特別になりたい、そんな渇仰

特別になりたい、そんな渇仰


最初はただの転入生だと気にも止めていなかったの。えぇ、なにか?

確かに五年生で転入なんて珍しい事なんだけど、別に転入してきたからってあの人が特別って訳じゃないでしょ。

私は寧ろ、組分け儀式に遅れてくるなんて礼儀がなっていないな、と心の中で軽蔑してた。


それで、私と同じ寮に組分けされてさ、周りの皆はキャーキャー黄色い歓声を上げちゃうんだもの、私がおかしいみたいじゃない。

夕食後あの人はマチルダ先生に寮の談話室まで案内されてたんだけど、偶然後をつける形になっちゃって。

あの人ったら城内キョロキョロ見回しちゃって、子供らしくてバカだなって思ってたけど、目に映す全てが新しくて、美しいものなんだって言わんばかりに満面の笑みを浮かべてて……

あの表情も、夜空の星みたいに輝く瞳も、感銘を受けて口をついて出た「わぁ……!」なんて声も、気持ち悪いくらい脳みそに刷り込まれちゃった。信じらんない。


ねえ、セバスチャン・サロウって知ってるでしょ?決闘では負け知らずなあのスリザリン生。

私、転入生の初めての授業に居合わせたんだよね、闇の魔術に対する防衛術の。リアンダー・プルウェットがセバスチャンと決闘して、途中であの天井に浮いてるでっかいドラゴンの骨を落とそうとしてヘキャット先生に止められてたのを良く覚えてる。

あの日はレヴィオーソの振り返りを──あの人にとっては習得かな?初めてだってのにいとも容易く色んな物を浮かばせちゃうんだから、ビックリだよ。

私なんて一週間練習してやっと本を浮かばせられたってのに、才能ってものを目の前で見せびらかされた気分。でも、杖を振って呪文を唱えるという動作を心の底から楽しんでるようにも見えて、不思議とムカつきはしなかった。

でも、それだけじゃなかった。

あのセバスチャンを決闘で負かしたの!しかも、五年生で転入してきたって事だからきっと今まで魔法を使ったことがないはずなのに……

皆ビックリして、皆興奮して……転入生とセバスチャンを囲って騒ぎ立てて。

だけど私はあの人を特別視しないって。皆みたいに直情的にはならないって、そう自分に言い聞かせてそっぽ向いてた。

あの人もセバスチャンも、お互い話しててなんだか楽しそうだったな。もう軽口を言い合う仲なのね、ふーん……そう。

あ、あの人に嫌味を吐き捨てる人約二名。なんかスッキリした……ような……そうじゃないような、対象が違うような。


翌日。あの人は寝癖がついたまま談話室に来てた。お茶目なところもあるんだなぁって思って、ちょっとぴょこっと跳ねた後ろ髪をじっと見ちゃってた。

カゴに入ったりんごを美味しそうに食べながら他の生徒達と談笑してるみたい。昨日の決闘の話はもう知れ渡っちゃってるみたいで、それについて持ち越しだった。

ただのまぐれだとか、傲ってるだとか、冗談で言われてさ。あの人も楽しそうにヘラヘラ笑ってる。転入して二日目で私より友達が多いなんて、いったい何者なのよ。

妬ましさと羨ましさを交互に点滅させてたら、あの人が突如私の方を見た。ずっと見てたことに気づかれちゃったのかって心臓ばくばくして頭が真っ白になって……

『ねえ君、昨日の闇の魔術に対する防衛術の授業にいたよね?』

気づいた時には私の隣にいた。微笑みかけてた。近くで見ると狂いそうになるくらい繊細な顔立ちをしてた……透明な白肌、私を見つめる宝石みたいな目。ふざけないでよって言いたくなるくらい、端麗だった。

人懐っこそうで、ふんわりとつかみどころのない声が私の鼓膜に響く。

私なんて昨日の授業でも隅で傍観してただけなのに、ましてや一度も話したことがないのに、そんな私の事を覚えてくれてたってこと?

どう答えれば良いかわからなくて、「だから何?」って冷たく突き放してしまった。あの人に抱く気持ちが怖くって、否定するべく思わずそう返してしまったのに。

『んーと、クラスメートの皆と仲良くなりたいから、かな?せっかく同寮なんだしさ』

……あ、そっか。

私は……私は所詮「クラスメート」っていう大きなグループの中の一人なんだ。私は特別なんかじゃないんだ。

安心した、安心しすぎて、壊れちゃいそうになって、泣きそうになって、その場から逃げ出してしまった。あの人の制止も振り払って。バカらしい。


最近はあの人がセバスチャンと話しているのを良く見かける。ホグズミードも彼と行ったらしい。

あの時、あの人が私に抱く印象を突きつけられて、それから逃げ出してから、あの人と少しずつ距離が離れている気がする。

いや、離れてるんじゃない……最初からただの「同じ寮の生徒」ってだけで、周りがどんどん親睦を深めていく中私だけが歩み寄らなかったから、相対的に孤独を感じてるだけなのかな。

才能を惜しみなく披露して、その柔らかな物腰と皆を平等に愛する性格で周りの人を惹き付けている。

あんなに恵まれた特別な人って見ててイライラするはずなのに、あの人だけはもっと近くで見ていたいって思っちゃう。


薬草学は私が唯一落ち着ける授業。ガーリック先生は優しいし、植物の手入れをするだけでいいし、凡人の私でもある程度好成績を期待できるから。

今日は……葉っぱの形状からしてマンドレイクの植え替えみたいね。耳栓をもらったのもそれが理由なんだろうなって思ってたら、あの人が温室を見回しながら近づいてきた。

クラスメート達へガーリック先生に紹介されて、照れくさそうに目線を泳がせてたのが脳にくっきりと刻まれている……もう!なんで覚えてるのよ!

