片付けられない女、レイ

片付けられない女、レイ


「もうすぐレイさんの家ですよ」

「わかった」

 小さなモーター音が鳴り響く車内。運転席に座る軍人の男が、助手席に座るロゼにそう言う。車は閑静な住宅街を静かに走っていて、ロゼはその立ち並ぶ一軒家を見る。

 白や茶色を基調とした落ち着いた一軒家が立ち並び、その家々は全てそこそこ大きな庭を持っているようだった。いわゆる中流階級が背伸びをして買うような家か、上流階級が節約をして買う家か、というような様相だった。

 ロゼがそんな家々を眺めていると、軍人の男が会話を続ける。

「戦中の功績で報奨金が出たんだそうです」

「そうなのか」

 ロゼは漠然と闘争の果てに得るものはこういう物なのかと思った。そして、もし自分が勝っていたらどういう物を得たのだろうかと考えかけ、すぐにその思考を打ち切る。

 レイの家がもうすぐだったからだ。

 男の言葉から数分も立たないうちに車はとある家の前で止まる。その家は住宅街に立ち並ぶ他の家々とまったく変わらない、しいて言えば監視カメラが多いのが差異だった。

 男が門扉のインタホンを押す。キンコーンと品のいいチャイムが鳴って、マイクから『はーい。入ってください』と声がする。

 戦場で聞き慣れた、しかし戦場とは違って随分と落ち着いたレイの声。その声にロゼは少し胸が温かくなり、心が浮ついてしまう。

 男とロゼが門扉をくぐり玄関前に立つと、家の中からバタバタと音がして、その音が大きくなるとやがて鍵の開く音。

 そして扉が開き、ロゼは見てしまう。

「あっ」

 皴が寄ったタンクトップと半ズボン、それに髪をぼさぼさにしたレイの姿を。

 レイは男の顔と彼の服の紋章、次にロゼの顔をみて、やってしまったという顔になる。そして、ぼさぼさの髪を掻きながら、

「あー……。今日でしたっけ?」

 と作り笑いを浮かべるのだった。

「……」

 ロゼと男は閉口した。

 

 

「はい、受領しました。任務ご苦労様です」

「こちらこそ、英雄殿に一目会えて光栄です。それでは」

 玄関先で男とレイは端末を使ってロゼの引き渡しの書類をやり取りする。男は最初こそ驚愕の表情をしていたが、流石はエリート軍人すぐさま持ち直して至極真っ当に仕事をこなし、一切嫌味なく『光栄です』と言って見せた。

 二人が洗練された敬礼を交わしている間、ロゼは玄関から見える廊下とその奥の部屋の汚さを眺め続けていた。廊下には引っ越しの時の段ボールらしきものが未だに積みあがっている上に、見え隠れする部屋には膨らんだビニール袋が一つ見えていた。

 ロゼがぼうっとしていると、仕事を男が彼女に向き直る。

「ロゼさん。私とはここでお別れですが、何かありましたらレイ殿を通じてコンタクトをとってください。それでは、またいつか」

「こちらこそ送ってくれてありがとう。また、いつか」

 そして、彼はそう言うとお辞儀をして車に帰っていく。後に残されたのはだらしない格好のレイと、そんな彼女を白い目で見るロゼであった。

 車が発進するまで二人の間には沈黙が流れ、やがてレイが頭をボリボリ掻きながらロゼに向かって口を開く。

「家、片づけて良い?」

「もういい。上がらせてもらう」

 ロゼはレイの言葉を一刀両断し、家に上がる。廊下は先ほど見た通り引っ越しの時のまま開かれていない段ボールが並び、そこから繋がる居間にはインスタント食品が詰め込まれたゴミ袋が幾つも橋に寄せられていた。

「お前……お前……」

 ロゼは自身の少ない荷物を取り落とし、信じられないものを見たという視線でレイのことを見る。

 すると、レイは明後日の方向を向きながら言い訳を始める。

「だってまだ一週間も先だと思ってたもん……。そうじゃなきゃちゃんと片付けたよ」

 ロゼは多分しなかっただろうなと思い、ゴミ袋から視線を外す。インスタント食品以外にはバーベルや訓練用らしき閃刀の模造刀とプロテインの袋、映画とドラマのパッケージがテーブル床問わず散乱していた。

「はぁ……。こんな奴に私は助けられたのか……」

 ロゼが小さくそう独り言つと、レイは「あはは」と他人事のように笑う。ロゼはため息しか出なかったが、これから一緒に暮らす上で自分が家事をしないといけないということに覚悟を決め始める。

「もういい、掃除機は?」

 相応に壮絶な覚悟を決めたロゼがレイにそう問いかけると、レイは腕を組んで何やら思い出す仕草をし、「多分」と言いながら引っ越し用段ボールを見る。

「こっちでーす」

 そして、ロゼをとある引っ越し用段ボールへと誘のだった。

 先はまだまだ遠そうだ。ロゼはひたすらに大きなため息をつくしかなかった。

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