無題

無題



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無理やり引きちぎった足枷の鎖がジャラジャラと鬱陶しい。取り切れなかった手枷で腕の動きが制限されて走りにくかったけれど、コビー派遣名に走っていた。

女ヶ島で黒ひげに拉致されて、無理やり船に乗せられて何日経ったのか。全く日の入らない部屋に閉じ込められていたために把握出来ていないけれど、それなりに長い時間捕まっていた感覚がある。捕まってから抜け出すまで、ひっきりなしに手配書で見覚えのある巨漢船長達や黒ひげ本人が部屋に来ては“オトナのすること”に付き合わされていたから、腰の奥が鈍く痛んでいる。とはいえ、やっと繋がれていた部屋から出られたのだ、どうにかして逃げ切らなければ。そんなことを考えつつ、右へ左へ、見聞色を利用して抜け道を探してひたすら逃げた。と、瞬間消えた巨大な気配がひとつ。刹那、


「やっと見つけたぜェ、お前にはまだ用があるんだ、逃げられちゃあ困るなァ」


逃げ道を遮るように現れたのは、コビーを攫った張本人、マーシャル・D・ティーチ、通称黒ひげだった。

肌にピリピリと刺す空気は、コビーと黒ひげの実力差をありありと感じさせる。拘束というハンデを負っている分、コビーの勝率はほとんどゼロに近いと言っていいだろう。正直、ここから逃げ切るのは絶望的でしかないが、だからといって諦める質でもない。


「用?貴方方に話すことはひとつもありません。何度拷問されようと、同じことです」

「ゼハハハハハ!言うじゃねぇか。あの仕打ちを受けてなお折れねェたぁ、やはりお前は見込みがある。大人しく部屋に戻れコビー、素直に聞くなら手厚く扱おう」

「誰が敵船内で大人しくするものですか!」


言うが早いか、コビーは会得している六式のうちの一つ、剃で黒ひげから距離を取った。ジャラリジャラリ、と煩いくらいに鎖が鳴る。

距離を取ったとはいえ、黒ひげはなお余裕の笑みを崩さない。


「反抗するのは構わねぇが、ちっとは自分の置かれている現状を考えた方がいいんじゃねぇか?」

「ぐ、ぁ…っ」


一瞬で開いていた距離を詰められて、無遠慮に首を掴まれた。鍛えているとはいえまだ小柄なコビーの首は、巨躯の男の片手で簡単に潰せてしまう程に細い。恐らく、黒ひげがあと少し力を入れれば、コビーの首は簡単に折れてしまうだろう。


「お前ェは賢い奴だと思っていたが、どうやら自分の立場すら理解できてねぇらしいな。折角だ、自分の選択がいかに愚かだったのか解らせてやるよ」









「ん、ぅん、っ…ぁあ"ぁぁぁ"ぁ"ぁ!!」


前触れもなく鋭い痛みが襲ってくる。舌を噛みきらないようにと噛まされたのは、いつも頭に巻いているバンダナだった。トレードマークにも近しいそれで口を封じられるのは相当に屈辱的だったけれど、それを凌駕するほどに、与えられる痛みは苛烈であった。


先程よりも更にきつく戒められた身体では、抵抗すらままならない。はくっ、と、バンダナの下で必死に息を吸い込んだ。


「動くなよ、ズレるだろうが」


何を理不尽な。そう言おうとした文句は、再度襲ってきた新たな痛みの前では原型をなさずに崩れ去った。


広いベットの上にうつ伏せに投げられて、無理やり上半身の服を剥かれた後。冷たい何かが肌に触れたと思った瞬間、今もコビーを責め続ける痛みの第1陣が襲ってきた。それなりに痛みに強い方であるという自負はあったものの、通常であれば麻酔を必要とするくらいの強烈な痛みに比較的常人寄りのコビーが適うはずもなく。広いベットの上でのたうち回るコビーを、黒ひげは上から伸し掛るように押さえつけ、ついでというように口を塞がれたのだ。痛みで舌を噛まないようにという配慮だろうが、そもそもその痛みで呼吸もままならなくなっているコビーにしてみれば余計なことを思わなくもない。


「く、ふ、んぅ…あぁ"…っ」

「……っし、こんなもんだろう。コビー、これでしばらくの間、お前は俺たちのモンだ。これ以上おわれるのも面倒だから一旦解放はしてやるが、これが消えかけた頃にまた迎えに来てやる。」



歳の割に小柄な背中に刻まれた、ケロベロスを思わせる3つの髑髏のマーク。黒ひげ海賊団が掲げる海賊旗と同じものだ。

刺青ではなく、ナイフで直接刻みこまれたのだろう。どれほど痛かっただろうか。ろくすっぽ手当もされていなかったこの傷を抱えて、この子はこの島の、人のあまり来ない寒い洞窟に放置されていたのだ。


「ボガードさん?」

「…いや、なんでもない。それより、何か用か」

「えっと…ご迷惑だとは、思ったんですけど…部屋にひとりでいるのが、どうしても落ち着かなくて」

「……そうか」


くしゃりと、柔らかい桃色の頭を撫でてやる。

青年の域にようやく片足を突っ込み始めたこの弟子は、ボガードにとってはもはや息子と呼んで差し支えない年齢のこどもである。そんな子がこうして雛鳥のように後ろをついてまわってくるのは中々可愛らしいものがある。


こんなこどもに、黒ひげは背中に刻んだ髑髏マークを筆頭にひどい怪我を負わせたのだ。許せるはずがない。


(…とりあえず、黒ひげの動向を追う許可をもぎ取らなければな。出来れば討伐許可も。あいつは四皇だからそう簡単に許可は降りないだろうが…メッポや中将あたりも巻き込めばそれなりに温情もくれるだろう)


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