熱に灼かれて、眠れない

熱に灼かれて、眠れない



 ──私はハレのことが好きだ。友愛じゃなく、恋愛的な意味で。


 好きになった理由に、劇的な切っ掛けとかは無い。

 幼馴染を好きになるってそういうものだと思うし、劇的な切っ掛けは無くたって、私がハレを好きな理由は幾らでも並べられる。


 子供っぽさの失われない、屈託の無い笑顔が好き。

 ノリが良くて、とにかく揶揄い甲斐のある可愛らしさが好き。

 猫舌な私を気遣って、淹れたコーヒーを冷ましておいてくれるのが好き。

 困っている人が居ればすぐ駆け付けて、助けになろうとする頼り強さが好き。

 珍しく物思いに耽っている時もあって、そんな哀愁漂う背中も不思議と好き。


 好き。好き。大好き。

 女同士とか関係ない。私はハレのことが好きだ。ハレ以外は、考えられない。


 ……でも、そんな想いは押し殺さなければならない。

 理由は単純。……女同士だから。

 こんな想いを素直に伝えてしまったら、ハレから気持ち悪がられるかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。そうなったら、私は耐えられない。



 いっそ、ハレが男だったら。……そんなことを思ってしまう時もあった。


 私がそう思わなくたって、ハレには妙に男っぽいところがある。

 誰かが重い物を持っていると、必ず飛んで行って手を貸そうとするところとか。

 時には低い声と強気な口調で、ハッキリと意思表示をしてみせるところとか。

 そういうハレの姿を目にすると、同年代の男性と交流した経験なんて碌に無い私は簡単にドキッとさせられてしまう。


 だけど、それを口に出して言ったことはない。

 だって、私たちは御巫だ。オオヒメ様へ奉納するための神楽を舞う女たちだ。

 そんな御巫に向かって、言うに事を欠いて「男らしい」だなんて……暴言だと受け取られるかもしれない。少なくとも、面と向かって言えるようなものじゃない。


 ……それに。そもそもハレが本当に男だったなら、私たちは一緒に御巫として在ることもできていない。

 恋仲にはなれなくたって、私とハレには契りがある。一緒に立派な御巫になるんだっていう、大切な大切な契りが。


 その契りさえあれば、私たちは一緒に居られる。だから、この“好き”は押し殺す。

 私たちの関係は、このままで良い。このままが良い──


 ──そう、思っていたのに。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 地面を夕闇が染めるような、黄昏の時刻になる。

 もうじき、今日の修練が終わってしまう頃だ。


(……あと、もう少し。せっかくコツを掴んできて、後は反復あるのみなのに)


 これ以上に夕闇が濃くなると、私の水鏡にも陰りが生まれてしまう。

 時間は大切に使い切らなきゃダメ。私は舞踏の練習を続ける。


 もっともっと、華麗に舞えるようになってやる。

 私が一番、ハレが二番。この里で、歴代で、私たちが最高の御巫に──


(──あ。ハレも、まだ踊ってる)


 作り出した水鏡の端に、別の場所で一心不乱に舞うハレの背中が映った。


 その力強い剣舞は、うねる業火の如し。激しく照る烈日。揺らめき踊る陽炎。

 ……なんて、多くの人たちはハレの舞う神楽をそんな風に例える。


 そういう例えも間違ってはいない。

 けど、それ以外にも私にはもう一つ、ハレの舞を見て想起する物があった。


 ──花火。


 ネズミ花火、なんて洒落が言いたいワケじゃない。いや、ちょっと言いたいけど。

 ……それはまるで、暗い夜をも鮮やかに彩る魔法のような。

 強く、眩く、輝くからこそ、その後には綺麗サッパリと消えてしまうような……


(……あれ。どうして今、私)


