無題_14

無題_14


隣から延々と掛け続けられる声に、ローは頭が痛くなる思いだった。


「ろぉ! ねーきいてる?!」

「はいはい、聞いてる、聞いてる」

「きーてなーい! ちゃんときくのー!」

「あー。分かった分かった」


立ち寄った町で美味しい酒を手に入れたんですよ。折角なので、キャプテンも一緒に飲みましょ!

そうシャチとペンギンに誘われたのもあって、ローは食堂で二人が催した細やかな飲み会に参加していた。用意された酒は確かに旨く、これなら幾らでも飲めそうだとぼやけば、気分を良くしたシャチが次々とグラスへ注いできた。途中でベポも合流し、四人でそれぞれの近況を報告しながら、中々に楽しい時間を過ごしていた。

途中、ローが一旦トイレに行く為に食堂を離れると、戻って来た時にはもう一人増えていた。その増えた一人の姿を認めると、珍しいなと真っ先に思った。普段、率先して酒の席には混じらないのだ。それに今は深夜と言える時間帯。普段ならとっくに眠っている筈の時間だと言うのに、目が覚めて水でも飲みに来たのだろうか。

そんな事を考えながら席に戻ると、ふと、他の三人が若干顔を青褪めている事に気付いた。なんだ、どうした。そう問うよりも先に、隣から勢いよく抱き着かれてバランスを崩しかける。そのまま無様に倒れる事はなかったが、瞬間、ローは三人の様子がおかしい理由を理解した。同時に、隣で顔を真っ赤にさせながらふにゃふにゃ笑っているウタの異変も。


こいつ、酔ってやがる。そう判断した時には、ウタはローに向けて「ろぉ!」と舌足らずな声で笑いかけてきた。


それからはずっと、ウタはローに抱き着いたまま、飽きもせず延々と話しかけ続けている。どうしてこうなった、と視線で訴えると、ベポが「スイマセン……」と謝ってきた。聞けば、ローが席を外していた間に、ウタが「喉が渇いた」と言って食堂へ来たらしい。最初は軽く言葉を交わしていたのだが、卓上に残されていたローのグラスを見て、ウタは水と勘違いしてそのまま飲んでしまったと言う。色が透明だったのが災いしたのだろう。その時点で、グラスには半分ぐらい酒が残っていた筈だ。三人が止める間もなく、それを一気に呷ったウタは、当然の如く酔っ払ってしまったらしい。慌てている間にローが戻ってきて、今に至ると。

そもそも、人の飲みかけを口にするのはどうなんだ、と思わんでもなかったが。案外ウタはその辺りを気にしないと言うか、ローのグラスだからと気にしなかったのか……普段からもそう言う処があるのだ。船内で生活する以上、潔癖が過ぎるのは困るところではあるので、それ自体は問題ないかも知れないが……いや、大いに問題がある。主に今、こういう状況を生み出している以上、今後は徹底して教育せねばならない。はぁ、と息を吐きながら、ローは自分が飲んでいた酒の瓶を掴んだ。ラベルを見ると、アルコール度数はそれなりに高い。ウタは普段から酒を飲むことは無いので、余計に酔い易かったのだろう。ローの口から、呆れ交じりの溜息が漏れる。


「ったく。飲み慣れてねぇのにこんだけ強いのを飲みやがって」

「えへへー。だっておいしーんだもーん」

「仮にも歌姫が飲むもんじゃねぇな。喉を傷めたらどうする」

「ん-。それはこまるー」

「なら今後は自重しろ。飲みてぇならお前用に軽い酒を買っておいてやるから」

「ほんろー? やっらー」


強いアルコールは喉を傷める可能性がある。そうなれば、ウタの能力は真価を発揮できなくなるだろう。そうでなくても、ウタの歌声をアルコールなんかでダメにするのは惜しい。明日は喉に優しい飲み物を用意する必要がありそうだ。あぁそれと、次に寄港した際には度数の低い酒も買いに行かなくては。飲みすぎなければ喉もそこまで傷まないだろう。それはそれとして、ある程度の制限はさせた方が良いとは思うが。

今後の事も考えている間も、ウタはローの腕にぐりぐりと額を押し付けてくる。ダメだこの酔っぱらい。さっさっと寝室に放り込まねば、などとローが考え始めたところで、ウタはニコニコ笑いながらローの頬を軽く突いた。それに釣られ、視線を合わせるとウタは楽しそうに顔を緩ませる。


「ろぉ、ろぉ~」

「なんだ」

「えへへ」


返事をすると、ウタは嬉しそうに笑う。ぐい、と腕を引かれ、咄嗟の事に抵抗できずにいると、ローの頬に柔らかい感触が押し付けられた。

仄かに香ったアルコールの香りと、先程よりも近い距離から感じるウタの呼気。驚き、固まったローを見て満足そうに笑うと、ウタは内緒話をするように、ローの耳元へと口を寄せた。


「だーいすきぃ」


たっぷり甘い声音に言葉を乗せると、それで満足したのだろうか。ウタはローに抱き着き直すと、そのまま静かに眠り始めた。すぅ、と小さな寝息が漏れ聞こえる。その間も、ローは固まったまま動かない。そしてローとウタのやり取りを正面から見ていたシャチとペンギンも、無言のままローを見つめ、沈黙だけが空間を支配していた。


「……」

「……」

「……」

「あれ、キャプテン顔赤いよ? 大丈夫?」

「……だいじょうぶだ」


三人の様子に首を傾げていたベポが、ローを見てその顔色を指摘する。大丈夫、と言いながら空いている手で顔を隠した。隠し切れなかった耳や、指の隙間から見える肌は真っ赤に染まっている。あまりにも初々しく可愛らしい反応を見せたローに、シャチとペンギンは微笑ましい気持ちを抱きつつ、口元を緩ませていた。

普段は冷静さが売りの我らが船長が、たった一人、好きな子に対して純情な様子を晒している。それを見ているだけで、酒の肴には十分すぎる程だ。あまり揶揄うと後が怖いので、あくまで内心で楽しむだけに留めるが。

とりあえず、明日の朝の様子が楽しみだなぁ。そんな事を思いながら、未だに真っ赤になったまま動けないでいる船長の為、グラスに次の酒を注いでいくのだった。


隣から聞こえる穏やかな寝息に、反してローは更に頭が痛くなる思いだった。

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