燻り

燻り



スリ、と皮膚の擦れる音がしたのかもしれない。絡めている手は、節々に硬さを感じて、闘う男の手だとよく分かった。たまにぶつかる塞がれた傷跡がザリザリとしてくすぐったい。なぜか今、おれはルフィと隣り合わせで手を握っていた。

昼食の後、ひと眠りしようと欠伸をしたとき「手を触らせてほしい」と言われたのが始まりだった。生憎、そよ風や青空が心地いい、運が良いのか敵船や嵐も来そうにない。例えるなら、昼寝日和と言いたくなるような、そんな緊張感のない空間だった。

時折、強く握ってくる手を握り返せば目を輝かせ嬉しそうにする。そんな表情に思わずときめいてしまう。もしかして自分はチョロいのではないのかと一抹の不安がよぎった。そんなおれの思いも他所に、ルフィは手指を絡ませ続ける。しばらくすると満足したのか、今度は手のひらを合わせてきた。大きさを確かめるように重ねたり離したりして遊んでいる。合わせていた手の指は滑り、おれの手首を中指と親指でキュ、と掴んだ。

「ッ」

急な締め付けに僅かに体が強張る。しかし、ルフィは気づかず人差し指で手のひらを撫でた。そのまま爪を立てないようにゆっくりと全体をなぞられていく。触れたところから、チリチリと熱が帯びて落ち着かない。息を詰まらせれば、次は指の間を探られた。くすぐったさに思わず手を引きそうになるが、逃さないと言うかのようにおれの指の間に自分の指を差し込む。ゆっくりと指を絡ませる動きが、脳裏に夜中の情事の記憶を掠める。

(なんだこれ)

沸々と湧く熱に浮かされそうになりながらも、どうにか理性を保つ。ふいに、ルフィの手が離れた。飽きたのかと、安心したのも束の間、今度は手の甲に重ねてきた。重ねられた俺の手は、重みに従い甲板の上に落ちる。日光を浴びた芝生は暖かいが、それよりも重なった手のほうが熱かった。

骨張った関節を撫でる手つきがらしくない。言ってしまえば、少年のような気性にしては、随分妖しい触り方だった。緊張したのか、甲に浮かんだ血管をなぞられ、そのまま手首を指が通り過ぎた。指が離れたかと思えば、今度は手の甲を擦り付ける。離そうにも、なぜか体は金縛りにでもあったかのように動かなかった。

それに気づいたのか、それともおれが何も言わないのを良いことにしたのか、おれの手をひっくり返し、再び手のひらを撫でた。その度にゾクゾクとしたものが背中を走り抜けていった。

おかしい、手を触れられているだけの筈なのに、手やら顔やらに熱が帯びるばかりである。再び、指の間にルフィが自分の指を押し込もうとした瞬間、とうとうおれは声をあげた。

「ルフィッ……」

「ん〜?」

震えた声で名前を呼んだおれに対し、ルフィは間伸びした返事を返す。

「それ、やめろ」

振り絞った声は、やはり震えていた。しかしルフィは手の動きを止める気配は無い。それどころか口角を上げながら、おれの手を半分包み込むようにして握った。

「いやだ」

「ンでだよ……ッ」

「だってゾロさァ」

包み込んだ手の指で、おれの手指を弄びながら耳元に顔を近づけた。

「手ェ触ってると顔、赤くなっておもしれェんだもん」

そう言われた瞬間、まるで火でもついたかのように、体が熱くなった。自分の今の表情を伝えてきた声は、昨夜おれに囁いてきた声そのままだったのだ。

あつい、どこもかしこも熱くて仕方がない。ジワジワと体を蝕む熱が気持ち悪い、それなのに熱の元凶は笑うばかりだ。

「ル、フィ」

名前を呼べば、嬉しそうにルフィは目を細めた。


あァ、どうやらおれは今夜もまた熱に浮かされるらしい。

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