特異点

 特異点


「ふーむ。レイシフト適性はたったの一騎、か。きな臭い特異点だ。」

「ロマニもそう思うかい?」

「うん。第六特異点を解決したばかりなのに同じ位置にできたっていうのも十分怪しいけれど、百騎以上もいるサーヴァントからたったの一騎、しかもマシュですら入れないとなるとね。」

モニターに表示されたその"たった一騎"のサーヴァント、ガレス。かの特異点ではギフトの効果で狂気に墜ち、そしてその記録を持ったままカルデアに召喚された異質な存在。

彼女一人で特異点にマスターとレイシフトさせるのはリスクが大きすぎる。

「ランサーのアルトリアはダメなのかい?」

「無理だね。何なら適性は軒並み低いアルトリア達の中でもセイバークラスの彼女と並んでドベだ。」

そう、アルトリア達だけではない。ブリテン出身のサーヴァントが全員、まるで意図的に"避けられている"かのように適性が低かった。

「まあ不安な点は多いけれど、放置する訳にもいかないし、やるしかないと思うよ。」

「気が重いな〜。藤丸くんが心配だ。」



「レイシフト完了です!でも、これは…」

「あの特異点そのままだね。」

白亜の城キャメロット、その城門の眼の前にレイシフトをした。城門の前の地面はあの日見たままの赤黒さを保っており、そこでかつて何があったのかを雄弁に語っていた。

「ああ、あああああ!!…おええぇ!」

「ガレス!?大丈夫?やっぱり記憶が…どこかで休もう。」

「いいえ、いいえ。大丈夫です。向き合わなきゃ、見つめなくちゃ、私は"彼ら"に報いなくてはならないのです。」

「…分かった。でも、無茶だけはやめてね。」

「通信は…」

『⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛』

「駄目みたい。」

「二人きりですね。」

「とりあえず、入城しましょうか。」

「…どうやって?」

城門は固く閉ざされており、ビクともしないであろうことは想像に固くない。超高火力の宝具であれば開門できるかもしれないが、ガレスのそれでは難しいし、それ以前にマスターの消耗を考えると不用意に宝具を撃ちたくない。

「いえ。多分、貴方であれば開きます。」

「そうなの?」

「ええ。マスターは本来この城に『入れて当然』なので!」

「そうですねぇ。『モードレッド、帰城を申請します。』って言ってみてください。」

リツカが言われるままに門に告げると門は彼らを迎え入れるように開く。

「なんで開くの!?というか、自分はモードレッドじゃないのに。」

「まだ気づいてなかったんですか!?てっきりベディヴィエール卿からお聞きしているかと。…いえ、カルデアが"あえて気づかれないように"している…?」

「ガレス?」

「なんでもないです!ともかくこれでキャメロットは誰でもウェルカム状態です。堂々と入っちゃいましょう!」


「あちこち崩れてる。」

「どうやら完全にあの特異点をそのまま流用しているようです。」

であれば出てくる敵は、アグラヴェイン兄様か、我が王か。…正直、私ではまともに戦って勝てる相手ではないのでできれば会いたくありません。文官であるとはいえ兄様はお強いし、王は言わずもがな。

「リツカ」

「うん?」

「絶対に私の後ろから離れないでください。」

「…うん。」

城内は私の感じる緊張とは裏腹に誰もいません。粛清騎士も、それらを束ねる円卓の騎士も。…私達が"収集した"善良な魂たちも、影も形もありません。

長い廊下を歩き切り、やがて大広間へ。これまで接敵がなかったのであるならば、きっと本命はここです。

「準備はいいですか、リツカ」

「うん…!」

「では、円卓の騎士ガレス、参る!!!」

扉を蹴破りいざ!と王座の側の影に啖呵を切るが、

「女王陛下…?なぜ?」

影の正体は王でも兄様でもなく、こちらを見つめ目を見開いているギネヴィア女王陛下でした。


「お久しぶりですね、ガレス。わたくしの処刑の日が最後でしたね。」

女王陛下の処刑日、つまり私の命日以来の再会です。

「あの日はわたくしの身勝手な行動で、貴方にいらない苦しみを与えてしまいました。本当に申し訳ないと思っています。」

「い、いえそんな恐れ多いです!思うところがないといえば確かに嘘にはなりますが、なんというかもうあれは、そうなる運命な気だったするので。」

「リツカもあの時以来ですね。生きた貴方にまた会えてとても嬉しく思います。」

「ど、どうも…?」

「では、話はここまでです。」

「単刀直入に言います。ガレス、そしてリツカ。この特異点を見逃してください。」

「…返事をする前に理由を聞いてもいい?ギネヴィアさん。」

「構いませんよ、当然の疑問ですから。別室にティーセットがあります。お茶会にしましょう。」


「ああ、やっぱり貴方が淹れるお茶はとても美味しいですね。」

目の前の女性、ギネヴィアはまるで自分が淹れた茶をかつて飲んだことがあるような言い回しをしてくる。他の特異点でも自分のことを知っている人に幾度も出会っていたけれども、未だにどういうことかが分からない。

