無題
小惑星に建設されたフロント、アスティカシア高等専門学園フロントは無数に存在するフロントの内の一つだ。内部には地球と似通った環境が再現されている、人工的に作り出された重力、偽りの空、作り物の大地、息をするたびに踏みしめるたびに、ここまでするものかと感心する。
ペイル寮寮長エラン・ケレスは、益体もないことを考えながら決闘委員会ラウンジに向かって歩いている。一応呼び出されてはいるが、決闘の立会人を務めているわけでもなし、遅れるか最悪終わっていてもいいだろうとノロノロと移動していた。
パネルラインで区切られた偽物の空を眺めながら歩いていると不意に衝撃が走った、前を見ると誰かとぶつかってしまったらしい。
「ごめんね、よそ見して歩いてた」
「す、すすすうすー、すいません!!」
滅茶苦茶どもりながら必死に頭を下げている赤毛の女の子がいた、ヘアバンドから飛び出した髪がぴょこぴょこ揺れている。見かけない子だが、編入生だろうか。
「大丈夫だから頭を上げて、緊張してるの?」
恐る恐る頭を上げる様子は警戒している小動物のようだ。
「あ、ああああ、あの、私、学校、来るの初めてで、よく、わからなくて、その…」
「困ってる?」
「そ、そうなんです!」
学校に来るのが初めて、同年代との関わりも同じくとなれば訳アリだろうか。まあ初対面でそんなことは聞けない、素直に何が困っているのか聞くことにした。
根気強く彼女の話を聞いていると、どうやら演習場に行きたいが道順が分からないらしい。それならと生徒手帳に地図情報を入れてあげて、ついでに口頭でも軽く説明をしておいた。彼女はまた頭を下げて、今度はどもりながら感謝を述べてから去っていった。
「あ…名前聞くの忘れたな」
訳アリな編入生、今後のためにも名前くらい聞くべきだったかもしれないが…まあ、今後も関わることになりそうだしいいかと気持ちを切り替える。これは遅刻確定だな、と思いながら当初の目的地までまた歩きだした。
決闘委員会ラウンジでは既に決闘は終わっていて、委員会のメンバーは解散しようとしていた。
「エラン先輩遅すぎでしょ、決闘終わってるんですけど~?」
「これでも忙しいんだよ、許して欲しいな」
セセリアはいつも通りだ、こうは言ってるけど別に怒っているわけではない。
「女子生徒にチヤホヤされてますもんねぇ、また捕まってたとか?」
「一部の男子生徒にもね」
セセリアが勝手な推測を述べて、何故かシャディクが補足を加えた。その補足、必要あったか?反論しようとしたところでシャディクの生徒手帳に着信があった。
「グエルがまた決闘をするらしい、立会人は俺が務める。今度はエランもしっかり観戦してくれよ」
「はいはい、分かったよ」
大型スクリーンに戦術試験区域で向かい合う二機のMSが映される、一機はマゼンタの装甲と立ち上がった羽飾りがド派手なグエルのディランザ、もう一機は所属不明、ロウジはハンドメイドと予想した謎のMS。所属不明機の方は何故か足取りがふらついている。
「これより、双方の合意のもと決闘を執り行う。勝敗は通常通り、相手モビルスーツのブレードアンテナを折った者の勝利とする。両者、向顔」
モニターに映し出されたのはグエルとミオリネだった。何やら口論を始める二人、親の言いなりの御曹司と反抗期のお姫様のやることに興味も関心もないので適当に聞き流す。シャディクが決闘相手の変更を了承するのか確認してグエルはそれを受け入れた。今までそんな事例はなかったが、まあどうだっていいだろう。
「決心、解放!【フィックス、リリース!】」
シャディクの号令と共に決闘は始まった。戦術試験区域全体に光が走り、背景が切り替わっていく。
謎のMS——エアリアルはぎこちない動きで前に出てビームライフルを取り出す、考え無しにビームを発射した結果、反動で転んでしまった。そこにディランザが胸部ビームバルカンを撃ち込み、ビームパルチザンの石突でコクピット部を打突する。
大方お姫様が勝手にMSに乗り込んでこんなことになっているのだろう、本来のパイロットでないことを少し残念に思いながら生徒手帳を取り出す。こんなものを見ているくらいだったら、ダウンロードしたゲームをやるかコミックを読む方がマシに思えた。
だが、突然アラートが鳴ったのでモニターにまた目を戻す。戦術試験区域に生身の人間が侵入したらしい、決闘は一時中断となる。何事か静観していると突然言い争いが聞こえてきた、操作ミスか何かで外部スピーカー機能がオンになってしまったのだろう。言い争う二人の声、一人はミオリネでもう一人は、どもっていないし堂々としているが、ここに来るまでに出会った編入生の子だろう。
