狐の尾達
今はもう主のない玉座、そこに君子が座っていて、夏の日差しが彼女の悪の根城を照らしていた頃の話。
強大なる裏社会の組織、その主――白面金毛九尾の狐と称されるそれは、随分暇をもて余しているように見えた。
「して。貴方達、何か面白いことは出来ないのかしら」
突然に無茶振りを投げるのも日常であったが、この場合失敗しても罰はない。最低限の責任だけが無茶振りにあった。
「然らば、敵対組織の間者の拷問は如何でしょう?」
そう、最近この場に入れるようになったばかりの幹部が告げる。ここで怖じ気づかすに話しかけることで、出世でも狙っていたのだろう。が、組織の頭である九尾の狐はこう返す。
「それはダメよ。昨日は敵対組織の一つで『遊んだ』もの。流石に続けてやるんじゃあつまらないわ」
そう言うと幹部達の空気は冷えて、最高幹部――『狐の尾』と呼ばれる面々は納得したように頷く。
そして、その『狐の尾』の一人がこう言う。
「であれば、水浴びは?」
「水浴び?」
頭は聞き返し、尾はこう言う。
「はい、清らかなる川で水浴びをすればよいのではないか、と」
そして、幾ばくかの沈黙が空間を支配する。頭は考え、尾は待つ。末端の幹部は只、恐怖と困惑に支配されるだけだ。
そんな空気は、また頭によって壊される。
「……そうね、水浴びがしたいわ。
それと、その川の安全は確かめてあるのかしら」
「はい。間諜も、暗殺者も、道士もいません。いるのはせいぜいが小魚くらいでしょう。即ち、貴女のための川となりました」
そう誇らしげに告げる尾をよそに、頭はこう言った。
「あら、そう。それで良いのよ……さて、準備させなさい。早速行くわよ」
その声色は満足げで。褒めているのだろう。尤もそれを聞いた提案者たる尾は、表情一つ変えずに「畏まりました」と言って護衛と車を呼ばせ、運転手に行き先を伝える。
――そうして狐の頭と尾は動き、全てが上手く回る。少なくとも、頭が討たれるまでは。