無題
何かがおかしいと思った時には既に遅く、組み敷かれた後だった。
「ワンちゃん可愛かったですね」
デートの途中で立ち寄ったドックカフェ。
尻尾を振り、人懐っこい彼等にメロメロになりながら、とても充実した時間を過ごすことができた。
家へ帰る道の途中、エランがふと訊ねる。
「犬、好きなの?」
「はい!可愛いですよね」
「そう……」
今、二人で暮らしている部屋では飼うことはできないけれど、いずれ引っ越したときに飼えないか、相談しても良いかもしれない。
そんな将来のことを考え、少女は頬を弛ませる。何時もより、口数の少ない少年に気が付かないまま。
スレッタは、エランにお風呂上がりの髪を乾かして貰うのが好きだった。
長い指が優しく頭を撫で何度も髪を梳かしていくのがとても心地よく、胸の中がぽかぽかするからだ。その後、ふかふかのベッドに、二人で潜り込むことの、なんと心地好いことか。こんな穏やかな日々がずっと続いていくのだと思っていた。
しかし、どういうことだろう。エランの様子が、どうにもおかしい。
何時もなら、もう眠ってしまうはずなのに、じっと此方を見ている。
「えっと……どうかしましたか?エランさん」
「犬、飼いたい?」
「え?」
ドックカフェでの様子を見て、聞いてくれたのだろう。
「飼いたいです。でも、今は難しいので……」
「じゃあ、僕が犬になってあげる」
「いつか、引っ越したときに…………えっ?」
聞き間違いだろうか。何か、とんでもない言葉を聞いた気がしたが。
「今日だけ、僕が君の犬になってあげるよ。」
可愛がってね。ご主人様。
ぽんと、お手をするように、手を重ねられる。
そして、親愛の証とでも言わんばかりに、ペロリと頬を舐められた。