———私とエアリアルは、あんなのに負けません。ラウンジ中に響いた啖呵に思わず吹き出しそうになる。逆上したグエルは決闘相手の再変更を求めて、シャディクもそれを了承する。スクリーンに表示されていた決闘者の名前が、ミオリネ・レンブランからスレッタ・マーキュリーに切り替わった。あの子の名前はスレッタ・マーキュリーというらしい。
決闘が再開した瞬間、ディランザは脚部のホバーを最大限ふかしてエアリアルに先制攻撃を仕掛ける。頭に血が上っているのか、ビームライフルをエアリアルに向けて何発も撃ちこむ、近くを掠めるビームに動じず、エアリアルはゆっくりと立ち上がる。
そして、エアリアルの頭部や胸部などに見られる、黒い機構の内部回路が赤く輝き始める。あれはシェルユニットと呼ばれるものだろう。連動するように機体の複数箇所から、ガンビットが離脱してエアリアルの周りを旋回してから、左腕に集まりシールドとなる。
ディランザからビームが放たれる、直撃は免れない軌道だが、シールド上の力場に跳ね返されて、光の断片となり飛び散ってしまった。衝撃で土煙が舞いエアリアルの姿を覆い隠す。じっとモニターを見つめる、土煙が晴れた先、エアリアルは無傷で立っていた。
ここまで粘る相手は珍しいからだろうか、グエルはビームライフルを捨て、ビームトーチを抜き得意の近接戦闘を仕掛ける。エアリアルにまた変化が起きる、シールド形態となっていたガンビットが分離して、飛び回り始めたのだ。11のガンビットが同時にディランザを獲物と見定めて砲門を向ける、全方位からのビームの雨に為す術もなく破壊されてしまった。
禍々しく赤く輝くシェルユニット、人機一体とも言えるエアリアルの動き、極めて有機的なガンビットの軌道、どこをとってもあれは、GUND-ARM、ガンダムと呼ばれる機体だろう。
「エラン、君が決闘を真剣に見ているなんて珍しいね。気になることでもあった?」
「さあね、グエルが完膚なきまでに負けるのは珍しいと思うけど?」
探るようなシャディクの問いかけを適当に躱す。モニターには角を切り裂かれたディランザと、羽飾りが舞う戦術試験区域が映っている。ガンダム、モビルスーツ評議会に所属する全ての企業において、製造も研究すらも禁じられている禁忌の存在だ。それに詳しいだなんて、あらぬ疑いを向けられそうな不用意な発言をするつもりはない。
「エランも知らないか…ロウジ、一応調べておいてくれ」
「はい。——ハロ」
ロウジがハロに呼びかける、ハロに搭載されているAIのおかげか、何を調べればいいかは理解しているようで、まもなくタブレットにエアリアルの登録データが展開された。
ロウジはタブレットを見ながら、報告する。
「パーメット個体コードはどれとも一致しないんですが……似ている機体がひとつ」
「オックス・アースか」
シャディクはモニターのエアリアルを見つめ、重く呟く。オックス・アース、かつてガンダムを製造していたという企業だ。それを知っているとは、流石はグラスレー社の幹部候補といったところか。
それはありえないと反論するロウジ、あれが魔女のモビルスーツなら放っておけないなと返したシャディクは、これから巻き起こる波乱に、状況が動き出す予感に笑みをこぼした。
シャディクの見送りのために宇宙港プラットフォームに来た。ここには宇宙間移動のための種々の連絡艇が停泊している。
「決闘委員会のほうはよろしく頼む」
シャディクから決闘委員会の仕事の引き継ぎを受ける。何故かそばにいるサビーナが睨みつけてくる、引き継ぎの仕事くらい真面目にやるとも。
「学生とビジネスマンの両立なんて、僕には出来ないな」
「好きでやってるだけさ」
笑ってみせるシャディクの顔に疲れは見えない。
「君も本社で魔女裁判に参加するのかい?」
「そんなところかな」
シャディクは苦笑している。魔女——ガンダムパイロットやガンド技術に関わる者を指した呼称だ。魔女と断じられ、取り調べを受け、軟禁されているだろうスレッタ・マーキュリー、彼女からは禍々しい言葉とは違った印象を受けた。
「彼女が魔女ね、そうは見えないけどな」
「エランは、スレッタ・マーキュリーに興味があるのか。もしかすると、手に持ってるそれも関係が?」
目ざとく指摘したシャディクは楽し気な様子だ。
「興味があるのはその通りだね。”これ”については秘密、だよ♪」
それを聞いて満足したのか、シャディクは背を向け連絡艇に乗り込んだ。それをしっかり見送ってから、自分も別の連絡艇に乗り込む。行先はスレッタ・マーキュリーが軟禁されているフロントだ。
決闘委員会所属、ペイル寮寮長であることの特権を振りかざせば、ことは簡単に運んだ。食事係を代わってもらい、独房に足を運ぶ。ブザーを鳴らし、少し待ってから中に入った。
「食事の時間だよ、おなかすいてるでしょ」
「あ!あなたは…えと、えと、な、名前、聞いてなかった、です…」
