狩りを全うするために
ローを夢の彼女に任せ、手に入れたノコギリ鉈と短銃を携えて独り街に戻る。
獣。もしかすると白い使者たちに迎えられたおぼろげな記憶の中で、灼け落ちたものがそうだったのかもしれない。ああいったものが、この街には潜んでいるのだろうか。
それに、この街の探索を進めれば兄と父の蕩けた瞳のことが何か分かるかもしれなかった。群衆の様子はとても話し合いの席につけるようなもんじゃなかったが、まだ医療教会という手がかりが失われたわけじゃない。
そんな、地理も何も知らないまま、灯りから離れて街へ戻ろうとした時だった。背後の窓から、重い咳の音が聞こえてきたのは。
「…ああ、獣狩りの方ですね。それに…どうやら、外からの方のようだ」
「あんたは…」
「私はギルバート。あなたと同じ、よそ者です」
「おれは……コラソン。あんたもこの街の人間じゃないんだな」
悲しいかな、大斧を振り回していた男の他にこの街でまともなのは、今のところこの異邦人だけだった。
「色々とご苦労でしょう。この街の住人は、皆…陰気ですから」
「陰気っつーかなんつーか…」
皆おかしくなってんだけど、と思わずこぼすと、何とも言えない沈黙が落ちる。ギルバートだって、街の様子はよく知っているだろう。外じゃ住民がパレードよろしくぞろぞろと道をゆき、人を見つけるなり大声を上げているんだから。
「私は床に伏せり、もう立つこともままなりませんが、それでもお役にたてることがあれば、言ってください」
礼を伝えようとしたおれを遮って、また咳の音が響いた。おれも、何か役にたてりゃいいんだが。
「おい、大丈夫か!?おれもあんたの役にたてりゃ…」
「…この街は呪われています」
「呪われている?」
「あなた、事情もおありでしょうが、できるだけはやく離れた方がいい」
言外におれの申し出を遮ったギルバートが、咳を押し込め暗い声で言う。
「この街で何を得ようとも、私には、それが人に良いものとは思えません…」
「……そうだな」
そのことについては、おれと彼の見解はぴたりと一致している。教会のもたらす奇跡のような医療ってのがどんなものであっても、この街の有様を見た以上ローを診せようなんて気にはもうならなかった。
「ありがとう、ギルバート」
「…お気をつけて」
ふと、ローだけでも外に出してやれないかという考えが脳をかすめる。
あの夢の中じゃ病気が進行しないとしても、だからってほっときゃ治るわけじゃない。もしもこの奇妙な街に本当に何か珀鉛病を治す手がかりがあったとしても、それはおれが独りで調べればいいだけの話だ。
ある時突然夢が消えて二人で街に放り出されちまったとして、おれはともかく、ただでさえひどい熱を出して朦朧としていたローが生き残れる可能性はそう高くはない。
分からないことだらけの状況でも、そんなことくらいはおれにだって分かるのだ。
こうなったらもう、センゴクさんに保護を頼めないだろうか。
そう思って引っ張り出した電伝虫は、糸が切れたように瞼を閉じてどこにも通じなかった。
ポケットの中で、また紙切れがカサリと軽い音を立てる。気付けばおれの手にあった、自筆の走り書きが。
「青ざめた血」を求めよ。狩りを全うするために