狐と兎

狐と兎


「……爆発、しない。なんでっ」


「ダメだよモエちゃん。そんな危ないブリーチングしたら。流石に私も怒るよ」



かつての再現、とはいかなかったようだ。冷静沈着に、全てを把握し管理するニコにとって、かつての地下鉄での戦い、そこでのモエのリスキーな行動は予想外であったし、だからこそ敗れた。しかしそれはあくまで予想がつかなかったから、というだけ。

モエという兵士がどのように頭のネジが外れていたのか、どんな風な危険な行動をとるのか。一度把握すれば対処は簡単だ。あの時と同じように爆薬を扱う状況に持ち込んで、そこからその爆発自体を防げばいい。



「モエちゃんは……RABBIT小隊は知らないかもしれないけれど、ミレニアムとの共同開発薬品なんだ。これ一つで爆発の規模を沈静化できる優れものだよ」


「そんな……っ、う……っ゛」


「ごめんねモエちゃん、意地が悪い先輩で。でも私たちは後輩を悪役にしたくないんだ。みんなを哀れな犠牲者のままにしたいんだ。傲慢かな?」


「………」


「落ちちゃったか。………ごめんね」




「来ると思ってたよ」


「オトギ、先輩……?」


「しっかりとプレッシャーを与えてたからね。ミユならこの前みたいに私を後ろから仕留めにかかると思ってたんだ」



威圧感を与えるためにあえておおよその方角はわかる場所に。でも明確な位置はわかりづらいから逆狙撃は困難。そんなスポットを選んだまま、 RABBIT小隊に圧を与え続けるオトギをミユが仕留めに行くのは道理だ。かつての戦いに倣らうように、存在感を消して、ひっそりと、気づかれないように狙撃しやすいポイントを絞って一つずつ探して忍び寄った。

……いつものミユなら、狙撃手としてこのおかしさに気づけていたはずなのに。気づけばオトギの銃口は、ミユにしっかりと照準を合わせられていた。狙撃銃の近距離射撃など、ほぼ回避できはしない。



「近接格闘術に長けてたら、私が狙いを定める前に私をダウンさせられたかもね」


「っ、待ってくだ、さ……」


「待たない。大丈夫、次に目が覚めたらきっと青空が待ってるよ」




「っ、このっ……!」


「拳に芯がないわ。クスリのせいで頭がトんで柔軟な思考になったけど、その分基礎が甘くなったんじゃない?」


「………そういう先輩こそ、随分と焦っているじゃないか。今度はオトギ先輩が負けているかもしれないぞ?」


「私が注意してるのはオトギのことじゃないわよ。……私もオトギも、互いに敵を落とすまでは絶対に通話しないって約束したの。たとえ死んでもね」



嘘である。戦場においてそのようなやり取りはメリットよりもデメリットが多い。たとえ通話をしなくとも、モールス信号を送るなら何なりでやり取り自体はできる。ただそれでも、クルミがあえてそういう風に宣言してみたのは、サキに動揺を与えるためだった。サキの薬で固まった頭には、そんな非効率な行為をとるクルミという存在がノイズになるからだ。頭の中に思い描いていた、多種多様な選択肢を状況によって使い分けるクルミのイメージと異なった姿がサキの動きを鈍らせる。

そんな隙を逃すわけもなく、徹底的にクルミは殴り続けた。ストックで顎を、脚で関節を、そして防御の薄いところに銃弾を。一度崩せばこちらのもので、基礎能力の違いがそのまま戦況に現れた。



「サキ、アンタ鈍りすぎ。そんなんで特殊部隊を気取ってるんじゃないわよ」


「っ、私は、それでも」


「ここで大人しくダウンしておきなさい。あとは先輩の私たちに任せて。あなた達は、何も悪くないんだもの」





「どうした月雪小隊長!麻薬などに手を出したから動きが鈍っているんじゃないか!」


「ち、違います!私は、私は麻薬なんて!使ったのは、私以外の……」


「だろうな。貴官が服用しているわけではないのは一目でわかった。……しかし、貴官は止めるどころか部下の幸福のために正義を曇らせた」


兎狩りをする狐たち。狩られる兎たちの中でも、特に鈍いのは隊長である月雪ミヤコ。それもそうだろう。彼女は、彼女だけはこの麻薬を服用していない。服用していないまま、他三人が半ば枷となった状態で苦しみながら RABBIT小隊を指揮し、行動していたのだから。SRTの実践訓練なら何もかもが赤点。それほどまでに鈍く、脆い。それでもユキノに食らいついているのは、他の三人を思うが故の熱量か。


「っ……」


「構えろ、月雪ミヤコ!あなたがかつて私たちに思い出させた正義を、輝く“明日”を、私たちが思い出させてやる!」


「私は、もう、私の正義は────」



そうして、勝負が決まる。ユキノの腕がしっかりと、ミヤコの頸動脈を捉えている。まもなくミヤコの意識は落ちて、 RABBIT小隊はここに陥落する。そう、正義は二度と戻らない。かつて先輩たちに宣言した高潔なる正義を汚してしまったのだと、ミヤコは深い後悔のまま意識を手放そうと……


「だが、安心しろ。私たちはウサギと違ってずる賢く悪人である狐だからな。君たちの正義を堕落させるようなことはさせん」


「な、にを……」


「証拠となる痕跡は全て抹消した。お前たちは哀れな犠牲者だ。月雪小隊長、もちろん君もだ。………あの時の私たちと違って、君の選択に自由意志などなかった。それは仕方のないことだ」


「そんなの……」


「納得できないか?ならば結構、その分を正義として働きで返せ。それでも納得できないなら……明日のお前たちに判断を委ねろ」


「………っ………」


「おやすみ。……これにてFOX小隊の最終目標は達成とする」



Report Page