お腹をおさえてしょんぼりするスレッタに、流れるように近づき名乗る。
「僕はエラン・ケレス、アスティカシアの学生だよ」
「君はどっちのお弁当が食べたい?」
二つの箱のフタを開けてスレッタに見せる。片方はスレッタに用意された味気のない弁当、もう片方はエランが学食で購入して勝手に持ってきたチキンオーバー弁当だ。
「い、いいんです、か」
おどおどした様子で確認するスレッタだが、目はチキンオーバー弁当に釘付けで実に分かりやすい。
「どうぞ」
チキンオーバー弁当をスレッタに渡す。嬉しそうな様子が隠しきれていない。
「い、いただき、ます」
「いただきます」
余った方の弁当に手を付けようとしていると、スレッタが驚愕に満ちた顔で見てくる。
「えええええ、エランさんも、ここ、で、食べ、食べるんですか?!」
「うん、そうだけど。隣にいたら食べにくい?」
ぶんぶんと首を振って否定するスレッタ、じゃあいいかと食べ始める。スレッタも空腹には勝てなかったようで、はじめは遠慮がちに、そのうちエランのことを気にせずに頬張りはじめた。
パンを齧りながらガツガツと食べるスレッタを観察する。余裕がないだけかもしれないが、フォークやスプーンの持ち方が何と言うか、幼児のそれに見える。やはり訳アリか…と、惣菜を手に取りながら考えていると、食べながらスレッタが泣き出してしまった。無重力空間で涙は流れ落ちず、四方に飛び散っていく。
「……っ、っ……」
そっと水を差しだすと、スレッタはごくごくと一気に飲みだした。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
一心不乱に飲み食いしているスレッタに声をかける、こちらのことは意識の外にあったようで、はうあっ!と悲鳴をあげてあわてて目元の涙を拭って、恥ずかしそうな顔で見てくる。
「あ、あの。ありがとう、ございます」
「どうも、美味しかった?」
「はい。でも、その、どう、して」
どうして、と聞かれてうーん、と考える素振りを見せると、スレッタはあからさまに落ち着かない様子を見せる、少し面白い。
「君に興味があるから、また会いたかったから、かな」
まあそれ以外に警戒している、もあるけどそれは言わぬが花だ。スレッタは丸い目を更に丸くしている。
「へ?」
スレッタはそんなことを言われたのは初めてで、気の抜けた声が出てしまった。スレッタに向けて薄く微笑む。
「だから、さ。君のこともっと知りたいな」
スレッタの頬はみるみるうちに赤くなっていった。ガンダムパイロットのはずなのだが、どう見ても人畜無害で警戒よりここでやっていけるのか、心配の方が勝ったのだった。知りたいことは色々あるが、いつまでも居座っていたら怪しまれるし、大人しく帰ることにした。去っていく背中をスレッタは名残惜しそうに見つめ続けた。
軟禁されているスレッタの元を訪れて以来、彼女の姿を見ていない。無事、解放されたのか、今日の昼は何を食べようか、考えながら学食のメニューを眺める。視界の端に特徴的な赤毛が映った、跳ね上がった髪のひと房が所在なさげに揺れている、また困りごとだろうか。
「スレッタ・マーキュリー、どうしたの?」
声を掛けられたスレッタは、目に見えるほどに体を震わせて驚いている。
「え、ええ、エランさん!?こ、これは、その、えっと…」
お腹の前に手を持ってきてもじもじするスレッタ、すぐにグーと腹の虫が鳴いた。
「ひいぃっ!う、うう…恥ずかしい…」
「僕以外に聞こえてないから、大丈夫だよ。そうだな…君はお腹がすいたけど、学食のメニューが多すぎて決められない、そんなところかな?」
耳まで真っ赤になったスレッタが首肯する。
「嫌いなもの何かある?特にない?なら、僕と同じメニューでもいい?」
「エランさんと同じ…はい!同じが、いい、です!」
やたらと食い気味なスレッタをおさえつつ、メニューを流し見る、今日は魚介類を食べたい気分だ、海鮮丼にしておこう。二人分注文してしばらく待っていると、赤、オレンジ、白、目にも鮮やかな丼がトレーに乗って運ばれてきた。トレーを受け取り、端っこの目立たない席に陣取った。
「これ、生魚、ですか?私、はじめて、です」
スレッタはすぐに手を付けず、青い瞳を輝かせて海鮮丼を眺めている。
「これまで、生魚見たことなかったの?」
「はい、水星だと、魚味はあっても、本物の魚は、なかったです。生の食べ物自体、ほとんど、食べたことないです」
水星の厳しい食糧事情が語られる。水星、太陽に一番近い惑星、太陽系で一番小さい惑星でもある。惑星表面の温度は夜間に-173℃、日中に427℃まで変動する。居住区は静止軌道上にあるんだろうが、そんな極限環境で暮らしている人間がいるとは驚きだ。
