爆ぜり、砕けよ、そして嗤え…あ、ムジカ吸う?
「…はあ」
自分が使う衝撃貝や音貝の世話をしつつ、ウタは溜息混じりに悩んでいた。
玩具から人の姿に戻り出来る様になった事、逆に出来なくなった事…色々あるものの、それでも一つ、大きな悩みの種があった。戦闘である。
人形だった頃も、ハンマーを振ったり布と綿の身体で反動がほぼない事を利用した衝撃貝、ウソップの射撃…決定打は難しいながらも小さな体を利用して周りのサポートに徹していた。
そして今、相棒のムジカには衝撃貝の役割を代わってもらっている。
そして人の身体を取り戻したウタに出来る事はウタウタの力でウタワールドに敵を取り込む無力化以外だと…人形時代からしていた武装色によるダンスの動きを取り入れた格闘に、聴く事に特化した見聞色を使ったサポート…フランキーに作ってもらったマイク兼槍の【ヒポグリフ】によるまだ荒削りな槍術。
そして、最終手段と言える魔王…【Tot Musica】の解放。完全に解放するのは未だに無理ではあるが、間違いなく自身が持てる最強であり、最恐カードだ。
…思いつく範囲ではこれくらいだろうか?きっと今のウタの思考を一味の者が知れば「頼りになるな」と思ってくれるし言ってくれる事だろう。元々は多才なポテンシャルをウタは持っていたのだ。
…そう、出来る事は増えた。だが、出来る事と、それにより敵を倒せる事はイコールにはならない。
人の身体の動かし方に慣れつつあっても人形だった期間の方が長かったブランクは命のやりとりをする戦場では正しく命を落とす要因になり得る。それは、ダメだ。
自分のこの命は、ルフィや一味の皆が繋ぎそして取り戻してくれたものだ。
人はいずれ…と理解していても、今、呆気なく散らせるのは違う。だが、どうすれば皆の為に戦い、生き延びられるか…自分の一番の武器は何か……例え自身がデメリットと思っているものだって使いようの筈だと考え続ける。
今までの戦いで、仲間達のそれらを見て印象的だったものなどを参考に出来ないかと思い返しつつ…ある事を思いついた。
「……もしかしたら」
卓上の空論でしかない。だが、もし可能だったならば…確かに自分が持ち得る武器の中では強力な部類になる筈だとウタは早速目の前にある貝の一つを手に取った。
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ワノ国。鬼ヶ島への討ち入り、一味の最古参であるウタは、念願の一味入りを果たしたジンベエと共にフーズ・フーとその部下達との戦闘を行っていた。正しくいえば、ここはジンベエに任せてウタは別のところの援護へ向かおうとしたがそれをフーズ・フーが許さなかった。
シャンクスに因縁があるのは伝わったが、赤髪海賊団の音楽家として一度は死んでいるウタからすればとばっちりも良いところなのだが、フーズ・フーからすればそうはいかない。
必ず目の前にいる《赤髪の娘》である自分を仕留めてその首を取ってやると言わんばかりだった。お陰で遠慮のない攻撃が続いてウタは防戦一方になっていた。
当たり前だ。上手く身体を動かせないウタと、CPとして六式などの技を持つ身体能力に優れたゾオン系能力者…肉弾戦で叶う方が難しい。歌う暇もなく襲いくる技を転がる様に避け、槍で往なしたり、武装色で防御をするのが精一杯だった。
ジンベエも旗色が悪い事に気付いて援護をしたいが予想以上にフーズ・フーの部下が多いししぶとい。マズイと、口元を歪めてしまうのは仕方のない事だった。
…そして
「あぅっ…ぐ、う……!」
「ウタ!?」
「動くんじゃねえ」
槍を弾かれ、気が一瞬逸れたのがいけなかった。首を掴まれ持ち上げられるウタに駆け寄ろうとするジンベエだったがフーズ・フーの言葉に止まる他ない。
「…無様だなあ?人に戻れても足引っ張る事しか出来ないなんてよ」
「フーッ…フーッ…」
声は出せる。だが、飛んだヒポグリフを呼び戻す程の声量は難しく、歌おうとすれば容赦なくサーバルタイガーの爪で首を裂かれるのが見えていた。
悔しい。言い返したいのに…
だけど、まだ…まだだ。
「安心しろよ、テメエの首はまず麦わらに見せつけてから、その後いつか必ずあの赤髪のシャンクスに投げつけてやるよ…パパと再会出来て嬉しいだろ?なあ?」
「…さ、ぃ…てえ…ッ、だね…」
「そうでもねえさ、あんな地獄を味わったんだ。それに対して返すもん返そうってだけだ……」
「…ふ、ふふ……そう…」
「?」
何故、この局面でこの小娘は笑う?フーズ・フーは気味が悪かった。
何故絶望した顔にならない。死を恐れて命乞いもしない?
