無題

無題


ペイル寮地下の学園艦では、メカニック科の寮生が見慣れない黒いMSを見上げている。

「ザウォート、じゃないな……」

「新型なのか?でも、そんな話聞いたことないぞ」

口々に疑問を話し合うが、おそらく正体にたどり着ける者はいないだろう。ペイル寮の学生で新型の正体を知っている者は、エランただ一人だけだ。

エランは黒い新型をMSコンテナに乗せた。あとはレール上を走り、戦術試験区域まで一直線だ。

「パーメットリンク、接続良好。たかがテスト程度で、パーメットスコア3を維持しての戦闘機動なんて、冗談じゃないね」

やはりと言うべきか、エランは最初からテストを真面目に行う気はなかった。新型を乗せてMSコンテナはレールの上をひた走り、やがて戦術試験区域に到着した。

エランがコクピットから名乗りをあげる。

「KP002、エラン・ケレス。——ファラクト、出る」

ファラクトはMSコンテナから飛び立ち、地上にふわりと着陸した。

『両者、向顔』

シャディクの合図とともに、グエルとエランが宣誓をはじめる。

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず」

「操縦者の技量のみで決まらず」

そして二人の声が重なる。

「ただ、結果のみが真実」

宣誓が終わるとともに、第11戦術試験区域の壁面モニターに星空が投影され、地表は灰色の砂塵の荒野に覆われていく。

今回の決闘の舞台は月面を模したフィールドとなっている。重力も月面に合わせ人工重力が弱められ、地球やフロント居住区の6分の1という、低重力環境になっている。

『決心、解放!【フィックス、リリース!】』

シャディクの言葉とともに決闘が始まった。

決闘開始と同時にファラクトは、上空へ飛翔した。

ディランザもホバーユニットを起動して、地表から飛び立つ。胸部に搭載されたビームバルカンを連射しながら、ファラクトとの距離をつめていく。低重力環境故に空中での機動力の差は縮まっている。しかし、ディランザは重力下において跳躍は可能でも飛行は不可能だ。左右に機体を振ってビームをかわしながら、高度を上げていくファラクトに引き離され、重力に捕まり地表へ引き戻された。

着陸の際に脚部のホバーを噴かせたディランザを中心に砂煙が舞い上がる。ファラクトが上空から、二挺のビームライフル〈ビームカリヴァ〉を砂煙の外側から中心にかけて撃ちこむと、地表に着弾したビーム弾により爆発が起こり更に大きく砂煙が巻き起こった。

低重力を漂う砂煙のあちこちに無数のスパークが走った。巻き上がった砂塵〈レゴリス〉には帯電性があるのだ。

レゴリスは上空に滞空しているファラクトの関節部にも少量まとわりつき、コクピットモニターに付着率が表示される。

「考え無しにやりすぎたか……」

地表はレゴリスにより遮られ、ディランザの位置が掴みにくくなってしまった。警告音が鳴る。

見失った隙をついて、ディランザがレゴリスの中から飛び出してきた。

「ちっ!」

「低重力ならディランザだって!」

ディランザはビームライフルで牽制をかけながら、ヒートアックスを大きく振りかぶる。一気にグエルが攻勢に出た。

ファラクトはかわそうとしたが、かわしきれずにディランザとぶつかり両者は砂丘に衝突した。


衝突の衝撃で大量のレゴリスが舞い上がり、濃い霧のように滞空し地表を覆う。コクピットモニターに表示されたレゴリス付着率が跳ね上がっていく。

「レゴリスの中を抜け出さないと不味いな」

コクピット内にまたも警告音が鳴り響くと同時に、目の前の視界が明瞭となる。そう認識した瞬間、煙を切り裂くようにヒートアックスを振りかざすディランザが、脚部のホバーから青い火を噴き突っ込んでくる。ファラクトはすんでのところでかわし、再び空に舞い上がって距離をとった。

その時、エランは確かに見た。砂塵の中に再び消えたディランザの関節部分にレゴリスがまとわりつき、ぱちぱちと帯電している姿を。

「へえ」

レゴリスの中に身を隠すという選択をやめないあたり、グエルは頭に血がのぼっているらしい。機体の状態も正しく把握出来ていない可能性が高いだろう。こいつは好都合だと思った。

「隠れてないで、出てきなよ」

位置を教えるようにわざとビームカリヴァを適当な方向に連射しながら、回線をつなぎ呼びかける。グエルが更に冷静さを失うように挑発してみせた。

「出てこないんだ。負けて無様を晒すのが怖いのかな」

飛び出してこないグエルに更に挑発を重ね、砂煙から離れた場所で低空飛行をする。

『言わせておけば!!』

——かかった。回線から聞こえた怒号にエランはほくそ笑んだ。

ディランザの大出力を推進力にまわし、レゴリスを巻き上げながら地表を滑る。ファラクトはブラストブースターのバインダーに搭載されたガンビット〈コラキ〉を1基脱落させ、別の方向へと飛んだ。

グエルはファラクトの動きに気付くことはなく、真っすぐにディランザを走らせる。ファラクトはディランザを捉えながら後方に飛び、レゴリスを巻き上げるように周囲にビームを撃ち込んだ。

