焼肉屋=
夕焼けの迫る頃、本来ならば仕事終わりの時間。人もまばらになってくる何時もとは裏腹に、今夜のガレーラカンパニーは騒がしい。
「あの船は今までで一番の出来だ!そうだろう!?」
「ああそうさ!なんてったって、ガレーラの文字通り全員が造り上げた船だからなァ!!」
即席の椅子に腰掛け、各々が酒を酌み交わす。円を描くように配置されたいくつものバーベキューセットに山盛りの肉と野菜は尊敬する社長の差し入れ、酒と肴はそれぞれが持ち寄ったとびきりのものである。
ここしばらくで最も大きな仕事が完遂された打ち上げであった。依頼内容は船を一隻造ること。しかしただの船ではない。世界に類を見ないほどの遊覧豪華客船だ。この偉大なる航路を何不自由なく渡れる程の頑強さと安全性、そして豪奢な装飾に加え快適性。どれもこれも高性能であることが求められた。
ガレーラ以外には出来まいという顧客の信頼に全力で応えるために造船所の全員が駆り出されたのだ。
それは誰も例外ではなく、中盤からグロッキーと化していた職長達は猫の手も借りたいとばかりに最近来た服部ヒョウ太の首根っこを引っ掴んで、新米の雑用であるというのにこき使ったくらいである。
「お前もお疲れ様な!ほら食え!」
「ヒョウ太ァ!食べてるかー!」
潰れかけながらもなんやかんや最後まで仕事をこなした最年少の雑用を労るように船大工たちは話しかけ、ついでにひょいひょいと焼けた肉を紙皿に載せていく。
「ちゃんと食べてるよ!だ、だからもう肉は乗せなくっていいからね~!?」
先輩方からの絡み酒を受けながらも、少年はむぐむぐと肉を頬張る。それを見ながら近くに座るパウリーがからからと笑った。
「オッサン達は若者に食わせたがるんだよ、いいから遠慮しねェで食えって」
「そうじゃぞ~!わしらもまだ若いが、未成年には敵わんて!」
カクが酒瓶を傾けながら野次る。その横でカリファがにこりと微笑んだ。
「本当によく働いてくれたわ、流石は別世界のとはいえルッチね」
───今の台詞から分かる通り。服部ヒョウ太は自らの事情を話している。異世界から来てしまったこと、帰り方も分からないこと、そして自身が別の世界のロブ・ルッチであること。どれも妄言であると切り捨てられてもおかしくないような事なのに、『グランドラインならばそういうこともあるのだろう』と満場一致であっさり受け入れられたのはヒョウ太にとって嬉しい想定外だった。
とはいえ同じ人間が二人に増えたと大々的に知らせてしまえば混乱を招くことになるのは目に見えている。その為事実を知っているのはガレーラの社長であるアイスバーグとその秘書カリファ、そして五人の職長のみである。
「ふふ、貴方はこちらでも優秀な社員としてやっていけそうだわ」
「こっちのルッチより可愛げあるし、なにより自分で喋るしな!」
「なんだ、このルッチじゃ不満か?ぽっぽー。可愛げとやらに関しては否定はしないがな」
カリファとパウリーのからかいに、ハットリが身振り手振りで返す。此方の自分の奇妙な喋り方にはもう慣れた。最初こそは驚愕が抑えられずに硬直したものの、今ではそういうものなのだと感情の揺れ動きなく見ることが出来る。
「からかわないでよってどわァッ!?」
……まあそれは、あちらにして見ても同じことらしいが。
服部ヒョウ太。生徒会長ロブ・ルッチの数ある変装レパートリーの内の一つ。ガレーラの一部に対し全ての事情を話しこそすれ、今の自分が演技によって形作られていることは伝えていない。つまりはこれが素、異世界のロブ・ルッチはこういう人間なのだと認識してもらっているのだ。
勿論本当の自分とはかけ離れているのだから、こちらのルッチが違和感を覚えるのは当然であると言える。最初の方はヒョウ太を視界に入れる度に一瞬硬直していた彼も、今では同じように慣れたらしい。
現に今、ドジって取り落としかけた皿を彼が受け止めてくれていたりするのだから。
「このドジが!気を付けろよ、フルッフー」
「……あ、ありがとう!助かったァ~」
突き出された皿を受け取り、冷や汗を拭いながら礼を言う。何時の間にか隣に来ていたルッチはブランデーをカップに注ぎ始めた。
「まったく、あまりヒョウ太をいじめるんじゃないっポー」
「なんじゃ保護者面しおって、イジっとったのはお前もじゃろ。……しかし並んで見ると似とるのォ、いやまあ同じなんじゃが」
カクの言いたいことは何となく分かる。顔のパーツは全く同じ、だが表情が別物なので受ける印象はかなり違うのだ。ヒョウ太は普段へらへらとした笑顔を浮かべることが多く、ルッチのそれは無に近い。パッと見は別人である。
「ぬははァ、ぼくはこっちのぼくみたいにカッコ良くはなれないよ~」
「ルッチだってヒョウ太のような底抜けのアホ……いや、明るさは持ってないからな、ポポッ」
言いながらヒョウ太はちらとルッチを見る。同じようにこちらに視線だけ向けたルッチと目が合った。
思うことは同じである。
────白々しいんだよお前ッ!!!
