無題

無題



 日参と呼んで差し支え無い頻度で通い詰めている神社からの帰り道、慣れた往路を踏み締める筈の足が空を掻いた。全身が落下する感覚の後、どこか見覚えのある森の中で下生えの上に膝を付いて着地していた。

 何者かがおおよそこちらへと近付いて来るのを察知し、距離を取り手頃な樹上へと身を隠す。

 木々の間を疾駆する少年。かなり離れていた樹上に潜むこちらに気付かず通り過ぎていく。耳の上で切り揃えた黒々とした素直な直毛が動きに合わせて跳ねている。

 その少年から遅れ、繁みに身を沿わせ隠れながら追随するもう一人の少年。先行している少年よりはやや幼い。隠蔽はまだ甘く、時折白い頭髪が繁みの隙間から窺えてしまっている。

 ──少年達は揃いの袴を履いていた。彼等の成長した姿を知っている。この先にあの河原があることも知っている。喜びに出逢いその喪失による凄絶な哀しみを知らしめられたあの場所。


 お前はあの場所で過ごしていたオレ達をも窺っていたのか、千手扉間。


 怒りが頭蓋の中で膨れ上がる。視野が一瞬狭まり、再び不自然に広がる。激情を抑えた訳では無い。煮えたぎるそれを維持したままに眼を行使する。視界の確保は戦場で生き残るため否応なく染み付いてしまった習性。

 枝を蹴り、地に降り立ち横合いから襲撃する。飛翔するクナイを避け斜め後方へと小さな体を遠慮無く蹴り飛ばした。

 木々の間を縫い飛ばす狙いは過たず。しかし放物線に途中で不自然な回転が加わる。小癪にも受け身は取れたらしいが勢いは殺しきれず、灌木に衝突し日陰の薄暗い下生えの上に無様に転がった。

 獲物は腹を庇う姿勢で横になったままこちらに眼だけを巡らせて来る。

 うちは、と声を伴わぬ呟き。千手扉間ともあろう者が唇を読まれるとは迂闊にも程がある。いや、まだ砂利だったな。

 起き上がろうとする獲物の口を手のひらで覆ったままに頭を地面に叩き付けた。その拍子に漏れるくぐもった声も変声期以前の高いもの。このまま頼りない顎の骨を握り潰し粉々に砕いてしまえればどれ程溜飲が下がるだろうか!


 ……この悪夢は何だ?

 手の甲に吹き掛かる鼻息、手のひらに感じる歯の硬さと歪んだ口、その濡れた感触。蹴りを入れようと繰り出した細い足を掴んで阻むもう片方の手。むき出しの白い肩の下、押し潰された草の青臭い匂い。

 現実感を伴い過ぎるそれらと吐き気を催す程の生々しい怒り。弟の仇は幼く弱く、その怒りのまま仇討ちを易々と決行してしまえるこの状況。頭蓋に満ちた怒りは今や胸まで浸食し、そこを突き破る勢いで暴れ回っている。

 状況を整理しきる前に、ぶつ、と手のひらの皮が破られる感覚と痛み。ギラギラ煩く、射殺さんとばかりに貫いて来る死に物狂いの赤い眼差し。なるほど窮鼠が噛みやがった。お前は砂利の頃からお前のままだ。


「……ハ、」


 びく、と扉間の体に触れた両手から伝わる反射的な怯え。自らの口が横に裂け、牙を剥き出す笑みの形を取っていく。


「、ハハハハハハッ……!」


 怒りを纏いずるりと浮かび上がる歓喜。……余興、そう余興だ。お前は精々オレの愉悦の糧にでもなればいい。

 いずれ年が巡るうち、戦場で嫌になる程に顔を付き合わせるうちはの次代頭領が次第に幼い頃お前を散々嬲り尽くした男の面影を現していくのを目の当たりにするだろう。

 お前がそのオレをどのような思いで眺めるか、知る術(すべ)が無いのが残念だ。

 興奮と愉悦にすっかり勃ち上がった自らの雄の象徴を知覚する。掴んでいた足を離して地面に落とす。その太股を膝で動かぬように抑え、自由になった手で扉間が履いている袴の紐を一気に解いた。