「そっか、じゃあ目に映るもの全てが珍しいんだ」
「はい、海鮮丼も、楽しみ、です」
いただきます、と手を合わせてから食べ始める。スレッタは頬張っては目を閉じて、一つ一つ噛みしめている、とても美味しそうに食べるものだ。変わらない味なのに、普段より美味しく感じる。しかし、スレッタのスプーンの持ち方はやはり変だ、放置も可哀想ではあるし指摘しておこう。
「スプーンの持ち方、それだと使い難くないかな。こういう風に持ってみたら?」
見えやすいように少し手を上げた、スレッタはそれを真似て持ち直している。
「ほんとだ!使いやすい、です」
嬉しそうに、サーモンやまぐろの切り身とご飯を口に運んでいる、さっきよりペースが上がった気がする。
「そうだ、生徒手帳出してよ」
食べ終わってから、スレッタと再会したらやっておきたいことを思い出した。
「は、はい。こう、ですか?」
「うん、連絡先の画面を開いて、そのままにしてね」
こちらの生徒手帳も連絡先を開いて、向かい合わせにする。すると連絡先が交換された。
「あ、リストの12番、叶いました」
「リスト?」
「連絡先の交換、学校に来たらやってみたいなって、思ってて」
今、リストの12番と言ったが、これは他にもあるのだろうか、純粋に興味がわいた。
「他には何があるの?」
スレッタはまた青い瞳を輝かせて、指折り数え始めた。
「友達を作る。あだなで呼ぶ。友達の誕生日を祝う。図書館で勉強。屋上でご飯。あとは…えっと、秘密、です」
———羨ましいな。ぽつりと呟き、そっと目を逸らしてしまう。生きる目的があることが羨ましい。未来に夢見れるのが羨ましい。希望をかざす姿が眩しい。
「え?」
幸い先ほどの呟きは、スレッタに聞こえていなかったらしい。
「秘密の部分が気になってさ、恋人を作る。デートをする。とか?」
「ええええ!!な、なななな、なんでわかったんですか!?」
「えー、ひ・み・つ。いっぱい叶うといいね」
人差し指を口元に当てて、ニコッと笑いかける。スレッタは顔をトマトみたいに真っ赤にして、縮こまってしまった。
真っ赤になってぷるぷる震えているスレッタを眺めていると、にわかにあたりが騒がしくなった。複数の足音がこちらに近づいてきて、傲慢な声が聞こえてきた。
「おい、水星女!」
グエルがやってきたのだ、弟のラウダと取り巻きのフェルシーとペトラも連れて。スレッタは声が聞こえた瞬間、素早くテーブルの下に隠れてしまった。
「ジェターク寮の連中が何の用かな?」
「エラン、お前に用は無い」
眉間のしわを更に深くして睨まれてしまった。苛立ちを周囲に振りまくのはやめて欲しいな。カルシウム足りてないんじゃないの。グエルはわざわざテーブルの下を覗き込んで、ガンを付けて言いたいことを言う。
「この前の決闘は無効だ。今度こそ決着をつけてやる」
「ひょわああ!!」
にゅっと顔を出したグエルに驚いて、今度はサッとテーブルの下から出てくるスレッタ。そのままエランの背中に身を隠して、肩あたりから顔だけを出して、
「じ、じゃあ、決闘の相手って……」
「俺だ」
グエルが親指で自分を指す。
「よ、よかったー」
スレッタは率直な感想を言って胸をなでおろしている。グエルは悪意のない煽りに激怒だ。
「よかっただと!?」
「ひいっ」
怒り心頭なグエルにびくっと怯え、完全にエランの背中に隠れる。
「だだだ、だって、一度、勝ってます、し」
「調子に乗るなよ、田舎者が……」
「ぷっ、あはは」
顔を引きつらせ、こめかみをピクピクさせているグエルを見て、思わず笑ってしまった。引きつった顔のままこっち見るなよ、笑うって。
気まずい空気を打ち消すように始業のチャイムが鳴る、スレッタはここぞとばかりに姿勢を正し、直角に腰を折って一礼する。
「し、失礼します!」
スレッタは早歩きでさっさとその場を去っていった。
「行っちゃった。じゃ、僕も授業があるから」
「あ!おい!待て!」
制止を無視して背を向けた。割と距離が離れているのに、大きな舌打ちが聞こえてくる、やっぱりあいつは乳製品でも食べるべきだな。
金色のエレベーターの扉を抜けるとそこは、学園を一望できる決闘委員会のラウンジだった。
エランがスレッタを連れてラウンジに入ると、シャディクがうやうやしく出迎え一礼する。
「ようこそ、決闘委員会のラウンジへ。僕はシャディク・ゼネリっていう。よろしくね、水星ちゃん」
「水星出身だから水星ちゃんなわけ?」
「そう、分かりやすいあだ名みたいなものさ」
シャディクはにっこりと笑っているが、普段より本心を隠しているように感じる。スレッタはというと、キョロキョロとして落ち着きがない。
「よ、よろしく、お願い、しま……」
