無題

無題


「ダメだ」

「いーや!」

「ダメなものはダメだ。認めん」

「嫌ったら嫌ったらイヤーっ!」


今日も平和なポーターラング号。いや、仮にも海賊が平和を謳歌してどうかと思うが、何事もないならそれが一番なので、敢えてこの平和なひと時を謳歌したいところ。そんな中、何故だか我らが船長とその連れ合いである歌姫が喧嘩をしている。これは大変珍しい光景だ。何故なら、歌姫が何か言ったとしても、大体は船長が折れる事が多いからだ。

ハッキリ言おう。船長は歌姫にめっちゃ甘い。船員の中で無意識にベポを優先して甘やかす船長ではあるが、同じレベルで歌姫をめっちゃ甘やかしている。しかし、当人はそんな自覚はないようで。以前にさりげな~くそれを伝えてみると、「何言ってんだコイツ」って目をした上にすっごく呆れた顔をされた。本当なのに酷いと思う。

と言う訳で、今みたいに二人が口喧嘩をしているのは大分珍しい。何せ前述のとおり、船長は歌姫にめっちゃ甘い。それに歌姫も船長にべた惚れなので、喧嘩をする事はほぼ皆無。端から見れば「あらあら、お熱いですこと~」と言いたくなる程度のラブラブっぷりだ。なお、これも船長は全く自覚がないようで、さりげな~~~く「今日もめっちゃラブラブでしたね!」と言ったら、「コイツ頭でも打ったか?」って本気で心配するような視線を向けられた。冷え切った視線を送られるよりもダメージが大きかったのは内緒だ。あ、思い出したらちょっと泣けてきた。ハンカチ、ハンカチ。


「もう! ローくんの頑固者!」

「どの口が言いやがる。オイこら、そっぽ向いて誤魔化すな。こっち向け」

「ふーん! ローくんと話す事はありませーん!」

「ウタ……おい、ウタ。ウーーーターーー」


おっと。ちょっと目を離してる間に、歌姫が拗ねてしまったらしい。ちなみに歌姫、年齢で言えば成人済みではあるが、幼少期の経験からちょびっと子供っぽい要素が見え隠れしたりする。別名【歌姫おこちゃまモード】だ。ちなみに命名はその時暇だった船員たち。俺も含む。まぁ、歌姫が俺達の船に助けられる前、過去のあれそれの話を聞いた時、船員全員滂沱の涙を流したし、船長も口を閉ざして何も言えなくなっていた訳だが……閑話休題。

現在、おこちゃまモード全開になった歌姫は、完全に船長から顔を逸らしている。頬をいっぱいに膨らませて、「自分は怒っています」と顔を顰めているのだが、それを見た船長の対応が、これまた小さい子に対するそれで。名前を呼ぶ声も、段々小さい子を呼ぶ保護者の様な感じになっているのだが、船長のあれはほぼ無意識のやつだ。変に指摘したら、それこそブチギレ顔で物理的にバラされるので、賢い俺はそれを見守る事とした。

船長は何とか歌姫の顔を見ようとしているのだろう、何度か回り込もうとするが、そのたびに歌姫が顔を逸らす。名前を呼ばれても、絶対に目を合わせてやらぬ! と言う強い意志で、顔をプイプイ動かしている。見ている分にはただただ楽しいやり取りだが、何度声を掛けても顔を逸らされ続ける船長としては、いい加減苛立ってもおかしくはないだろう。現にほら、こっちから見える横顔が段々としかめっ面になってきておりますし。

さぁ、これから一体どうするのか。船長の動きにこうご期待! と黙って見守り続ける中。とうとう我慢の限界にきたのか、船長の手が歌姫の顔に伸ばされた。


「うぷっ!?」

「ウーーーターーー?」

「ふぉ、ふぉーふん……」

「呼ばれてるのが分かってて無視するってのは、流石に良くねぇよな? えぇ?」

「む~~~っ!」


伸ばされた船長の手は、歌姫のほっぺをブニッと掴んだ。その状態で自分の方へ向かせる船長は、きっといい笑顔をしているのだろう。正面から見る事になった歌姫が、若干顔色が悪くなった事には目を瞑っておく。そのまま船長は、片手で歌姫のほっぺを何度もぷにぷに押している。歌姫は完全に船長に遊ばれていて、何とか船長の手を外そうと両手でもがいているが、まるで外れそうにない。どんな握力なんだあの人。その間も、無視を繰り返した歌姫へのおしおきとしてか、船長は遠慮なく歌姫のほっぺをぷにぷにしている。

と言うか多分、あれはもう怒ってはいないと思う。単純に歌姫のほっぺの触り心地が好みだから、怒ってますとアピールしつつ歌姫のほっぺを堪能している。歌姫は本気で船長の手を外そうとしているが、その間も船長は楽しそうに「はっはっは」と笑っている。そんな笑い声出せたの? 俺ちょっとビックリしたんですけど。どんな笑顔で笑ってるのかが大変気になるが、見たら暫く夢に出そうなのでやめておこう。そう、俺は賢いのでね。

……と言うよりも、あれはもう、あれですね。とっくにお互い、喧嘩してた事はとうに忘れて、イチャイチャしてるだけですね。えぇ、はい。分かっていました。分かっていましたとも。この二人の喧嘩は、大体がすぐに収束するんだって事はね。

ふ~やれやれ。誰も聞く人のいない俺の呆れ交じりの声は、やはり誰にも聞かれる事はなく。いやしかし、意図せず船長と歌姫のイチャイチャを浴びてしまったからには、ちょっとだけお返しをしたいと思わなくもなかったもので。先日、船員たちでふざけて作った立て看板を、二人に気付かれないように廊下の中央へと設置した。


【この先、カップルがイチャイチャしております。耐性のない方はご注意ください。】


よーし、一仕事おーえた! と満足した俺は、そのまま船長と歌姫に背を向けて、逃げるようにその場を離れたのだった。そんな俺の背後からは、未だにイチャつきながらじゃれ合ってる二人の声が聞こえてきたのは言うまでもない。


ちなみに、何故か立て看板を設置したのが俺だとバレて、船長に能力込みでバラされたのは言うまでもない。チャンチャン。






「……で。結局船長とウタちゃんってなんで喧嘩してたの?」

「第八次【いい加減朝ごはんでパンが食べたいウタちゃん】VS【絶対に朝は米派だパンは認めんの船長】のパン米戦争 in ポーターラング号」

「喧嘩の内容またそれかーーーい」

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