「ン゙~~~ッ!」


 騒がしい呻き声。その振動が手のひらを擽っていくのを心底愉快に感じている。弛んだ袴から覗く褌に手を掛け、それも一気に剥いだ。未成熟な下肢が全て露わになった瞬間、暴れたもう片方の太股を膝で完全に抑え込む。


「いっ……!」


 口を抑えた手を離した途端、腹筋で起き上がろうとした試みを太股に乗せた両膝の抑える力を更に込めて阻む。これ以上暴れられても鬱陶しい。袖無しの上衣を捲り上げそれで手首を拘束し、灌木の幹に引っ掛けて固定する。

 扉間は絶句し間抜けな面を晒し混乱のさなかにいる。この顔をこんな悦にまみれた感情で眺める日が来るとは。


「なに、をッ」


 強張る表情の問いかけへ返答代わりに自らの下穿きを寛げた。露わになったモノに注視した目が驚愕に見開かれ顔面から血の気が引いていく。対照的にこちらの笑みは深くなる。

 そそり立った自らのモノに手を添え擦り上げながら、もう一方の手で小さな尻を撫で下ろす。見た目通り滑らかな肌が直下の筋肉の緊張を伝えてくる。


「……これを、な」


 順路を辿り行き着いた親指で尻の窄まりを柔らかく抑えた。キュッと締まったそこを二、三度押しながら諭すような口振りで語り掛けていく。


「……お前のここにぶち込む」


「……な、」


「何を、でも何故、でも変わらんさ。……なに、かなり痛むらしいが流石に死ぬことは無いだろう」


 そのしぶとさには散々煮え湯を飲まされた。痛みには強いだろう、お前は。

 力を入れた細い内腿に筋が浮き上がる。構わず親指を半ば無理矢理窄まりに押し入れる。


「ぐッ、!?……ぅ~~~ッ……!」


 扉間は唇を噛み締め全身を強張らせ呻いて耐えている。痛みからか、腹の辺りまで血の気が引いて肌が青白さを帯びていく。

 気を失ってくれるなよ。……例え失ってたとしても、無論気付けをしてやる心積もりではいるが。

 お前の兄が帰路に着くまで半日ばかり時がある。その前には解放してやろう。ここからオレの「今」に帰れるかは分からんが、愉しむ程度の時はあるだろう。

 窄まりの縁がぎゅっと締まり指を締め付けてくる。この期に及んで強情な。

 強く指を食む粘膜の熱さと弾力を享受する。その熱に血を沸き立たせながら、その傍らには酷く冷え、未だ何も為してはいない扉間に対して、手酷い仕打ちを為そうとする己を嘲る感情も鎮座している。胸に焼き付く冷気を無視するように、ぐっと縁を広げるように指を引き下げた。


「イ゙ッ!?」


「……力を抜け。抜かねば余計痛い目に合うぞ」


 素直に締め付けが弛む。扉間は疾走直後のような短く荒い呼吸を繰り返している。滑らかな腹を上下させながら、こちらを睨み付けて来る目と視線がかち合った。残念ながらお前はこれ以上に悔しい思いをすることとなる。

 ゆっくり覆い被さり首筋を軽く噛めば、控えめに指を締め付けてくる。


「……良い子だ」


 柔らかい声音を使えば肌を粟立せ反応をする。胸の頂きに歯を立てれば、びくりと体全体が跳ねる。刺激を繰り返し与えながら存分に躾けてやろう。

 その過程を夢想する。自然と喉の奥からくつくつと笑いが沸き上がっていた。

 いつの間にか日が傾き、先程まで真上から僅かながらにも注がれていた光が翳りを見せている。薄暗さを増す中で荒い息遣いがふたつ、まるで呼応でもしているように徐々に速度を上げていった。

 時折掠れた悲鳴が長く時には短く、鬱蒼とした森の中に吸い込まれる時間は森の外側が斜陽の茜色にすっかり染まる頃まで続いていた。



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