無題_11

無題_11


そう。その日、彼らは暇だったのだ。


「ねぇねぇ船長~」

「ん? どうしたベポ」


遅い昼食をとっていたローの元へ、ベポが近寄って行く。普段から何かとベポに甘いローは、一旦食事の手を止めてベポへと向き合った。


「あのね、教えて欲しい事があるんだけど」

「あぁ、別に良いが……何が聞きたいんだ?」


改めて聞きたい事とはなんだろうか。航路については既に済ませているから、何か個人的な事だろうか。どちらにしろ、本人から聞かなければ話は進まない。ベポの疑問を解消できるかは分からないが、聞くだけ聞くのは構わない。ローが話を聞いてくれる姿勢になったところで、ベポは首を傾げながら言葉を発した。


「船長は、ウタちゃんの事をいつから番にしようって思ったの?」


瞬間、食堂から一切の音が消えた。


「…………………………は?」

「あれ? 聞き方間違えたかな、おれ」

「いや、その………………は?」


ベポの質問に固まったローは、何とか口を開くも、漏れるのは呆けた声のみ。因みにローをそのような状態に陥れた張本人は、自分の質問の仕方が悪かったか? と逆方向に首を傾げている。

違う。違うんだベポ。まさかベポの口からそんな話題が飛んでくるとは想像もしていなかったから。などと言いたいローではあったが、やはり上手く言葉が出てこない。その間にも、ベポは「えっとー」と口元に手を添えながら、自分の聞きたい事をまとめようと試みていた。


「船長がウタちゃんの事を好きなのは、おれでも見てて分かってたんだけど……そう言えば、いつから好きになったのかな~って。本気で番にするって決めたのは結構最近だよね?」


だから不思議だな~どうしてかな~って思って。

そこまで言ったところで、ベポは満足した様子だ。対して、ローは未だに混乱の淵に立たされていた。ベポが聞いてきた事なのに、ベポが言った事だと信じられない程度には。

確かに、今まで近くで見ていたベポからすれば、多少気になる事ではあるだろう。しかし幾らベポがそう言う事に興味があるとしても、わざわざローとウタの事について聞いて来るだろうか。と言うか、幾ら何でもこんな、周りの視線もある中で聞いてきたりするだろうか。

ベポに関しては若干甘い自覚はあるローではあるが、それでもベポが、あまりに周りを気にせずこういう話題を出す事には違和感を感じ始めていた。


「…………ベポ」

「うん」

「それは、一体誰に聞いてくるように頼まれたんだ?」

「シャチとペンギン! あ」


試しに聞き返してみれば、犯人はあっさりと判明した。

ベポがうっかり、と言いたげに両手で口を隠したタイミングで、食堂からダッシュで逃げようとする二人組。即座に能力を展開したローは、逃げられないように二人の足をそばに置いていた鬼哭で両断した。足を切られてバランスを崩し、「ぎゃっ!」と悲鳴を上げながら転んだシャチとペンギンへ、ローはゆっくりとした足取りで近づいて行く。


「お前ら。なにベポを使ってくだらねぇ真似してやがんだ。あ?」

「すすすすいません! ちょっとした好奇心で!」

「あ゛?」

「ごめんなさい! でも気になっちゃって!」

「お前らの好奇心を満たすのに俺を利用すんじゃねぇ。海王類の餌にされてぇのかてめぇら」

「すいませんでしたっっっ!!!」


近づいてきたローの顔があまりにも恐ろしかったので、シャチもペンギンも素直に謝罪を口にする。元々付き合いが長いからか、他の船員なら遠慮して聞かない事もつい聞いてしまう事はある。しかし今回の話題は、ローとしては他人の娯楽の為に消費されるのは我慢できなかったらしい。

いっそ足だけじゃなくて胴体もバラしてやろうか。真っ黒なオーラを背負い、凶悪な笑みを顔面に張り付けたローに二人が震えていると、まるで見計らったかのようなタイミングで、ウタが食堂へと姿を見せた。


「ロー? ご飯終わったー……って、あれ? 何してるの?」

「気にするな。ただの仕置きだ」


ウタに名前を呼ばれた途端、ローの纏っていた黒い空気は一気に霧散した。抜いていた鬼哭を納め、何てことなく答えるローの姿は、既に普段の様子と変わらないものとなっていた。


「おしおき……え、何をしたの二人とも」

「うぅ、ウタちゃん……」

「船長が怖いんだよぉ……」

「うん?」

「放っとけ。まだ食べてる途中なんだよ俺は。食い終わったら戻してやる」

「そっか。じゃぁ放っとく!」


ローが能力を使ってまでお仕置きするとは、一体何をしたのだろう。不思議そうに床に転がるシャチとペンギンを見下ろしていたウタではあったが、ローが放っておいて良いならそうなのだろう。食事を終えたら戻すと言うなら、きっと大した問題ではないと判断して、元の席に戻るローにくっ付いて行く。

鬼哭を置き直し、食事を再開したローの隣にウタが座る。邪魔をしては悪いと思ってか、ローが食べてるのを黙って見つめている。ローもそれを追い払うような真似はせず、ウタの好きにさせている。偶にウタと顔を見合わせては少しだけ笑っている様子を、床に転がったままのシャチとペンギンは眺めていた。


「……なぁペンギン」

「どうしたシャチ」

「船長、楽しそうだな」

「だな」


以前までは難しい顔をする事が多かったローが、今はあぁして、表情を崩す事が増えてきた。それが単純に嬉しいものだから、床に転がったまま放置されている状況でも、自然と二人も笑みを浮かべてしまう。


「ねぇねぇ二人とも。結局、船長っていつからウタちゃんを番に……」

「よーしベポー! その話題は一旦終わりにしよっか!」

「そうだぞベポ! あんまりこの話題続けると、俺達の足が戻るのが遅くなっちゃうから! 下手すると一週間このままとかなっちゃうから!」


そんな二人に近寄って来たベポが、ローから聞けなかった質問の答えを求めていたものの、これ以上は危険だと判断した二人によって、その話題は強制的に打ち切られた。ベポは大層不満そうではあったが、自分達の足が無事に戻されるかどうかは食事を終えるまでのローの機嫌に依存する。だから頼むベポ! これ以上は聞かないでくれ! 聞いて来いって言ったのは俺達だけど!

床に転がったままでも賑やかなシャチとペンギンを見て、ウタは「楽しそうだねー」と笑みを浮かべ、ローは「今日一日あのままにしてやろうか」と考えていた。今は昼だし、夜中までとしても精々十二時間程度。緊急時には戻してやるにしても、ベポに余計な事を吹き込んだ罰は受けてもらいたいところだ。

ちなみに、ベポの質問に対する答えは、相手が誰であろうと教える事はしないと決めている。いつからだの、どうしてだの、そう言う事は当事者のみが知っていれば良い事なのだから。


「ねぇロー。あとで部屋行っても良い? こないだ読んでた本貸してほしいんだ」

「構わないぞ。食べ終わったら行くか」

「うん!」


目の前で笑うウタを見て、ローの口元も自然と緩んだ。特になんて事のない、ある日の出来事であった。

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