無題

無題


スレッタはそっと布団の中から抜け出し、物音をたてないように隣のベッドの様子を確認する。ベッドの上は盛り上がっていて、確かな人の気配を感じる。

――やった!今日こそ成功させるんだ!

声には出さないけれど、心の中で喜びの声をあげた。


なぜスレッタがこんなことをしているかというと、あることに気付いたからだ。

――エランさんの寝顔って見たことないかも……

エランの笑った顔、怒った顔、驚いた顔、喜んでる顔、色々な表情は見たことあるけど、寝顔は見たことがないことに気付いたのだ。それに気付いたからには気になってしょうがなくなってしまった。

しかし、スレッタが寝顔を見ようとしても、毎日朝起きたらベッドはもぬけの殻で、既に朝食が用意されてるいることがほとんどだった。

ご飯は美味しいし、食べてる様子を見て嬉しそうにしているエランを見れるのも好きな時間ではある。けれど、毎日作ってもらうのも悪い気がするし、なにより、

――私だってエランさんに朝ごはん作ってみたい。料理したこと全然ないけど……

ただ寝顔を見たいという好奇心以外にも、エランより早く起きたい理由はあるのだ。

これ以外のパターンでいつもより早く起きた場合、逆にエランに寝顔を観察されていることもあった。

目を覚ましたら口角が上がった顔が目の前にあり、寝ぼけまなこで目元を擦り、しばらくして状況を把握してヒィッ!と悲鳴を上げて飛びのく一連の動きを、面白そうに見つめているのだ。

さながら寝起きドッキリのようで心臓に悪いし、やられっぱなしというのも何か嫌だった。スレッタは意外と負けず嫌いだ。


そんなわけで、足音をたてないように抜き足差し足でそっとベッドに近寄る。微かに上下する膨らみをゆっくりと覗き込むと、ばっちりと開いた翠の目と目が合った。

「おはよう、スレッタ」

「ヒィッ!な、なななな、なんで、起きてるんですか!?」

咄嗟に離れようとしたものの、何故か手を掴まれ失敗した。ついでに寝起きドッキリも失敗して逆ドッキリを食らってしまった。

「君の気配がしたから起きちゃった」

「あ……ごめんなさい」

寝顔は見たいけど、安眠妨害をするつもりはなかったので普通に謝ってしまう。しかし、エランは機嫌が悪いどころかどこか嬉しそうだ。

「これってもしかして、お誘い?朝から積極的だね♪」

「ほえ?……いやいやいやいや、違います!!」

予想外の言葉に必死になって否定すると、「なーんだ、残念」とさして残念そうに思っていないエランの声が返ってくる。

朝からわちゃわちゃとしていると、グーとスレッタから腹の虫が鳴った。

「お腹空いたんだ。今から作るからちょっと待っててね」

そう言って立ち去ろうとするエランに待ったをかける。寝顔を見るのは失敗したけど、こちらは今からだって出来るから。

「今日は私が朝ごはん作ります!」

頑張ります!とグッと手を握って意気込んでみせたが、エランの反応は何故か芳しくない。小さい子どもがお手伝いを頑張るのを不安そうに見るような、そんな目で見つめてくる。

「君、料理したことあるの?」

「うっ……あの、ない、です、ね?」

エランはやっぱりと納得した様子だ。スレッタはそんなに頼りなく見えてたのかと、少しショックを受けている。

「待っててと言って大人しく聞かないよね……」

「そうですね」

「即答かよ。じゃあ僕と一緒に朝ごはん作ろうか。やり方は教えるから」

それを聞いてスレッタの表情は、朝に咲く花のようにぱあっと明るくなる。自分一人ではまだ叶わないけれど、一緒に朝ごはんを作るというシチュエーションだって密かに憧れていたものだ。それはそれこれはこれである。

「半熟の目玉焼き、作ってみたいです」

「はいはい、何かけたい?」

「ケチャップがいいです」

「ええ……目玉焼きにはこしょうでしょ」

他愛無いことを話しながらキッチンに向かう。いつか一人でもちゃんと料理を作れるようになったら、エランの寝顔を拝んで朝ごはんを作ってあげたいと思うスレッタだった。

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