無題3
頬を上気させ、吐精後のけだるい疲労感に息を弾ませる子供を見下ろしながら、日車は性器の根本に手を添える。
くたりと垂れた『それ』に、迷わず舌を這わせた。不思議と、嫌悪感はなかった。
カリ首をチロチロと舐めながら、敏感な先端を軽く吸い上げ、口の中へ迎え入れる。
「待、〜〜〜〜ッ!」
虎杖の喉が反るのを視界の端で捉えながら、舌で裏筋を包むようにして唾液をまぶした。竿を唇で包み、ゆっくり上下させる。付け焼き刃の知識だったが、絶頂を迎えたばかりの若い陰茎は、あっという間に硬度を取り戻した。
少年の脚が、快感を逃すようにシーツを蹴る。
「もういい、ひぐるま、もう、いいからっ」
「ん……いや、しかし」
「俺ばっか気持ちよくなるの、やだ……っ」
うわずった声は、悲鳴にも似ていた。
どきり、とした。行為に付き合わせている後ろめたさを、せめて快楽で糊塗しようという短慮さを、糾弾されたような気がした。
(……思えば、早く終わらせる方が彼のためか)
小さく息を吐き、ベッドから降りる。
「少し待っていてくれ」
脱いだスーツのポケットを探り、避妊具とローションを取り出す。自分のためではない。万が一にも、子供の性器が感染症を起こしたり、摩擦で傷ついたりする可能性を排除するためだった。
ベッドに戻り、勃起したままの虎杖自身にゴムの膜をかぶせて、さらにローションをまぶす。
その上に跨り、支度してきた後孔に自分の指をねじ込むと、反射的に喉が詰まった。ローションを仕込み、ほぐしたつもりだったが、時間が経って少しきつくなっている。
せめて虎杖が苦しくないように、と性急に二本指を挿し込んだ。押し拡げる感覚に、吐き気がこみ上げ、脂汗がにじむ。相手が目隠しをしていてよかった、と浅ましい自己保身が囁いた。
空いた片手で屹立を支え、指でこじ開けた孔の隙間に押し当てる。
「ここだ。挿れるぞ」
「わ、かった」
息を長く吐き、なるべく力を抜きながら、腰を落としていく。
肉棒は生々しい水音を立てながら、もどかしいほどゆっくりと沈んでいった。強い異物感に日車が奥歯を噛みしめると、中の襞が引きつったように蠢いた。
もっとも、虎杖にはそれが刺激になったらしい。腹の中で陰茎がさらに膨らむのがわかった。
「ごめ、日車、きつくない? 平気?」
「……ああ、大丈夫だ」
嘘はついていない。血の気が引くほどの気持ち悪さが、今はむしろ心地よかった。現在進行形で犯している過ちの重さを、身を以て思い知らされているようだった。
やがて、ぴたりと肌同士が触れ合う。日車の調べた限りでは、慣れるまで動いてはいけないとのことだったが、あえて無視して声をかけた。
「ここからは、君の好きに動いていいからな」
その言葉に、しかし虎杖は首を振った。手の筋が浮くほどの力でシーツを鷲掴み、びくびくと腰を震わせているにもかかわらず。
「虎杖、痛いのか? すまない、今抜く」
「痛くは……ねえよ。でも、駄目だろ、いま動いたら……」
「いいと言って、」
「最初からあんまし動くと、日車がしんどくなるって、ネットで見たから」
だから大丈夫なのだと、笑う口元を直視できなかった。どこまでも他人のことばかり考えているこの子供を、自分の下で肉欲に喘がせているのが、すさまじく許しがたい悪徳のように思われた。
「……悪い、気を遣わせたな。だが問題ない」
脳を蝕む自責の念を凍らせる。それは後でいい。虎杖を悦くしてやるのがここでの自分の義務だと、頭を切り替えた。
ずる、ずちゅ、とスローペースながら自分で腰を上下し、出し入れを繰り返してやる。肉壁がうねり、子供の陽物を食むたび、身体の下で「ん、」と鼻にかかった声が上がった。
快楽とは程遠い、内臓へ直接響く鈍痛に、視界が霞む。つい先刻も体感した罪の味が、再び喉の奥へせり上がってきた頃。
ふと、カリ首が日車の浅い部分を引っかいた。同時、痺れに似た感覚が下半身を襲う。陰茎がもう一度そこを擦り上げれば、今度は肉襞がきゅう、と収縮した。
(もしや、前立腺……か?)
