犬に噛まれた話
「アクア君ってやっぱり初めてじゃないでしょ」
「急に何を言い出すんだよ」
シーツにくるまる私の隣で、ベッドの上で火照った裸体を冷ますアクア君が振り向く。
「何度か経験すればわかるよ。だってアクア君、明らかに女の子の扱いが手慣れてるもん」
「そんなこと……ねえよ」
あ、アクア君の目線が少しズレた。こういう時はたいてい何かやましいことを誤魔化そうとしてる時だ。
「浮気は?」
「してない」
「元カノとかいても怒らないよ」
「いない。そもそも恋愛なんてしちゃいけないと思ってたし」
「……身体だけの関係とかは?」
「そういうことはしてないって。あかねとが初めてだから」
軽く問い詰めてみると切り上げたくなったのか、アクア君は乱雑に私の頭を撫でた。クシャクシャと撫でる手付きは髪を乱すばかりだが、しかたないからそれで誤魔化されてあげる。
「だいたいな、男なんてこういう時見栄張りたいから勉強するもんなんだよ。俺だってそうだ」
「ほんとかなぁ」
試しにアクア君がエッチな動画とかを見て勉強してるところを想像してみる。その絵面はどうにもシュールだが、ちょっと可愛いくて微笑んでしまう。
「それより、明日は有馬が主演のドラマの放送日だったよな」
これ以上引っ張るとボロが出ると思ったのか、アクア君が強引に話題を変えてきた。だけど話題のチョイスは失敗だったね。演技の話なら乗っかってくると思ったのかもしれないけど、恋人と致してすぐに他の女の子の話をするのはダメだよ。
アクア君が意気揚々と話してる隣で私も身体を起こす。そしてアクア君を背中から抱きしめ首筋に顔を埋める。
「あかね?」
アクア君の疑問の声。どうやら私が甘えていると思っているみたいだ。だとしたら、その考えは甘い。
がぶり
「痛っ……!?」
アクア君の驚きと苦悶の声。
私が顔を離すと、アクア君の白い首筋には真っ赤な歯型の痕があった。ちょっとした達成感と征服欲が満たされる。
「急に何すんだよ……!」
「う〜ん……しいて言うならおしおき?」
「絶対痕のこってるだろ、明日バラエティの収録があんだぞ……」
しきりに噛み跡をさするアクア君。いたずら感覚でやってしまったが、時間が経つにつれ冷静になるとやりすぎてしまったのではという罪悪感が生まれる。
「ア、アクア君。その……」
謝ろうとすると、アクア君は大きなため息をついた後に私を正面から抱きしめた。
「別に怒ってない。このくらいメイクで隠せるし」
「でも……」
「だから気にするなって、こんなの恋人同士のじゃれ合いだろ。あぁでも……」
それでもまだ気にしているのなら、その言葉に次いでアクア君が私を優しく押し倒す。
「少しくらい反撃してもいいよな?」
耳元での吐息混じりの呟きに身体が震える。こくりと頷くと私の口は彼の唇で塞がれた。
後日
アクア君が出演するバラエティ番組の放映日に、私が付けた噛み跡が見えてしまい出演者に指摘された際に「犬に噛まれただけです」としれっとした顔で返す彼を見て頭を抱えることになるのは別の話。