無題
今日も夜が来た。薄いシーツのベッドの中、柔らかな彼女の体を抱き締める。
なんの隔たりも無いそれは、僅かなちくちくとした痛みを伴いながらも、とても心地好い暖かさを与えてくれる。
僅かに胸板を押される。抱き締め過ぎたかと慌てて力を緩め、腕の中の彼女を見る。
「悪い。苦しかったか」
「いえ。傷、痛くないかなって」
細い指が、薄く色づいた傷痕を撫でる。
今夜は何時もよりも酷く冷える。
だから、昔の傷が疼かないかと心配してくれたのだろう。
「大丈夫だ。もう、痛くない」
「本当に?」
「本当だ」
安心させる様に、口づけを一つ落とす。
本当は、まだ時折疼くことがある。でも、彼女を心配させたくないから嘘をつく。
彼女も、そんな嘘には気がついているだろうに、深く聞くことはない。
胸元へかかる吐息がくすぐったい。柔らかな赤い髪へ顔を埋める。胸を満たす甘い香りに、身体の中心が燃える様に熱くなるが、すぐに氷が突き刺さった様に冷たくなる。
「スレッタ、俺と……」
「大丈夫です」
言おうとした言葉を遮る様に、彼女は言葉を紡ぐ。
「ずっと、貴方の傍にいます。いたいんです――」
吐息が肌につくように、いっそう額が押し付けられ、離れまいと抱き締められる。
「でも俺は……」
「関係ありません。私が、こうしたいからしてるんです。……我が儘ですかね?」
「いや……、我が儘なのは俺の方だ」
僅かに空いた隙間さえも嫌で、強く強く抱き締める。
「いつか、お前が嫌がっても、俺はお前を離すことはできない。それでも」
いいのか
「……はい。ずっとずっと、離さないで下さい。」
私も、離しませんから。
甘える様にすり寄る頭を撫で、今度は深くキスをする。
お互いを慰める様に撫でる手は、擽ったく、心地好い。
足を絡め合い、強く抱き締め眠りにつく。
汚れた自分が、彼女の隣にいることさえ本当は、許されないのかもしれない。
胸の奥に刺さった氷の棘が解けるまで、交じり合うことさえできない。
それでも、彼女が欲しいと心(本能)が叫ぶ。腕の中にあるそれを、逃してはならないと、悪魔が囁く。
「スレッタ……」
愛しい女性(ひと)の名前を呼ぶ。
「何処にも行かないでくれ」
冷たい氷は、まだ解けない。