「…悔しいだろ?もうどうしようもないって絶望しねえのか?死ぬぜ?」
「…あ、なた相手に…から、だで…勝てるとは、ハナから、おもっ、てない…!」
その時
「ムー!」
「ああ?!」
「だから、助かった…」
敵の隙間を縫う様に駆け抜け、ウタの元へと飛びつくムジカ人形…そして
「あな、たがッ…身体面(フィジカル)で、勝負をッ…!仕掛けてくれて…!」
必ず自分を捕まえる。その時ならば絶対にこの攻撃は外れない。
自分の土俵に…精神面(メンタル)での戦いに引っ張り込めるなら、勝機があると踏んでいたウタは、ムジカと、不気味に変色した様な色合いの衝撃貝を持つ右手をフーズ・フーへと構える。
彼女の白い髪に普段隠れている左眼から赤い十字の光がもれ出す。何か仕掛ける。そう分かってサッサと仕留めようとしたフーズ・フーだったがしかし…
ドクンッ
「!?」
その眼からか、まるで覇王色の覇気の様な…しかし禍々しい何かが放出され、一瞬、動きが止まってしまう。
その瞬間だけでよかった。
「塵呪文貝《ゴスペルダイアル》……3/4…!!」
ムジカがウタに手渡した何かと共に影の様に変異し、まるで龍の顎の様なものをウタは右手に纏いそして黒い衝撃波に見えるものを放出した。
瞬間、フーズ・フーの心は折れた。
否、折れねなお、深い闇と絶望に沈み続ける幻覚に陥った…折れてなお砕かれ続け、踏み躙られ、嘲られ、消える。それを延々と繰り返す感覚だった。
それは、幼かったあの日からずっと続いたウタの地獄。その際に発生した負の感情全てを凝縮したもの。今回は今までの人生…それの4分の3程…9年分をぶつけた。
ただの9年ではない。眠る事も出来なかったウタの9年は本来の人が体感するものよりもずっとずっと長い。それを、ウタが途中で得た楽しいや嬉しい。希望的感情がないままならば当然ながら人は廃人になってもおかしくない負の激流に飲まれる。
そんなモノを、ムジカと、そしてもうヒビが入った貝を使いぶつける。
これは、そういう技だった。
ガクリ、と膝を折り、身体から力が抜けてウタを落とす。慌ててジンベエがそれを受け止めた。礼を短めに言うウタは降りて、フーズ・フーの方へと歩く。技の残滓か、黒い羽の様なものが舞っていた。
「ご、ぁ…あ……」
「…は、はは」
「ウタ…?」
倒れ伏すフーズ・フー。恐らく、立てないだろう。立ち上がる気力がないだろう。
そうだ、それが絶望だ。
自分が受けた地獄だ。
そしてウタは…今まで蓄積した負の感情の多くをぶつけた今……
「あはっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ただ、愉しかった。ただ、嬉しかった。
ただ、愉快だった。ただ、愉悦だった。
それが今、自分の中を占める感情だったから。ウタは壊れた玩具の様に笑った。
笑った、咲った、破顔った。
微笑って、嗤った。
左目からは未だに赤い光をうっすらともらしたまま、黒い羽が舞う中、自身も踊る様に、倒した敵を見て嗤うその姿にフーズ・フーの部下達のうち一人が零した。
「ま、魔王……」
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「ウタ!しっかりせい!」
「アハハハハ!!勝ったよジンベエ、私勝てたアハハ!!ふふ、フフフフ!あはははははは!!」
仲間の異様な状態に、慌ててジンベエはウタの肩を掴み正気に戻れと語りかけるが、本人は歪に笑い続ける。
その眼にはもう赤い光はないが、本来持つ光もない様に見えた。
「一体どうしたというんじゃお主…!」
「…ムー」
「ぬ、ムジカお主何か…!」
「…ムッ」
「ムグッ……!?」
すると、トテトテと歩み寄ってきたムジカに気付いたジンベエが何か出来る事はと聞く前に、ピョーンと高く飛び上がり、ウタの顔に飛びついた。
「え…え?!」
「ムー、ムー…ムム」ナデナデ
「……」ギュウ
状況が理解出来ないジンベエを置き去りに顔に張り付いたムジカがフワフワの手でウタの頭を撫でる。宥める様にそれを続けていると、ウタの方も、ムジカを抱きしめて静かになってしまった。
残った僅かな敵さえ、これ手出しをしていいのか?と小さなパニックになっていたので問題なかったのが幸いだった。
そして仕事はしたと言わんばかりにムジカが離れると
「う!?」
「……」
今度は表情がごっそり抜けていた為あの人形何したとジンベエは尋問してやろうと思った、が
「…ハッ!!あぶなッ!?あ、ごめんジンベエ。もう大丈夫!」
「…ウタ?」
まるで夢から覚めた寝起きの様に、バッと覚醒したウタはいつも通りの態度で話し始めた。心配をするジンベエに大丈夫!本当に大丈夫!!と繰り返すが、アレは絶対大丈夫と言える代物ではなかった。しかし今この場で話続けるのも意味は無さそうだとこの場に限ってジンベエは矛を収めた。
「説教は後じゃ…ひとまず此処を切り抜けるぞ」
「え、どうしようすごい嫌だ」
「言っとくが他の者にも報告するからの?しっかり怒られるんじゃ」
「やだァァァァアア!!」
勝てたのに嬉しくない!とやや自業自得なウタの絶叫が、鬼ヶ島に響いた。