シャディクに倣って一礼するスレッタ、頭を上げると奥の席でドカッと座っているグエルが目に入り、挨拶が悲鳴に変わる。
「ひーっ!?」
睨みつけてくるグエルと目が合ってしまい、またエランの背に隠れる。
「後輩をいじめるなんて、ひどいなあ」
「水星女が勝手にびびっているだけだ」
わざとらしくやれやれと肩をすくめると、またグエルは舌打ちをした。
「じゃあ早く済ませてしまおうか」
いつまでもグエルに構っている暇はないので、話を進める。
「はい?」
背から出てきたスレッタだが、何が始まるのか全く分かっていない。
「宣誓だよ。決闘のね」
シャディクが笑顔で言うとともに、ラウンジの大きな窓にスモークがかかり、大型スクリーンになった。
「今回の決闘の立会人は僕が務める。スレッタ・マーキュリーもこっちに来て」
エランに促されスクリーンの前に立つスレッタ、既に立っていたグエルと向かい合う形になった。双方のあいだにエランが立ち、宣誓の進行を務める。まわりではシャディク、セセリア、ロウジが儀礼を見守っている。
「双方、魂の代償を天秤【リーブラ】に。決闘者はグエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリー。場所は戦術試験区域7番。一対一の個人戦を採用。異論はないか?」
「ああ」
苛立ちを隠さなかった姿からは打って変わり、気怠るげに答えるグエル。
「はい」
スレッタは初めてのことで緊張が隠せない。
「スレッタ・マーキュリー。君はこの決闘に何を懸ける?」
「え?えっと……」
何を懸けるか考えていなかったので、突然聞かれて戸惑ってしまう。まごつくスレッタにエランがアドバイスをおくる。
「何だっていいんだ、形に残らないものでもね。例えば退学、謝罪とかさ」
「もちろん物質的なものでも許される。金品、女……」
シャディクがアドバイスを引き継ぐ。
「女を懸けるのはお前だけだ」
「人聞きが悪いなあ。相手の男が返せって言ってくるだけだよ」
「君はこんな悪い先輩になったらいけないよ」
「え?……え?」
右も左も分からないスレッタには、ついていけないのだった。
「スレッタ・マーキュリー。懸けるものは決まった?」
「あ、はい!」
エランに声を掛けられてしゃんとする。懸けるものは決まっている。
「ミオリネさんに、あやまってください」
対するグエルは、ふてぶてしい態度だ。
「グエル・ジェターク。君はこの決闘に何を懸ける?」
「前と同じでいい」
前回の決闘でグエルはスレッタの退学を懸けていた。つまり今回もグエルが勝てばスレッタは退学、やりたいことリストも水の泡というわけだ。
両のてのひらを上に向け、ぱんと胸の前で組んだ。
「アーレア・ヤクタ・エスト(賽は投げられた)。決闘を承認する」
これで儀礼は完了した。スクリーンのスモークが晴れ、再び展望窓から学園の景色が一望できるようになる。
儀礼が無事に終わり、スレッタがほっと胸をなでおろしていると、セセリアがいつもの調子でグエルに声をかける。
「いいっすよねぇ、グエル先輩は。親が偉いと、決闘の負けも無効にしてもらえて」
グエルは黙ってセセリアを睨みつけている。また眉間に深くしわが刻まれている、そろそろマッチ棒くらい挟めるんじゃないか。
「今度負けたら言い訳できませんよ~、やめといたほうがいいと思うけどなぁ」
「俺と決闘したいならそう言え、セセリア」
グエルが遂に言い返すが、セセリアはにやにやと挑発して高笑いまでしている。
「アドバイスですよ。これ以上先輩の市場価値が下がらないようにって。あ、でももう底値か」
「くっ……」
グエルは我慢できずに一歩踏み出す。グエルに対して庇う程の義理も思い入れもないため、静観を決め込んでいると、スレッタがそれを止めた。
「ダメ!です」
「は?」
セセリアはじっとスレッタを見る。他の決闘委員会の一同も同じくだ。
「水星ちゃん?」
スレッタの足はすくんでいるが、セセリアから目を逸らさずに、勇気を出していさめようとしている。
「に、逃げない人を笑うのは。ダメ!なんです」
グエルは黙ったまま、スレッタを見つめている。そこで今日の集まりはお開きとなった。
スレッタとグエルは同じエレベーターに乗って帰るらしい、二人の後ろ姿を見送って別のエレベーターに乗ろうとすると、
「エランは水星ちゃんと一緒に帰らないのかい?」
シャディクが後ろから話しかけてきた。振り返り、展望窓を背にしているシャディクに答える。
「んー?今はそんな気分じゃないんだ」
偽りの空は夕刻を示している。赤く燃えるような空から射し込む日差しは眩くて、目を細めた。
決闘委員会ラウンジの大型スクリーンには、第七戦術試験区域とそこに到着した二つのコンテナが映っている。
委員会のメンバーが見守るなか、中央にいるエランが口をひらく。
