「狂信の徒」

「狂信の徒」




「〜♪」


「「おお、偉大なる創造主よ。御気色がよろしいご様子。」」


「ええ、勿論!!」


もうすぐ人々を救済できるんですから!と、元気よく仰せられる我が創造主──氷龍様。ああ、その幼くも妖艶たる姿、衆生を弄び、あるいは蹂躙し、しかしながら心の底から救おうともするその悍ましく美しい精神。その全ては偉大かつ愛おしく、人類はその御姿を須く認め、御言葉を拝聴する事を生涯の喜びとして平伏する事が最善である事は道を行くちっぽけな愚民ですら認知すべきこの世の真理である筈。


「楽しみだなぁ…ふへへ、みんな私と同じ、同じになるんだもん。きっともっと皆仲良くできるよね…記念にリスカしよ…。」


ああ、主よ。貴方様の腕より滴るその血の一滴は神の顕現。一線に走る紅き傷は主の生命の躍動を我らの脳髄に表象し永劫の光景として細胞へと入力される事は明らか。

それだというのに、あの愚かな女は「痛そう!大丈夫!?」などと軽々しく言の葉を主へと投げかけあまつさえ当惑する我が主の腕を掴もうとするではないか!!御近くに侍る我らが全身全霊を持って払わなければ如何なる凶行を主へと行なったか分かったものではない。


「みんなを私と同じに出来たらさ、英雄だよ!みんな私を認めてくれるよね?きっと、英雄って!!あはは!!あははは!!」


「「まさしく、主様の願いは寸分の狂いなく叶えられる事でしょう。愚かなる人類は氷龍様の偉大なる恩寵に感涙に咽び泣き、持ちうる限りの感情と平伏で以って貴方を英雄として永劫に記録致します事は完全に確定した事象です。」」


「そうだよねぇ。そう、その為にこの子を作ったんだぁ。」


そう言って主は金属質の壁を撫でる。我らが立つこの場こそ、偉大なる創造主の手により作り上げられた至上の要塞。あらゆる人類の歩みと行いを過去の物として邁進する完全たる兵器にして怪物、『要塞ドラキュラ』である。

しかしドラキュラめ、主より愛撫を賜りながら一切の反応を見せないとは全くもって万死に値する。今この存在が必要でなければ、我が魔法によるこの愚かなる肉塊すら超える大質量攻撃によりこの世から存在した痕跡すら消し去ってやる物を。


「…これほど巨大な怪物、あの正義感のある連中はまず放っては置かない。見つけたら撤退など考えず突っ込んでくるだろう。差し詰め、カモがネギを背負ってやってくるわけだ。」


その深謀はまさしく世界に救世を齎し全人類を牽引すべき器の現れ。塵芥の如き存在でありながら我が主人に叛逆する人間はこの巨大たる質量の前に全くの抵抗すら許されず命を無かったものとされる事だろう。


「ぐへへ、あの忌々しい姉も頂点に上り詰めた私には何も言えないだろう。歯軋りするアイツの面を眺めるのが楽しみだァ。」


……ああ、しかし創造主よ。かの深謀遠慮を知りながら、私がそのこの星に根付き全てを支配すべき偉大なる命を守るべく、不必要な思慮を重ねる事をお許し下さい。

我が分身はかの連中の姿と魔法を知り、それらが強大である事を認めざるを得ませんでした。また、かの木偶の坊共を粉砕したとて、あの根暗とネロとかいう少女と飛び切りの愚鈍らを相手取る必要があります。


「きっと素晴らしい世界になるだろうなぁ、皆んなびっくりして喜んでくれるよね!」


しかし、そのような瑣事に神々たるその精神を煩わせるなど言語道断。我らは創造主をあまねく全ての脅威と不要な感情より守り、願望の達成を助けねばならないのだ。

そうだ、今度こそ守らなければならない。失敗など二度と繰り返せない。私達は、私はもう──


「はあ、まだ連中は来ないのか。少し散歩でもしようかな。」

「「素晴らしきご提案です。不祥このネバーランド、その歩みにお供いたしましょう。」」


──?私達は今、何を考えていたのだろう?


いや、特におかしい部分など無かった。兎に角、今は御歩みに付随し、その後光を拝する喜びを噛み締めながら警戒しつつ同行するべきだ。


(──ああそうだとも。私は気づいているぞ、ネロとやら。)


通路の影よりこちらを見る尊大な幼児。それを睨みながら、私は偉大なる創造主の背後に続いた。




「付かず離れずか。全く油断をせんな。」

「あれ、ネロちゃん何してるのー?」

「…ガイア、少し声を落とせ。」

「アッ、ゴメン!」


あのセイヴァーという女。今は手を組んだ事になっているが、アレは危険だ。

並大抵の悪であれば私をすれば御し易い。しかし、やつは悪でも善でもない狂人だ。奴の語る人格、願望は終始破綻しているし、その精神を観察すればこちらの頭が痛くなる。


そして例の善人共を処理できた場合、最後に残る敵は奴…と、ゼリーフィッシュとかいう根暗だ。後者はどうとでもなるとして、奴は不安要素が多い。だから可能な限り奴の行動や動作、隙が生じる場面を確認しておきたかった。存外奴自身は無防備だと分かったが、それを補うのがあの二つ頭の異形だ。


「あーあの人すごいメイクだよね!穴の空いた顔ってすごいし、羽もかっこいい!!」

「…まあ、そうだな。」


奴は付かず離れずセイヴァーに付き従っており、警戒を怠らない。確認した範囲で見た奴の異形の中でも自我がハッキリしており、しかも奴自身の力で自己増殖が可能という兎角厄介極まるユニットだ。


「でもあの人言葉の言い方が難しいよね、私頭悪いから何言ってるか全然わかんなくってー」

「聞く価値はない。狂信者の戯言と聞き流せ。」

「きょー…えっと…」

「…馬鹿みたいにセイヴァーが好きなだけの馬鹿だから、何を言われても無視しろという事だ。」

「なるほど!んーでも…」


歩いて行く二人を、ガイアが見つめる。


「何というか、きょー何とかよりも、あの二人って──


親子っぽいよね。雰囲気みたいなのが。」

「…親子?」

「なんか、親バカー!って感じがするような感じ?すっごい娘を気にしてるというか、そういう。」


親子、親子か。


セイヴァーとやらの魔法には謎が多い。生み出す物の傾向という物が全く読めず、そこに法則が有るかも分かっていない。ガイアの所感はその点を考える事に役立つかもしれん。


いや、あるいはやはり全く法則も何も無いのか。何度も言うが、あの女は初めから破綻している。

慈愛に満ちた顔、リスカ癖、尊大な英雄志望。そして鬼のような、龍のような、あるいはそれらすら超えたナニカのような悍ましい表情。それらを目まぐるしく表出させる得体の知れん怪物が奴だ。


「…必要以上に奴に触れるなよ、ガイア。あやつはお前が考える以上に厄介だ。」

「…?よく分からないけど、分かった!!」

「…」


角を曲がるまで、片方の頭をこちらへと向け続けた異形。眉を顰めながら、奴らの居るであろう位置をじっと睨む。

貴様のような気狂い共に、勝者の座は渡さん。


この世界を支配するのは、私だ。


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