男がその可能性に行き着いた直後、虎杖が口を開いた。
「いまの、日車の気持ちいいところ?」
「さあ。わからん」
「動いてみてもいい?」
「ああ」
両手を自身の腰へと導く。おそるおそる、という言葉が似合う緩慢な動きで性器が引き抜かれ、先程の箇所を圧迫しながら押し広げていく。
差して、抜いて、を繰り返しながら、虎杖は日車の浅いところを器用に刺激し続けた。比例するように、男の背筋がぞくぞくと震え始める。先程までとの異物感とは違う、人生で感じたことのない感覚が、日車の奥へ蓄積されていく。
と、何かの拍子に挿入の角度が変わった。浅いところをつるりと滑った亀頭が、一気に奥まったところを叩く。
「ぅあ゙、っ?」
感じ入った女のような低い唸り声が喉から漏れて、男は愕然とした。
(ちがう こんな 悦楽なんて かんじる わけ が)
苦痛であればいくらでも耐えられる。
だが、『それ』は駄目だった。認めたら、いよいよ自分を許せなくなる。
そう叫ぶ道徳心が、揺さぶられるたびに少しずつ塗り潰されていく。獣のような吐息が、耳元でざあざあと鳴る血潮が、痛いほど脈打つ心臓の鼓動が、快感を追う日車の興奮を証明していた。
(あっ あ だめ そこは だめだ)
前立腺を撫でながら奥を突き上げる、肉棒の動きに抗えない。ずぷ、ずぷ、と鈴口が食い込むたび、閉ざされた絶頂への門が少しずつほぐれていくのがわかる。
未知の感覚に翻弄される男の下で、虎杖もまた強すぎる刺激に溺れていた。収縮する肉のひだで締め上げられる感覚は、視界を塞がれたことで何倍にも増幅され、子供の脳を溶かしていく。腰を振るスピードは、徐々に上がっていった。
「やだ……ひぐる……ひぐるまっ、こし、とまれん、ごめん、とまんない……っ」
泣きそうな声だった。ここに至るまで動きを我慢していた若い肉体は、意思では抗えない境地まで追い詰められていた。めちゃくちゃに跳ねる腰は、法悦から逃げたいのか追いかけたいのか、虎杖自身にもわからなくなっていた。
「いい、構わない……君が、よければ、それでっ」
「ひぐるま、いたくない? きもちいい、っ?」
認めるのは、ひとかたならぬ抵抗があった。が、己の意地を通すこと以上に優先されるべきものが、ここにはある。
いじらしい問いかけに、日車はとうとう陥落した。
「ああ……気持ち、いい」
言葉にした途端、腹の奥に積もっていたもどかしさが遂に性感へと裏返った。後ろめたい罪の意識すらも熱を煽り、腰が砕けるほどの強い快感に支配される。
そして虎杖の先端が、とうとう日車の最奥を貫いた。
「あ、…………ッ!」
段違いの衝撃に、全身が震えた。
喉を反らし、天を仰ぐ。何も考えられない。強制的に分泌された快楽物質が、脳細胞を犯していく。
(まずい クソッ)
日車の性器がひときわ大きく震え、決壊した。射精の勢いがあったのはごく最初の数滴だけで、あとは壊れた噴水のようにとろとろと精液が溢れ出す。
男が達したのに合わせ、肉壁もまた細かく痙攣して、虎杖のモノを搾り上げた。
「ぁっ、ひぐるま、だめ、でる…………っ!」
「いい、出していい……イけ……っ!」
触れ合っていたしなやかな太腿が、ぶるりと痙攣する。ひときわ深いところで、ゴムの膜越しにほとばしる液体の勢いを感じた。
◆
目隠しの闇の中で、あたたかな肉の中から性器が引き抜かれるのを感じた。
(気持ち、よかった)
続けざまの射精は、さすがの虎杖でも多少の体力を消耗する。荒い息を整えながら、おもむろに額へ手をやった。
何の気なしに、頭皮に爪を立てる。鈍い痛みで、茹だった思考がわずかに冷えた。
(気持ちよかった────誰が?)
ネクタイの下で、目を見開いた。
肌に食い込んだままの爪を動かす。がりり、と頭を掻く音がいやに大きく聞こえた。
(そんなことを感じる資格が、俺にあるのか?)
がりがり。
(ないだろ)
がりがりがり。
(俺は、今、日車に何を、)
がりがりがりがり!
「虎杖!」
血が出そうな勢いで頭をかきむしり始めた少年の手を、日車は手早く掴んだ。なかなか頭から離れない両手を、全力を込めて引き剥がし、ベッドへ縫い付ける。
呼吸が浅くなった虎杖に顔を寄せ、言い聞かせるように告げた。
「君は悪くない。俺のせいだ。君は俺と接触して、ごく普通の生理的反応を返しただけだ」
「違う。俺のせいで、日車が汚れた」
「いいや、逆だ」
汚したのはむしろ日車の方だ。守るべき存在である子供を言いくるめ、自罰の名目で歪んだ性欲を押し付けた。これが悪でなければなんだというのか。
凍らせていた慚愧の念が、ここにきて押し寄せてきた。押さえていた手首から手を離し、虎杖を抱き起こす。
頭の端に引っかかっていた快楽の残滓は、とうに消え失せていた。今にも消えたいようなこころもちで、子供の後頭部へ手を回した。
「……見ないでくれ」
ネクタイを解きながら呟く言葉は、告解のようだった。布の向こうから現れた目を直視する勇気などあるはずもなく、結果として視線が落ちる。
「許さなくていい」
膝の上に置いた、ゆるく握った拳。その中から黒い布が抜き取られるのを、ただ眺めていた。
「俺を、」
言葉が途切れたのは、視界が黒一色に染まったためだった。遅れて、ネクタイで目隠しをされたと気づく。
「……日車が見られたくないって言うの、ちょっとわかったかもしんない」
立場が入れ替わる。暗闇の中でくるりと身体の向きを変えられ、ベッドに押し倒されながら、ひどく静かな虎杖の声を聞いていた。
「さっきはごめん、ちょっと混乱した。もう大丈夫」
耳のそばで、平坦な声が囁く。
「今度は、俺の番だろ。……日車の、やりたいようにしていいけど、これだけ約束してくんない」
めちゃくちゃにしてよ。
縋るような声音の少年が、その時どんな顔をしていたのか、男はとうとう最後まで知ることはなかった。