「これより、双方の合意のもと、決闘をとりおこなう。勝敗は通常どおり、相手モビルスーツのブレードアンテナを折った者の勝利とする。立会人はペイル寮寮長、エラン・ケレスがつとめる」
コンテナが開き、エアリアルの白い機体があらわになった。スレッタが学籍番号と名前を名乗る。
『LP041、スレッタ・マーキュリー。——エアリアル、出ます』
エアリアルが一歩踏み出し、決闘場に降り立つ。
「両者、向顔」
スレッタは黙ったままでいる、決闘の口上について知らないのだろうか。進行のためにも通信をつないだ。
「スレッタ・マーキュリー」
『はっ、はい!』
「決闘を始める前に口上を言わないといけないんだ、覚えてる?」
『コウ、ジョウ……?』
『さっき教えたでしょ!』
いらついたミオリネが通信に割り込んできた、相変わらずカリカリしている。
スレッタは教えられた口上を、必死に思い出す。
『あっ!え、えと。勝敗は……モビルスーツの……性能のみで決まらず……』
うろ覚えなのかぐだぐだな口上を言うスレッタ、グエルはいらだちめんどくさそうに言葉を引き継ぐ。
『操縦者の技量のみで決まらず』
最後は二人で声を合わせて、実際は全く合っていないが、口上を終わらせる。
『ただ、結果のみが真実』
『た、ただ結果、のみが真実』
最後までぐだぐだだったが、気を取り直して決闘開始を告げる。
「決心、解放!【フィックス、リリース!】」
宣言とともに戦術試験区域全体が、荒野へと様変わりする。同時にエアリアルは推進剤を噴射して飛び立つ。機体の頭部や胸部のシェルユニットが、特徴的な赤い光を発して点滅している。
立会人として決闘を見守る。エアリアルとジェターク社の赤い新型——ダリルバルデの対決は、エアリアルの方が優勢に見える。ガンビットとのコンビネーションで攻め、姿を盾に変え守りにも転じる、攻防一体のエアリアルにダリルバルデは翻弄されている。というより、ダリルバルデの動きがおかしい。見え透いたブラフに引っ掛かるとは、グエルらしくないんじゃないか。
かと思えば、ダリルバルデがジャベリンを分離し二刀流の構えをとり、ドローンを展開して攻め立てる。異様な反応速度で、シールドやドローンを使い攻撃を防ぎ、ドローンと連携して連撃を加える。次はダリルバルデの優勢となった。
エアリアルから放たれたビームが、ダリルバルデに迫る。直撃かと思われたが、突然戦術試験区域のスプリンクラーが作動し、フィールド全域に大量の水が降る。ビームはダリルバルデに当たる前に、溶けるように霧散してしまった。
コロニー天井からの放水は止まらない。まあ、ジェターク側の裏工作だろうという予想は簡単についた。グエルがそれを知っているのか、認めているのかは知らないが。
シャディクもカラクリに勘付いているのか、うすくほほえみながらロウジに話しかける。
「排熱処理か」
「はい。あの量の水散布、ビーム兵器の減衰は避けられませんね」
エアリアルが再びビームを撃つが、水に阻まれかき消されてしまう。
ダリルバルデが一気に攻勢に出る。エアリアルもビームサーベルを抜いて応戦するが、次第に押し負けていく。
ついにダリルバルデのジャベリンが、エアリアルの右肘から先を切り飛ばした。エアリアルはドローンに追われ、ダリルバルデがホバーで追撃する。完全に追い詰められている姿がモニターに映っている。
突然、ミオリネの顔がモニターに大きく映し出された。通信に割り込んできたのだ。
『今すぐ決闘を止めて!システムエラー修復してから再開するべきよ!』
心の中でため息を吐く。このお姫様は何を言っているんだろうか。つとめて明るい声で答える。
「決闘が平等な試合だと、本気で思ってるの?」
『何言って——』
本気かよ。まあ、態度はともかく、今までのグエルは正々堂々とした決闘をしていた、しょうがないというやつか。
「その生徒のバック次第で、用意できるモビルスーツも、サポートメンバーも違ってくる。ただ、結果のみが真実と、いつも唱えているだろう。これが裏工作によるものでも、それ含めてグエルの力だよ」
ミオリネは悔しそうな表情で歯噛みしている。だが諦めずに言い返してきた。
『だったら私もスレッタの力ってことでいいよね?』
エアリアルは劣勢に立たされながら、バルカンで牽制し攻撃をしのぎ、何とか持ちこたえている。
「君とエアリアルなら切り抜けられるはずだよ」
独り言をつぶやいた。ここで負けられても、色々と困る。彼女には勝ってもらわないと。
残された左腕でビームサーベルを抜き応戦するエアリアル。ジャベリンを振り下ろさんとするダリルバルデの両腕を、ビームサーベルの一刀で切り飛ばす。が、なぎ払った反動でビームサーベルが手からすっぽ抜けてしまう。