「自分は君に出会ったことがあるのかな。残念ながら覚えてなくて。」

「…そうね。ありますよ。でも、いい別れ方はできませんでしたし、わたくしの処刑日に貴方は頭に大怪我を負っていました。覚えていないというのは貴方にとって都合がいいことかもしれません。」

頭の怪我、ギネヴィアの処刑日、ガレスの命日。それらの情報はまずある人物を関連付ける。

「ランスロット…?」

「リツカ、あまり考えないほうがいいです。」

思考を回しだすリツカをガレスは止める。

カルデアがリツカに真実を知らせない理由が分かりました。リツカの夢の終わりはランスロット卿との関係のように円満ではなかったものも多いのでしょう。

カルデアでの現状も今はリツカが覚えていなからなんとかなっていますが、もし思い出してしまったら今まで通りの関係は難しい。きっと致命的な因縁ができてしまうでしょう。だから、私達は忘れられたままでなくてはならない。…もどかしいなぁ。

「彼のせいではないのです。全てはわたくしの不道徳のせいなのですから。」

「さて、特異点ではその件も関わっています。わたくしはこの特異点を流用し、ブリテンのあの悲劇をなかったことにしたいのです。」

「これからこの特異点の範囲をブリテン島に向け広げ、リソースを貯めて過ちを犯す前のわたくしに会いに行き、成り代わるつもりです。」

「そんなことできるの?」

「ええ、できます。」

「…私は反対です。」

「なぜ?この方法なら貴方もリツカもあんな終わり方をしません」

「たとえ生まれた時代に戻ろうと、結局は私達は死人で、過去の亡霊でしかありません。」

「かつてここで私達が今を生きる人々に与えた影響はただ虐殺のみでした。過去が未来を殺してしまったのです。」

「それは形は違えど女王陛下と同じように、その時代を生きる人々にを救わんがために起こした行動でした。」

「私達はその時代を生きている人々に関わってはいけません。許されるのは背中を押すことだけです。」

「たとえ、それが過去の自分自身であったとしても。」

「それでも」

「それでもわたくしは、わたしは貴方達を諦めたくないわ!」

「あの日、全てが終わってしまった!わたしがした不倫がきっかけでガレスとリツカが斃れて、みんな、みんな狂いだしてしまった!」

「わたしが不義を働かなければ、きっとブリテンは滅びなかった!理想の国は続いて、ランスロットは愛弟子をその手にかけ、友達と殺し合わなかった!貴方達も、わたしなんかのせいであんな、あんな惨い殺され方なんて「「あ~もうっ!いつまでもクヨクヨと!」」

「ガレス?リツカ??」

「もう終わったことだって言ってるんですよ!」

「カルデアにも円卓の騎士もアルトリアもいっぱい居るからちょっとおいでよ!みんなだいたい『まあいっか!』って反応するから!」

「えっいや流石にそれは気まzいや今夫がいっぱい居るって言ったわよね?」

「はい、陛下も沢山いらっしゃいます。常に馬に乗り続ける陛下も異世界の陛下も、それはもう沢山いらっしゃいます。」

「なんか最近は妖精の方のアルトリアが水着着てバニーになったり分裂したりしたよ。いや、正確にはそのアルトリアはギネヴィアさんが知ってる方とは全くの別人だけれど。」

「第二の人生エンジョイしていらっしゃってますよね陛下。」

「聞いてるだけで混乱してくるわね。何をしているのあの人。」

「ともかく、皆もう気にしてなんていません!ガヴェイン兄様だってランスロット卿と夏を楽しんでるんです。」

「あの二人が…」

「私だってもう吹っ切れました!」

「自分も、特にどうとも思ってないよ。というかランスロットに何かされた事も今知ったくらいだし。」

「だから、変に気負う必要なんてないんですよ、女王陛下。」

「二人共…」



かくして特異点は無血で解決された。ギネヴィアは泉の乙女、モルガンから受け取り隠し持っていた聖杯をカルデアに譲渡し、戦力の一つとしてその霊基情報もまた彼らに託した。

カルデアに来た彼女がかつての友と何を語るのかそれはまた別の機会に。

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