壊れてくもの
「あんたらの活躍には心が踊らされたさね。天竜人を殴ったと知った時にはスカッとしたね!」
逃亡中に助けてくれた優しいお婆さんはそうやって快活に笑っていた。こんな状況でも誰かが救われてると知れて嬉しかった。自分とウタが見せていた未来は崩れてしまったけど、まだ貫ける正義があると考えさせられた。
「悪いね。これも自然の摂理。知らない人を簡単に信じ込んだ己を恨むんだね。」
優しいお婆さんは海賊の仲間だった。襲ってきた海賊達はなんとか撃退出来たけど、騙された事がショックなのかウタはその日1日中震えていた。
「あー。なんだか急にトイレに行きたくなったなー。でもこのまま離れたら漁船の見張りができないなー。錨は上がってるしロープで固定してないから今盗まれたらすぐ出港されちゃうなー。」
そういってわざとらしい演技をして持ち場を離れた漁師のおじさんのお陰で無事に島を出る事ができた。出港が遅れてたら海軍に追いつかれていただろう。
「ここに果物を置いとくので、ぜひ食べて行ってください。」
そう言って潜伏してた洞窟の近くまで来た女性は果物を置いて行った。傷があればすぐにわかるので安全そうな物だけ選んで洞窟の中でウタと一緒に味わった。その女性によって洞窟内に爆弾が投げ込まれたのはその直後だった。
またウタを危険に晒した…
ある町を訪れた時大きく歓迎された。希望の星だと。ぜひゆっくりして行ってほしいと。
彼らが追ってきた海軍に立ち向かって全滅した事を後から知った。
沢山の人に助けられた。沢山の人に裏切られた。
「大丈夫か?ウタ。」
「うん…」
強くなる雨の中、ウタを抱えて走る。今までも強い相手とは戦って来たが今回は訳が違った。ビックマム海賊団の海賊達。おそらく指揮官はシャーロット・モンドール。シャーロット家19男でブクブクの能力者。海兵時代は聞き流してた情報が今ではスラスラ頭に浮かんでくるようになった。
こうなった理由なんて考える必要もない。おれが信じた相手が、おれ達をビックマム海賊団に売った。それだけの簡単な事だ。追っての手は弛まず、このまま逃げてもジリ貧だった。
「ここに隠れててくれ。すぐに終わらせる。」
大きな木を見つけたから、内部をくり抜いてウタを隠す。既に島は閉ざされてる。だったら、戦うしかなかった。
四皇の海賊団は強かった。
もっと強くならないと…
メシをくれた人に薬を盛られた。危うくウタを攫われる所だった。
安全な場所を教えてくれた人は賞金稼ぎだった。アラバスタの時以上に賞金稼ぎに囲まれた。危うくウタに傷をつける所だった。
政府からの追撃がキツくなった。去年まで一緒に馬鹿騒ぎしてた筈の相手が殺意を向けてきた。
厄介者だと石を投げられた。相手は一般人だから逃げるしかなかった。
逃亡の中、やっと見つけた洞窟の中でウタを見る。その体には傷一つないもののやつれたその顔を見れば疲労が溜まっている事は明白だった。考えてみればおれが騙された事でウタを沢山危ない目に合わせた。海賊に追われた時も、海軍に追われた時も、賞金稼ぎに追われた時も。誰かを信じたのが原因だったような気がする。おれの甘さがウタを傷付けた。信じたいと思ったから危ない目に合わせてしまった。
その日から人を信じるのをやめた。
「ルフィは大丈夫?最近寝てないでしょ」
「おう!おれは大丈夫だ!」
ウタに話しかけられて答える。空元気ではあるがこれ以上ウタに心労をかけられない。ただでさえ最近は生傷が絶えなくなって来てるのだ。それに加え不眠気味だとバレたらどんな反応をされるかわかったものじゃない。
「ルフィさ…嘘つくの上手くなったよね。」
その言葉にドキッとする。
「明後日なんだよ。おれは本当に大丈夫だぞ?」
「それも嘘。ねェ。そんなに私は頼りない?」
「そんな事ねェ!!」
そんな事あるわけ無い。ウタが居なければ自分はもう折れていただろう。ウタが居なければここまで強くなれなかっただろう。ウタが居なければ…
「ならさ…2人っきりの時ぐらいもうちょっと肩の力を抜いてよ。私も見聞色なら自信があるんだよ?」
「……」
座りながら両手を広げてアピールするウタを受け入れる。ウタの脚を枕にして横になると、何かをかけられる感覚がする。おそらくずっと付けてた海軍のコートだろう。
「敵が来たらすぐ起こしてくれよ。」
「わかってるよ。」
『どうして〜♪』
目を瞑りウタの歌声に包まれながら夢に落ちる。ウタの体温が暖かかった。ウタの歌声は安らかだった。ウタは…