ダリルバルデの反撃をすんでのところでかわすエアリアルだが、着実に追い詰められている。
「勝負あり、かな」
「結局、バックの大きさが勝敗を決めるってことで」
シャディクが楽しそうに言い、セセリアが結論づけた。
大多数がグエルの勝利を確信する中、スプリンクラーが突然止まった。放水が完全に止まってから、エアリアルはガンビットを展開して、ダリルバルデに向かわせる。青い軌跡を描いて旋回するガンビット、減衰がなくなったビームの放射にダリルバルデはたまらず後退するが、ガンビットたちは追うのをやめない。
今はダリルバルデの防戦一方となっている。一見エアリアルのガンビットの猛攻を避けているように見えるが、あれは定められた地点に誘導されているだけだろう。ガンビットの一部が囮となり、ダリルバルデは機械的な反応速度で急停止をかける。予想通り待ち構えていたガンビットに集中砲火を受け、シールドやドローンやアーマーが破壊されてしまった。
迫りくるエアリアルを前にダリルバルデは沈黙している。エアリアルが距離をつめ、ビームサーベルを振りかぶる。だがダリルバルデのアイサイトに再び光が灯り、腕部からビームサーベルを出して受け止めた。
メインスラスターを最大限に噴射し、エアリアルを押し込める。さっきまでとは明らかに違う動きだ。
エアリアルは倒される勢いをいかして、背中から倒れこみダリルバルデを蹴り上げる。ダリルバルデも脚部から有線式の装備を射出し、エアリアルの両腕を掴んで振り回す。
減速して隔壁に着地したエアリアルと二刀流の構えをとるダリルバルデ。エアリアルはビームサーベルを持ち隔壁を蹴る、ダリルバルデは武器を奪いエアリアルに切りかかろうとする。しかしエアリアルはダリルバルデの腕を押さえ、そのまま胸部から体当たりをする。一瞬遅れて、モニターに勝者スレッタ・マーキュリーと表示された。
スレッタの勝利を確信して、あらかじめ書いておいた——Congratulations!(おめでとう!)というメッセージを、スレッタの生徒手帳に送信する。彼女の喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。
一応、モニターに目を向けていると、グエルが大破したダリルバルデから這い出してきた。コクピットの外に立ち、エアリアルをじっと見つめている。スレッタもエアリアルの手のひらに乗り、グエルの元に降りてくる。
スレッタは頭を下げて謝罪し、グエルの強さを認めて手を差し出す。これは握手する流れだなと思っていたら、グエルは両の手でスレッタの手を力強く握った。体をこわばらせ、逃げ腰になるスレッタの前に跪くグエル。
『スレッタ・マーキュリー。俺と、結婚してくれ』
『えっ?』
予想外の展開にシャディクは楽しそうだ。
「ハハッ。これはいいなあ」
ロウジは無表情、セセリアは皮肉めいた笑顔を浮かべ、肩を揺らしている。
笑顔を張り付けモニターに映る奇妙な光景を眺める。本気かどうかはともかく、双方つり合いがとれていない、と冷静な部分が結論付ける。生まれた時から命の安全が保障されているグエルに、ガンダムに乗るスレッタのことが分かるわけないだろう。
『け、けけ、け、結婚、って……』
モニターにはまた新しい動きが映し出されている。
『!待て!今のは違う……!』
『いやですううううう』
スレッタはグエルの手から抜け出し、エアリアルで飛び去っていく。それを見てモヤモヤや苛立ちが晴れるような、スカッとした気分になった。
スレッタの退学は取り消しとなり、学園に残ることができた。今エランは授業の合間や休み時間を使って、スレッタを探している。連絡先を知っているのだからメールでやり取りするのが早いが、直接会って驚かしてみたかった。サプライズって楽しいだろ。
この学園の生徒は噂好きだ、なので断片的にだが色々な話が聞こえてくる。グエルが逆に水星女をふった。いや、あれ好意もろばれじゃん。水星女はグエル先輩じゃなくて水の君狙い!一緒にランチしてるの見たし。などのどうでもいい噂。
ちなみに水の君は、ペイル寮寮長のエラン・ケレスのあだ名だ。透き通った水の君として学園内のアイドルというわけだ。みんなに人気で身震いしてしまうなあ。
あとは、水星女が実習で落ちて追試らしい。あいつ寮が決まってなくて、ホテルで寝泊まりしてるらしいよ。メカニックとスポッター探してるんだって、このまま単位落として退学になったらウケるよね。などの心配になる噂。
所属する寮は入学もしくは編入前に決まっていて、寮の方にも話は通しておくものだ。スレッタを推薦した企業は、何をしていたのだろうか。メカニックとスポッターが見つからないことも、寮が決まっていないことと関係しているだろう。ホルダーというしがらみの多い立場となったのに、後ろ盾のない彼女に他の寮生は近寄りたがらない。協力して欲しいと頼んでも、面倒ごとを恐れられて断られ続けているはずだ。