マンドレイクの叫び声に怯みながらも、見知らぬ魔法植物にワクワクしてるようで笑顔を溢してた。

あの人のことを見ないようにするってのも、磁石みたいに周囲を引き寄せているあの人を相手にすると、どうしても難しいものなの。

リアンダー・プルウェットと隣の温室まで行ったみたい。私が案内できれば……なんて、私以外にも思ってる人はいるのかな。

ぼーっとハナハッカに水を上げてたら、階段を降りてきたあの人が口角を上げながら私に手を振ってきた。微睡みそうになってた事に気づかれてたらどうしよう!?って焦っちゃって、じょうろを落としてしまった。

わたわたと拾い上げようとしたけどパニックになっちゃって、どこに転がったかを見失って周りを一心不乱に見渡した。

そんな惨めったらしい姿を晒した私を気の毒に思ったのか、あの人は杖の一振りでじょうろを浮かばせて、私の手元までに運んできた。

『ふふ、大丈夫?』

『あ、あっ……りがと、でも別に心配しなくったって、いい』

『そう?具合が悪いのなら隠しちゃダメだからね』

こんなの私らしくない。緊張で、バカみたいにもごもごと喋ってしまった。それなのに一言一言汲み取ってくれて、挙げ句の果てには体調を気に掛けられてしまった。

あの時私は逃げちゃったのに、それを気にせずに、それか、忘れちゃったか……いずれにせよ、あの人は柔らかな笑顔を見せてくれた。変わらない様子で接してきてくれた。

恥ずかしさから顔が火照ってく感覚って、こういう感じなんだ……


魔法薬学の授業にもあの人がいた。というか、同じ学年だからまあ確率は決して低くないよね。

今日はウィゲンウェルド薬の調合が課題で、私と同じテーブルに座ってたスリザリン生のオミニス・ゴーントは集中できてないのか、はたまた単純に目が見えないからか調合にかなり苦戦していた。

魔法薬学の授業は苦手。単純に覚えることが多いし、それにこのクラスにはあの悪名高いギャレス・ウィーズリーがいる。毎回新薬の調合に試みて、その度失敗して、床をべちゃべちゃにして授業を妨害して……やってらんない。

あ、あの人はどうやら保管庫に特別に入っても良いことになったみたい。まあ、普段は色んな生徒達が勝手に解錠して素材盗んでたりするけど……勿論私はそんなことしない。

あの人が保管庫に入ろうとした瞬間、あの赤毛──ギャレスが呼び止めてきた。良く聞こえなかったけど、どうやらあの人用のエデュラス薬の素材以外にもなにかをくすねてきて欲しい様子ね。

くだらない。あの人もあの人で困惑しつつなんやかんや流されちゃったし。本当あの赤毛は人を言いくるめるのが得意なんだから。そうだ、ちくっちゃおう……シャープ先生はもう気づいてたみたい。それならそれで良かったけど。

……フウーパーの羽根も盗ってきて……あーあ、ギャレスに渡しちゃった。お人好しにも程があるって、それ、れっきとした盗みだよ?

あー、アイツの新薬は案の定失敗してるしさ。いつもの光景なのに、なんかいつもよりイライラしちゃう。あの人は鍋から飛び散る花火に焦りながら楽しそうに見てたし、また子供っぽい笑顔をさらけ出しちゃってる。

授業を終えて教室を出ようとしたんだけど、あの人とギャレスがシャープ先生に呼び止められたのを聞いて思わず足を止めちゃった。

お叱りを受けたばかりなのに、二人とも反省してないみたいに顔を見合わせて、悪戯そうにくすっと笑ってる。

……ほんっと、どうしてこんなにも魅力的なのよ、あの転入生は!