つかず離れずの距離を保ちながら、一定の間隔でコラキを1基ずつ脱落させて方向を変える。それは図形のようであり、魔術師が魔法陣を描く様子に似ていた。

バインダーからコラキが尽きる頃には、レゴリスの向こう側であっても分かるほどに、ディランザは関節部から青い火花を散らしショートを起こしかけていた。

「そろそろ頃合いか」

ディランザを図形の中心に誘導しようと動いた瞬間、警告音が鳴った。

『その動きは見切っている!』

先回りをしたディランザがヒートアックスを振りかぶり襲い掛かる。咄嗟に前腕部に内蔵されたビームサーベルを抜き、受け止めた。赤熱したヒートアックスとビームサーベルが迫り合い火花を散らす。

「僕にビームサーベルを抜かせるなんて、やるじゃないか」

遠距離戦を好み接近戦は避ける傾向にあるエランがビームサーベルを抜く機会は少ない。それでもエランは動じない、すでにグエルは詰みの状態に追い込まれているからだ。

『出力ならこちらが上だ!』

そんなことは知る由もなく、グエルは押し切ってしまおうと吠える。ファラクトが押し負けていることは事実だ。だが、ファラクトのブラストブースターから、青白いスラスターの光が噴きあがった。光の翼のようにたなびくそれで一気に加速をかけ、衝撃でディランザは体勢を崩した。

ディランザはすぐに体勢を整え、逃げるファラクトの背を追う。今のファラクトは完全に背中を見せてこちらにビームを撃ち込んでくる様子はない。これをグエルは好機と捉え、ホバーユニットを最大出力で起動してファラクトに向けて跳躍した。

関節部から火花が散る中、ファラクトの背中をとりヒートアックスを振りかざす。

「取った!」

グエルは勝利を確信した。

エランは焦ることもなく、コクピット内で独り言をつぶやく。

「はあ……本当にやりたくないんだけど」

「パーメットスコア、3」

そう言ったエランの頬に、赤いあざが浮かんだ。

ファラクトのシェルユニットは禍々しく赤く輝き、戦術試験区域の各所に設置したコラキが一斉に起動する。浮かび上がったコラキは2基に分離し、対角線上に設置されたものとの間に赤い電磁ビームを形成した。

中心にいたディランザは為す術もなく、赤いビームに全身を貫かれ空中で磔にされ、一拍置いて地表へと墜落していく。ファラクトが脚部マニピュレーターで蹴り飛ばし追撃を加えるも、ディランザは無抵抗で受け地表に激突した。

『ぐあ!……くっ、動け!!』

操縦桿を動かし足掻こうとするグエルだが、ディランザは応えない。電磁ビームにより関節部のレゴリスが帯電化し、過負荷状態を引き起こされたディランザはもはや動くことは出来なかった。

滞空するファラクトのシェルユニットの発光は収まり、宇宙空間に溶け込む黒色に戻っている。

二挺のビームカリヴァを連結させて、ロングビームライフル〈ビームマスケット〉にして構えた。地表で足掻くディランザの手足に狙いをつけ、高出力のビームで一本一本装甲ごと焼き切っていく。

四肢を全て破壊され起き上がることも出来ないディランザの前にファラクトが降り立つ。ビームマスケットの連結を解いて腰にマウントしながら、ディランザにゆっくりと近づいていく。

『やめろ……』

グエルが力なく声を絞り出すが、ファラクトは止まらない。ディランザの頭部に脚部を置き徐々に負荷をかけ始めた。

接触回線でグエルの声が明瞭に聞こえてくるが、エランは全く気にせず負荷をかけ続ける。

「こっちは命がかかってるんだ」

ミシミシとディランザの頭部が負荷に悲鳴をあげる。

『やめろ!』

グエルは叫び声をあげるが、エランが聞き入れるはずもなく無意味だ。

普段の天使の笑顔から一変した、冷たい表情で見下ろし言い放つ。

「お遊びで兵器を振り回してるお前らに負けるわけがないだろ」

ファラクトはとどめに脚部に更に負荷をかけ、ぐしゃりと踏みにじった。無残に砕かれへし折れたディランザの頭部が地表に転がる。

平時のエランであれば、こんなことは言わないし、しないだろう。わざわざ不和を引き起こす言動をするのは、この学園で過ごすにあたって無意味で、決闘をお遊びと捉える彼にとってそこでの行動は全て無駄だからだ。エラン自身も頭に血がのぼって冷静でなくなっていた部分があった。

しかし、次に控える決闘には意味がある。宙に浮かぶ決闘終了の表示をエランは無言で見つめた。

それからエランは、コンソールに設置した生徒手帳を操作してスレッタへと通信を繋ぐ。ほどなくしてスレッタの声が聞こえてくる。

『あっ。あ、あの、エラン、さん?』

困惑した声をあげるスレッタに淡々と告げる。

「スレッタ、勝ったけど。僕の懸けたもの叶えてくれるよね?」

スレッタは無言だが、周りは少し騒がしい。だがエランは気にせず、話を続ける。

「前にも言ったけど、僕はエアリアルが欲しいんだ」

『!』

「僕が勝てば、エアリアルはいただくよ」

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