 ハレが、私の前から消えて居なくなるだなんて、ありえない想像したんだろ。



「──ニニっ!!」



 自分が素っ転んだことに気付いたのは、私を呼ぶハレの大声が聞こえた後だった。


「いっ……つぅ~……」


 難度が高い舞の最中に雑念が生まれてしまったのだから、そりゃ転ぶ。

 足首を捻るような事態にはならなかったけど、派手に膝を擦り剝いてしまった。


「ニニ! 大丈夫かっ!?」


「大丈夫よ、擦り剝いただけ……」


 怪我は痛いし、今日はもう踊れそうにないけど、不思議と冷静だ。

 だって、私より大慌てな様子のハレが飛んで来たから。

 ついさっきまで脇目も振らず真剣に踊ってたはずなのに、転んだ私に誰よりも早く気付けたのは、どうしてなんだろう。

 もしかして、ハレも私のこと普段からチラチラ見てたとか──


「だけ、って……傷口けっこうデカいじゃんか! 早く帰って、手当しよう!」


 ──と、ここで私の考え事は強制終了してしまう。


 何故って、いきなりハレに抱き上げられてしまったから。

 横抱き、と言うか……お姫様抱っこ、ってやつだよね。コレ。


「フゥリちゃん! アタシ、ニニを連れて帰らなきゃいけないから! ゴメンだけど今日の片付け当番、代わってくれないかな!?」


「いいですよ~! ニニさんのこと、お願いしますね~!」


「ありがとう! 今度、麓の町で餡蜜でも奢るよ!」


 そう言って、ハレは私を抱えながら走り出す。

 今まさにフゥリと聞き捨てならない約束を取り付けていたような気がするけれど、そんなことにも考えが回らないくらい──私の頭の中は一杯になってしまった。



(……ハレの体って、こんなに逞しかったの?)



 まず最初に意識してしまったのは、私をヒョイと抱き上げてみせた腕。

 剣を振るって鍛えられたハレの腕はしなやかな筋肉に覆われていて、単なる女子の細腕とは明らかに違う。


 次に強く感じたのは、熱い程の体温。

 さっきまで神楽の修練をしていたんだから体が温まっているのは当然だけれど……それにしても、人肌ってこんなに熱く感じるものだっけ。なんだか、私まで火照ってきたような気になる。


 最後に気になったのが、胸元。

 脂肪の柔らかさよりも先に、がっしりとした筋肉の硬質さが伝わってくる。生意気にも最近育ってきてるなぁとは思っていたけど、まさか筋肉の成長だったなんて……ハレと私で、こんなに成長の仕方が違うなんて。


(知らなかったな……だってハレ、あんまり人とスキンシップとるタイプじゃないんだもの。それに意外と恥ずかしがり屋だし)


 お互いに幼い頃は、もっと些細なことで互いに肩を組んだり抱き合ったりした記憶があるのに。

 今のハレは、他人と一緒の場所で着替えを行うことにも難色を示すほどで。そんなスキンシップも、せいぜいが手を繋ぐ程度になっていた。


 私にぐらい、もう少し気を許しても良いのに。私だって、ハレになら──


「──ニニ、本当に平気!? なんかボーっとしてるけど、やっぱり膝の傷ヤバい!? あっ、それともアタシが汗臭いとか!?」


「えっ……へ、平気よ。私はただ……ハレの体付きが逞しいなって……」


「ッ! ……そ、そうかなぁ~! アタシの舞って意外と筋力が要るし、これぐらいが普通だと思ってるんだけどなぁ~っ!」


 ……マズい。ボーっとしてたせいで、思ったことがそのまま口に出てしまった。

 体付きのことを言われて、一瞬だけど、ハレは怖がるような顔になった気がする。

 もしかすると、ハレはそういうことを他人に言われたくないのかもしれない。


「ご、ごめん。ちょっと無神経だったかも……」


「いやいや、そんなの気にしないでよ! それに、こういう体で良かったこともあるからさ……今みたいに、ニニの力になれる時とか!」


 ──でも、ハレは優しいから。

 私が要らない心配をすれば、こうやってすぐに安心させてくれる。抱き上げられた直後のようなドキドキとは違う、ポカポカとしたハレの熱が私を包んでくれる。

 やっぱり気のせいだってことにしておこうかな。そんなハレが、私の前から消えて居なくなるだなんて。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「──よし。これでオッケーかな」