最近あの人を見かけることが減った。同じ寮だからたまーに他愛ない世間話をする程度で、でも、それじゃ足りないの。

人伝に聞いた話によると、飛行訓練を受けてホグズミードで箒を購入してから殆ど城内に戻ってないのだとか。ポピー・スウィーティングと共にドラゴンを救い出したり、ナツァイ・オナイと闇の魔法使い達と戦ってたり、セバスチャン・サロウとオミニス・ゴーントと何か……怪しげなことをしていたりで各地を転々としてるって風の噂で聞いた。

そういえば、アミット・タッカーがあの人を見かける度眉をしかめながら肩を震わせてたけど、一体彼とは何をしたんだろう。

あーあ……あの人に一挙手一投足にドキドキして、あの人の声に溶かされそうになって、毎日が刺激的だった。

今こそ時折言葉を交わすことはできているけれども、だからこそ物足りなくて、心にぽっかり大きな穴が空いたような感覚が日々日々増していく。あの人とすれ違う度に虚しさが増してしまう。

だって、ただ単に話すだけなら私じゃなくても成立するんだもの。私じゃあの人の記憶に根強く残るような事をしてあげられない。


図書館で宿題を終わらせて、夕暮れ時の誰もいない談話室へ戻った。でも今日限りは誰もいないとはいえないみたいだった。

あの人がソファに力なく腰掛けていた。普段は無尽蔵の体力を疑う程に元気で明るくて、太陽みたいな存在だけど、やっぱり疲れちゃう事もあるんだなって思いながら、私は恐る恐る近づいて声をかけた。

『転入生』

自分でもビックリするくらいはっきりそう呼んだ。緊張も、また距離が離れてしまうかもしれないって恐怖も、どこにもなかった。

『ん……あ、君ってあの時じょうろを落とした子だよね』

『それはもう良いでしょ……!それより、その』

やばい、突発的に話しかけたから話題考えてない。一気に強がりが崩れて、また心臓がばくばく言い始めた。このままじゃまた気まずくなっちゃうじゃん。使えないな、私の脳みそは。

『君はこの時間に良くここに来るの?』

『んえっ、あっ、うん……一人は、落ち着くから……』

あの人の方から話題を切り出させてしまった。私、未だに友達ゼロ人な理由がわかった気がする。

『僕、行こうか?』

『えっあ!?良いよ、別に……!あなただって疲れてるんじゃないの』

『ばれちゃったか』

あの人は眉を八の字にしてくしゃっと笑った。普段の活力に溢れた笑みでもなくて、一人の臆病な女性を労る柔らかな笑みでもなくて、今の笑顔はなんの取り繕いもないものだ。

隣に座ってあの人の顔を改めて見た。小綺麗な顔はさほど重要じゃなくなってた。仮面の奥底に秘めた得も知れないなにか……あの人をあの人たらしめるもの。自己犠牲を誤魔化すために優しさを撒き散らした柔らかな心。それだけを今は見ていたかった。

『大変なのね』

『まあね、でも、大切な人達のためなら無理してでも、なんでも出来ちゃうような気がするんだ』

『……自分の事も大切にしたらどうなの。自分じゃわからないだろうけど、今にも倒れちゃいそうなくらい弱々しく見えてるのよ、今のあなたは』

うわ、私ってこんなに喋れたんだ。

『それなら、今僕はすっごく恥ずかしいところを見せちゃってるみたいだ』

『っ、そんなことない……だって、恥ずかしいところなんて誰にだってあるんだから』

『ふふ、わかってるつもりなんだけどな……僕は思っている以上に惨めな人なのかもしれないね』

『惨めってどういう意味?あなたは惨めなんかじゃないわ、皆あなたの事が大好きなのよ』

自分の事じゃない。今私は、あの人の事だけを案じている。怖いくらいに口から言葉が溢れだしてくる。私の気持ちをポロっと言ってしまうかもしれないくらいに、すらすらと何を言いたいかが思い浮かぶ。

『いつか僕の弱いところがばれちゃうかもしれないのが怖いんだ』

『……私にはもうばれてるのに』

私にはばれても良いのか、それくらい私という存在はちっぽけなのか。そんな文句を飲み込んで代わりにぼそっと呟いたそんな言葉に、あの人は何よりも暖かい声色でこう返した。

『僕は君の弱いところも、強いところも知っているからね、特別だよ』

……特別。

私が、ずーっとずっと、求めていた、全てにおいて凡庸か、それ以下か、そんな私が求めていたのは、何かの価値になることだった。

魔法に触れたばかりで全てが新鮮に見えて、探求心が人一倍に強くて、誰にでも優しく、だけど気を許した友達相手にはふざけたり悪いこともしちゃったり、苦労を知らなさそうに振る舞っているのに、心の奥底は疲れを溜めている、人間味に溢れるあの人の特別になりたい。なりたかった。

全てを平等に愛して止まないあの人の特別に。私が他の誰かの上に立ちたいから。

でも、私は強くない。

『……私以外にもいるの?』

『僕の弱くて惨めなところを知ってるのは、君以外にはいないよ』

違う。

こんなんじゃない。

……違う!頭ごなしに否定しないで、私のあるようでないプライド。

私だけが知っているんだ、私だけがあの人の……誰も知らない一面を、私だけが。

でも、私は、そういう感じでも満足しちゃうの?

もっとこう、暖かいものを求めていたんでしょ私は。こんなの、こんなの──二人で山奥に死体を埋めたみたいな、誰にも知られてはいけない秘密を共有しただけじゃない。

『ねえ、転入生』

『ん』

『暫く寝ましょうか、二人きりで』


どうせ、この気持ちをずっと抱えていたってロクでもない末路を迎えるんだろうなって事はわかりきってる。だから、ねえ、これ以上はなにも望まないから──あの人の脳の隅っこにでも存在させて。

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