父と子と 2
「斉藤さん。硝太くんは感情や嘘を他人の仕草や声音で判断できます。彼が見抜けなかったところを見ると本心もあるのでしょうが…今の貴方を見るとあの言葉は嘘にも見える。
貴方の本心はどちらなんです?」
本心、か。
ただの探偵がやたら踏み込んでくる。
それだけ硝太を信頼していたからこそ許せないのかもしれない。
俺も不思議と誰かに話をしたい気分だ。別に良いだろう。この男は口が硬い。
硝太には漏らさないだろう。
「本心…それは俺が聞きたい…
だが良い機会だ。誰かに懺悔したい気分だ。聞いてくれるか?探偵さん」
「聞きましょう。依頼人からの願いですから」
探偵はそう言うと俺の隣に腰掛けで竿を下ろし始めた。釣りをしながら話を聞くつまりか。
…まあ釣り堀にずっと立たれるよりはマシか。
「じゃあ話すぞ。長くなる…
ミヤコと…妻とくっついたのは互いのビジネスのためだった。
互いの夢を現実にするには右腕かつサポーターが必要だった。あいつもあいつで自分の夢を実現するのに俺を必要としてくれた。
アイが来てくれたことで互いの夢が形になりつつあるのを語り合っていた時は幸せだったよ。
男女の愛はなかったが、親愛と信頼はあった」
あいつとはあの時点では肉体関係はなかった。
同じ家に居るが寝に帰るぐらいで、基本仕事のこれからに2人で頭を悩ましたり、考えたりするのが楽しかった。
「そんな俺たちの夢を結ぶかもしれない、義娘のアイは破滅的な行動を好む気があった。
周りからは破茶滅茶、とか天真爛漫、目立ちたがり屋…と捉えられていたが、俺は気が気じゃなかったよ。いつ終わりを迎えても良いような刹那的なところがあった。
当人が辞めたいなら辞めさせても良いとすら思ってもいたが、アイは辞めたい訳じゃ無かった。ただ境遇から来るものがあったんだろうな」
当人自信も気づいている様で気付いてない。そんな危うさ。俺たちはどうすべきか頭を悩ました。
ひとまずミヤコにヒアリングを頼んだ。アイはどうしてもやっかまれやすく、グループ内で嫌がらせを受けたりもしていた。
同性のミヤコなら信頼を寄せて悩みを吐き出しやすくなって、こちらも対策を立てられるんじゃ無いか?そんな期待もあった。
そしてミヤコのヒアリングから分かって来たことがあった。それは憧憬だった。
「アイはまともな家庭環境で育って来なかったからか、あいつは家族に強い憧れを抱いていた。
『戸籍上はミヤコさんはお母さんで、社長はお父さんなんだよね?家族らしいこと、て何だろ?私普通の家族知らないから憧れがあるんだよねー』
珍しく素のあいつなんじゃないか、て思ったよ。寂しそうに笑う姿、初めて見たからな。願いを叶えてやりたい、そう思った。
だが…俺はこの時に選択を間違えた。
俺がすべきだったのはアイの『父親』になることだった。
なのに、俺が考えたのは『アイのための家族を用意する』、だ。
親になる覚悟がまるでなかったんだよ俺は…
なのに、あいつの『心の支えになるような存在』、純真無垢な弟か妹が居たら
愛に飢えているアイはあいつが与えられる限りの愛情を注ぐだろう、てな。
親は偽物でも愛がある姉妹、姉弟は本物の家族の一形態だ。
そんなクソみたいな考えが頭にあったんだよ…クソみてぇな奴だろ?」
吐き出せるだけ吐き出した俺の過ち。硝太をこの世に誕生させた理由を隣の探偵に打ち明ける。軽蔑するなり、罵倒するなりを期待したが、何も言ってこなかった。
「なんか無いのか?罵倒される覚悟はあったんだがな」
「罵倒されたい人に罵倒してもただのご褒美でしょう?『俺』はしませんよ…
質問なのですが、奥様には気づかれなかったのですか?普通なら受け入れられないでしょうから」
「ミヤコには『アイのためにも本当の家族を作りたい』て言ったら『本当の家族になるの』て言われた。あいつは覚悟出来ていた。反対に…俺は出来ていなかった。」
そう。ミヤコは俺とは逆に「アイの姉」から「アイの母」になろうとしていた。
あいつは本当に優しくて強い。
俺は覚悟が半端なくせに子どもを作り、子どもへの罪悪を言い訳に父親らしいことを出来ず、向き合い方も半端なまま結局逃げた。
「結局冷徹にも人情家にもなりきれない半端者だ」
自嘲しタバコを一本ふかす。お気に入りの銘柄だがあまり味がしない。
「…硝太くんの名前はどちらが考えたんですか?」
「俺だ。綺麗な硝子細工を見つけてな。
硝子って割れやすいがどんな形にもなれる。綺麗にも汚くも…あいつの生き方次第だが、何でもなれるように、てな」
そしてこの硝子を綺麗なものにするように細工する。親としての決意表明をこっそり入れていた。
ミヤコは綺麗に細工したと思う。俺はただヒビを入れて割ってしまった。
あいつとは大違いだ。
「今からでも遅くない、と俺は思いますよ。貴方は悔いているなら今度こそ父らしいことをやれば良いと思います」
探偵は真っ直ぐこちらを見ながら言ってくる。
本人は慰めのつもりかもしれないが、綺麗事のようにしか感じない。
…だがそれもアイの葬式で泣く硝太を振り払って逃げたあの日から復讐を言い訳に楽な道を選び続けた男の僻みなのかもしれない。
「……わからねぇよ。だが…硝太を…ミヤコを…ルビーもアクアも…本当は守りたかった。復讐なんかさせたくなかった」
なにより
「あいつらの中にアイも入れて家族になりたかったよ…本当に」