そうこうしている内に、学園フロントは夕方をむかえた。人工の夕日に照らされた中庭に、他に歩いている生徒はいない。
今日は諦めて寮に帰ろうかと考えていると、中庭の階段の影になっているところに、制服を白く変えられて座り込んでいるスレッタの姿を見つけた。
「……どうしよう。これじゃ実習、受からない……」
噂通り実習の心配を独り言でつぶやくスレッタの背後にそっと近づき声をかける。
「どうしたの?相談のろうか」
「ひやあああ!」
スレッタは悲鳴をあげて、ばっと振り返った。してやったりと笑みを浮かべながらそれを眺める。こういうのが見たかったんだ、やっぱり彼女はいちいちリアクションが大きくて面白い。
「エエエ、エ、エランさん!?驚かさないでください……」
「ごめん、ごめん。君、元気なさそうだったから、つい、ね」
元気づけられるように軽い調子で謝る。驚きで目を白黒させていたスレッタだが、気を取り直して恐る恐る質問を投げかけてくる。
「ああ、あの……どうしてわかるん、ですか?」
「どうしてか教えて欲しい?」
スレッタはうんうんと真剣な表情でうなずいている。少しからかいたくなって、わざと言葉を区切ってゆっくりと答える。
「それは……君が、分かりやすいからだよ」
「え?」
じっと話を聞いていたスレッタの目が見開かれ、口から気の抜けた声が漏れ出る。いつもの張り付けた笑顔ではなく、自然と口角が上がったニヤリとした顔で彼女を見つめる。ふいに彼女は顔をふせ、つぶやくように心の裡を語り出した。
「その、実習、ひとりじゃできなくて。でも誰も、手伝ってくれなくて……」
「そっか、ペイル寮は歓迎するよ?あ、イヤならメカニックとスポッターの融通だけで済ますけど」
「えっ!」
スレッタはばっと顔を上げる。悩みを聞いてもらえただけでも心底嬉しいのに、エランの提案は悩みすべてを吹き飛ばすものだった。ペイル寮寮長であるエランであれば、スレッタを寮に入れることもできるし、寮に入れたら、協力してくれるメカニックとスポッターを見つけることもできるだろう。
当のエランは、いきなり寮に勧誘はなかったか?とまったく表情には出ていないが、内心不安にかられている。
「やっぱり、イヤだった?」
「ぜっ!ぜんぜんっ。うれしいですっ。い、いいんですか……?」
座り込んでいたスレッタは興奮気味に立ち上がる。スレッタの青い瞳がキラキラと輝いて、エランの翠の瞳を見つめる。何秒間か見つめ合ったところで、大声が間に割り込んできた。
「ダメっ!」
「うわっ、えっ!?」
声の主はミオリネだ。銀髪を揺らし、つかつかと間に入り込む。
「ミオリネさん?」
「あんた、何考えてんの。そいつは敵よ!」
「て……!?」
ミオリネは見せつけるように、スレッタの肩に手を回してぐいっと引き寄せる。威嚇のつもりだろうか。
「御三家の連中はね、私を手に入れたがってるの。こいつだって私目当てで親切なふりしてるだけ!」
指を指して言い切るミオリネに、呆れを通り越してほほえましさで笑ってしまう。にっこりと笑い穏やかな口調で答える。
「大丈夫だよ。君自体に興味はないから、安心して」
「なっ……!こっちだってナンパ王子に興味ないわよ!」
ミオリネが叫ぶ。
「な、なんてこと言うんですか!」
スレッタがミオリネに不満をぶつける。スレッタがこちらを庇うとは、あっけにとられて彼女の方を見る。
「はあ?」
ミオリネはスレッタがエランを庇う発言をすることに、納得がいっていないようだ。スレッタを睨みつけている。
「エランさんは、ちょっと意地悪ですけど、寮に誘ってくれて、編入してすぐの私にも親切だったし、優しくしてくれて、あ、あとは、えっと……」
スレッタは何とか説明をしようとしているが、要領を得ずあまり伝わっていない。
ミオリネがこちらに疑問をぶつけてくる。
「何の話?」
「彼女、実習のメンバーが集まらなくて、受からないって困ってたよ」
「だったらこいつじゃなくて私を頼りなさいよ」
スレッタはミオリネに手を引かれ、連れていかれてしまった。名残惜しそうに振り返るたびにぐいっと手を引かれるスレッタに、ひらひらと手を振る。
二人が見えなくなる頃には、黄昏の空は夜空に切り替わっていた。と、生徒手帳に着信があった、ロック画面を解除して確認する。ペイル社と学園からの連絡ばかりが並んだメールボックスに、新しいメールが届いている。要件は調整のため、ザウォートを使って決闘をしろとのことだった。
気は進まないが、無視すれば更に面倒なことになるだろう。ダイゴウ寮のやつらに決闘を仕掛けられて、保留にしていたのを思い出しながら、ペイル寮への帰路についた。