとかついて行く。そこには、言った通り焼き鳥の屋台があった。お姉ちゃんはもう既に焼き鳥を5本注文していた。

「も、もう焼き鳥が……」

「美味しいわよ。食べる?」

「じゃあ、僕も一本……しかし、お姉ちゃん鼻が良いね。さすが狼」

「匂いが漂って来たのよね」

焼き鳥を食べ終わって、しばらく町をぶらぶらした。お昼になると……。

「そろそろお昼だね、何食べる?」

「この辺に、美味しいハンバーグレストランがあるみたいよ。そこに行きましょ」

「あ、うん。チェーン店だよね」

(さっき焼き鳥食べて、今度はハンバーグかぁ……)

続けて肉を食べるのはちょっと抵抗感があったので、頼んだのはスパゲッティにした。でも和音姉ちゃんは……。

「ハンバーグ300グラムね!」

(300……!)

大人でも少し抵抗のある300グラムを頼むとは、これいかに。

そして、3時になると……。

「コンビニで何かおやつでも買う?」

「うん」

そして入ったコンビニで、自分はチョコとサイダーを買ったのに対し、お姉ちゃんは……。

「スパイシーチキン2つで」

「またお肉!?」

いくらお肉が好きでも、ここまでとは。やっぱり狼なんだな……。

そんなこんなで、お出かけが終わって帰る途中。僕たちは電車に乗っていた。でも、ここでちょっとした事件が起きた。

突然、どーんという音が聞こえて、電車が急停車した。アナウンスでは、なんと鹿が衝突したということで、しばらく停車するらしい。

「帰るの遅くなっちゃうね、お姉ちゃん」

「うん、一応連絡だけでも入れておきましょ」

そうして、お父さんお母さんに連絡を入れた。だが、その刹那……お姉ちゃんがピクッと震えた。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと……血の匂いが……」

「血の匂い? ああ、衝突したから……」

「おい……しそう……」

「えっ」

お姉ちゃんはお肉が好きだ。加えて鼻も効く。その上狼だから……! ヤバイ。なんかヤバイ。

「だ、ダメよね。こんなところで、変わったりなんかしたら……」

「大丈夫、だよね? あっ!」

「どうしたの?」

「お姉ちゃん、尻尾が……」

「キャッ!」

血の匂いに興奮したのか、お姉ちゃんの尻尾が出てしまった。幸い誰も見ていないが、このままじゃ危ない。なんとか隠そうと、お姉ちゃんは角に背を向け、そのまま直立不動になる。

「うう……おいしそうな匂い……」

「だ、大丈夫?」

「我慢は……我慢はしてるから……!」

お姉ちゃんは、尻尾が振られるのを止めようと必死で押さえていた。

いくらお肉が好きでも、血のしたたる生肉も好きなのかと、僕は不安になった。だって、お姉ちゃんは狼姉ちゃんだから……。



『狼姉ちゃんは怒ると怖い』


「ゴメン、いろいろと迷惑かけて」

「うん、良いよ別に」

電車に鹿が衝突し、電車が止まったまではよかった。お姉ちゃんは、衝突してしまった鹿から出た血の匂いで興奮してしまい、狼の尻尾が出て見られそうになった。それをなんとか隠すことに成功し、駅に戻ってきた。だけど、電車が遅延したせいで辺りはすっかり暗くなってしまった。

「お姉ちゃん、もう尻尾大丈夫?」

「うん、もう血の匂いもしないし……大丈夫! それはそうと、早く帰ってお母さん達を安心させよ?」

「そうだね。電車結構止まってたから、早く帰らないとね」

たとえ二人でも、夜道を歩くのは結構怖い。けれども、帰らないといけないから歩みを進める。いつもの時間よりも遅いからか、人もまばらで良くない人たちもいる。正直言って、早く家へ帰りたい。

その上、なんかじろじろ視線を感じる。大体はお姉ちゃんを見ているのだろうけれど、それでもなんか嫌な感じだ。それを受けて、僕達は人目のつかない方へ行く。

だけど、そこには見ているだけじゃ飽き足らない人間もいる。

「よう、姉ちゃんよう」

お姉ちゃんの肩に、手が乗せられる。金髪でピアスを耳と唇につけた、いかにも悪そうな男。周りには、同じような男達が多数いて、囲まれていた。

「な、なんですか?」

「ようよう、姉ちゃんよう、暇してるんだよう、ちょっと一緒に遊んでくれよう」

「い、嫌です。家に帰るんです」

「家になんか帰らないでよう、俺たちと一緒に夜通し遊ばないないかよう」

「や、やめてください!」

「いーじゃねーか、付き合えよ~」

姉ちゃんの腕を掴み、無理矢理連れて行こうとする不良達。いても立ってもいられず、僕は。

「や、やめろよ! 俺の姉ちゃんに何すんだよ!」

「なんだテメェ! 邪魔すんじゃねえ!」

「ガキは引っ込んでいろ!」

「俺らはこの姉ちゃんに用があるんだよ、すっこんでろ!」

不良の一人が僕を殴った! 結構力が強く、僕はアスファルトに打ち付けられた。そして、何人かが僕を何回も蹴りつけ、踏みつける。

「うわああ、やめてよおぉ!」

「邪魔すんじゃねえよ、ガキのくせに。さあ姉ちゃん、こんなチビほっといて、俺らと一緒に夜遊びしようや!」

僕はボロボロにされてしまった。あらかた蹴り終えると、姉ちゃんの手を掴み、一緒に連れて行こうとする。

だけど、姉ちゃんの様子がおかしかった。ふるふると震えている。

「怖がんなくていいって! 俺らお前さんにはなーんもしねえから!」

「……よくも、満君を……」

「こんなガキくさいのと一緒にいたら、せっかくの美人が台無しだぜ! ささ、行こうや!」

「満君を、こんなにして……許さない!」

姉ちゃんの眼が、真っ赤に染まった。すると、姉ちゃんは人狼へと変わってしまった。

(あ、ヤバイ……!)

「え、なんだ、おま――」

言葉を出す前に、不良の一人に姉ちゃんのグーパンチが顔面にヒットした。息もつかせず今度は蹴りを他の不良の土手っ腹に浴びせ、そのままの勢いで他の不良達もボコボコにしてしまう。

「ガアアアアア!」

「だ、ダメだよ姉ちゃん! 落ち着いて! 人に見つかるよ!」

「あっ……」

姉ちゃんの眼が、銀色に戻る。落ち着いた時には、既に死屍累々ができあがっていた。

「あ、ああ……私、やっちゃった……」

「こんなところで狼になっちゃって、人に見られたらどうするの!」

「ゴメン、私……」

「見つからないうちに変身を解いて、気絶している間に早く行こ?」

「うん……」

そうして僕らは、前歯が折れたり鼻血を出したりしている不良達を置いて、家へと逃げ帰った。このことをお父さんに話すと、お姉ちゃんは大変に叱られた。

いくら不安定なところがあっても、人に見られるようなところで変身はすると、感情の制御が必要だという言葉が聞こえた。

……よっぽどの怒りだったのだろう。あそこまで抑えられなくなるなんて。普段はあまり怒らないお姉ちゃんだけど、怒らせたらここまで怖くなるものなのかと、僕は心に刻み込んだ。

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