「ん……ありがとね、ハレ」


 ハレに抱えられたまま、私の家に到着して。傷口の砂や泥を流水で洗い流したら、私の部屋で傷薬を塗って、被覆材を当てて。

 明日ぐらいは休んでおくべきかもしれないけど、とりあえずはハレの助けもあって怪我の処置は完了した。


「どういたしまして、傷の深さが言う程じゃなくて何よりだよ。一応、お風呂に入る時とかは気を付けてね?」


 それだけ言い残してハレは立ち上がり、私の部屋から出ていこうとする。

 その背中を見て──つい、私は言ってしまった。


「……ねぇ、ハレ。今日は泊っていかない?」


「えっ? ……な、なんて?」


 驚いて、ハレは訊き返してくる。

 確かにビックリするわよね。最後にお泊りなんてしたの、何年前だったかな。


「だから、お泊りのお誘いよ。いいでしょう? 怪我した幼馴染を労わると思って。ハレが手伝ってくれればお風呂も楽できるし、うちの親もハレのためなら夕飯は豪勢にしてくれると思うわ。久々に、あえて一緒の布団で寝るのもいいわね」


 懐かしい。幼い頃は片方の家に泊まって一つの布団で寝るなんて当たり前だったし、ハレは腰のタオル外さないタイプだったけど、お風呂も一緒に入ったりした。

 久しぶりに誘うためのちょうど良い口実ができたのは、まさに怪我の功名ってやつだ。そう思った……けれども。


「ごッ──ゴメン! アタシ、今夜は家で手伝わなきゃいけない事あるからさっ!」


「──そっか。それじゃあ仕方ないわね」


 やっぱり、断られてしまった。


 思い返せば、一緒に寝ることがなくなったのも、ハレの変化によるものだった。

 ある時からハレは必ず私より先に起きるようになって。お泊りの誘いもハレは断ることがほとんどになって。


 だから正直、理由が本当であれ嘘であれ、なんとなく断られるのはわかってた。

 お互い、もう子供じゃないものね。女の子同士でも、流石に恥ずかしいものね。

 わかってた……けど。やっぱり、ちょっと寂しいな。


「私の方こそ悪いわね、引き留めちゃって。私の怪我は心配ないから、ハレは──」


「──なぁ、ニニ」


 もう行っていい、そう言おうとしたのに。今度は、ハレの方から呼び止められる。


「お泊り、今でも誘ってくれるの……嬉しかったよ。オッケーは言えないけどさ……それでもアタシ、嬉しかった」


 もしかして私、寂しいって顔に出ちゃってたのかな。

 妙に真剣な表情をしたハレが、私の目の前まで戻って来て。


「だから……だからさ、ニニ」


 私の背中に手を回して、密着しない程度に軽く抱き合うような体勢になって。

 その顔を、私の耳元に近づけて──



「──そういうの、“オレ”以外にやっちゃダメだからな」


「~~~~~~!?♥?!?♥?♥♥」



 その低く重い声で、耳が溶けてしまった気がした。

 お腹の奥が熱い。そこからジワジワと熱が広がって、全身が火照っていく。

 落ち着かないと。息……息、してる? 今の私、ちゃんと息、できてる?


「……な~んてなっ。ビックリした? 普段アタシを揶揄ってる分の仕返しだよ」


 私が一言も発せずにいる間に、ハレはおどけたような態度で私から離れて。


「そんじゃ、アタシ帰るからな! ちゃんと休めよ? 明日の朝にも様子、見に来るからさ!」


 そう言い残して、そそくさと部屋から去っていってしまう。

 後に残されたのは、とうとうその場にへたり込んでしまった、私が一人。



「……はぁ……はぁ、はぁ……!」


 バカ。バカ。ハレの大バカ。

 私、まだ夕飯とお風呂があるのに。これじゃ、もう、何も手に付かない。


「はぁ、はぁ……ハレっ……!」


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 ちゃんと休めって言われたのに。明日にもハレが様子を見に来てくれるのに。



 私たちの関係はこのままが良いって、そう思っていたのに。

 例え冗談でも、あんなこと言われてしまったら、私──


「ハレ、ハレ……好きっ……大好き、ハレぇ……!」


 ──今夜はもう、眠れる気がしない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「はあ~……やっちまったぁ……アタシの中のオレが憎い……」


「明日のアタシ、どんな顔して見舞いに行けばいいんだよ……冷静になってドン引きされてたら死ねるんだけど……」


「お泊り、って聞いただけでも変な妄想しちゃうんだからなぁオレは……こんなんでオッケー出せるワケないっての……」


「…………」


「ニニの体、柔らかかったな……いい匂いもした……」


「……うわっ、我ながら興奮し過ぎでしょ……静まってくれるかなコレ」


「……ダメだなぁ。今日はもう、眠れそうにないや」


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