分かっている。自分だからこそ分かっている。
ハットリで腹話術するような変人も、可愛げのあるドジっ子も、どちらも演技に他ならないと互いだけが知っている。どちらにもバラされたくない事情があると結託して、というか一度話し合い(脅し合い)が行われた結果の現状なのだ。正直吹き出しかねない。
ヒョウ太は不意に笑っても怪しまれないキャラ作りであるが、自分では話さない寡黙なルッチはそうはいかない。互い互いにサポートし、時に牽制し合う様はシュールの一言であった。
そんな水面下の火花に気付かず、酒の席の雑談は進む。
「しかしバーベキューってのは久しぶりだなァ、カクが職長に就任した時以来か?」
「む、そんなに経っとったのか。通りで懐かしさすらあるわけじゃ!」
「懐かしいって……そう何年も経っていないでしょう」
和気あいあいと交わされる会話に、ヒョウ太はふと自分の友人たちを重ねてしまう。ただでさえ見た目から声まで同じなのだから仕方のないことだ、と目を伏せた。
嫌でも憂鬱に偏る思考を逸らすため、脳内で軽い逃避に走る。
少し前にもこんな風に肉を食べながら談笑していたな、パウリーを呼び込んだ時のスパンダム先生の顔は傑作だった。なんという店だったか……少し考えて、思い出した。
「エニエスロビー、また行きたいな」
ゴッファ、と噴き出す音が複数。虚ろを見ていたヒョウ太の意識は現実に引き戻された。
「エニ、おま、聞き間違いか……!?」
「いや確かにエニエスロビーと、ヒョウ太おぬしどういう……?」
「また……?またって何なの……?行ったことがあるの貴方???」
「…………!?」
四人全員の視線がヒョウ太に向けられている。
驚愕、困惑、懐疑?何故こんな反応をされているのか分からずヒョウ太は戸惑う。
「え、ど、どうしたの皆……?」
「どうしたもこうしたも、」「ンマー、どうしたお前ら、穏やかじゃないな?」
パウリーの背後から声が掛けられる。アイスバーグだ。どうやらテーブルを順繰りに回っているらしかったが、おかしな雰囲気を感じ取って来たようである。
「あ、アイスバーグさん!……それが、ヒョウ太がエニエスロビーにまた行きたいだとか言ってて……」
パウリーが未だ混乱冷めやらぬ調子で自分の社長へと報告する。その言葉にぐ、とアイスバーグは眉を顰め、ヒョウ太の真向かいに座り本格的に話を聞く姿勢となった。
「ヒョウ太、どういう事だ?エニエスロビーとどんな関係がある」
「か、関係?」
至極真面目な表情で問い詰められた当の本人は、その意味を理解出来ていない。
「関係っていっても、一回客になったくらい、で……?」
何をそんなに危惧しているのか、もしやあの焼肉屋はあくどい商売でもしているのか?なんて考えが頭を過ぎる。
「客?……お前はただの学生だと言っていたのにか」
「そりゃただの学生です、よ?」
ただの学生だって焼肉くらい行くだろう、なんだと思っているのか。もしやここにいる全員、ヒョウ太に焼肉に一緒に行くような交友関係がないとでも思っているのだろうか。
ならば心外である。友人がいないのはヒョウ太ではなくスパンダム先生だ。
「ちゃんと友達と一緒に行きましたよ?あっちのカクくんとカリファちゃんもいましたし、途中からパウリーくんとルルくん、タイルストンくんも来ましたし……」
「エニエスロビーに友達連れで!?」
「途中ってなんじゃ…………?」
反応を見るに違ったらしい。じゃあなんだ、あの焼肉屋って知らないだけでぼっち御用達の店だったのか?
「……はァ」
ゴッ!!!と鈍い音が鳴る。
「ッッッいだぁっ~~!?」
酷くなる混乱を見兼ねてか。
真っ先に冷静になったのだろうルッチがヒョウ太に拳を振り下ろしたのだ。
「おいヒョウ太。お前はルッチだから、ルッチには何となく分かるぞ、ポッポー。お前の思うエニエスロビーが何か、言ってみろ」
自分の鏡のような顔に浮かぶのは呆れ。促されるままに口を開く。
「や、焼肉屋、だけど…………?」
「「「「……焼肉屋ァ!?!?!?」」」」
政府の島、司法の塔を冠するエニエスロビーが別世界では焼肉屋であるという事実。
酷く馬鹿げたすれ違いに気付いた異口同音の大合唱が、夜のガレーラに響き渡った。