無題

無題


「キャプテ~~~ン! ウタちゃ~~~ん!」

「無事で良かった~~~!」


ドレスローザから無事にゾウへと辿り着き、麦わらの一味と別れたローとウタ。その二人を、先にゾウで待っていた船員たちは全力で歓迎した。ベポが二人を一緒に抱きしめると、それに集まる様に他の船員たちもやって来る。ぎゅうぎゅう抱き着いて来る船員たちは、ローが「離れろ!」と一喝してもなかなか離れずにいた。


「お前ら鬱陶しい! ウタが潰れんだろうが!」

「あ! ごめんねウタちゃん!」

「大丈夫?! てか、ウタちゃん怪我は?!」

「ぷはっ……うん、大丈夫。みんな、待っててくれてありがと」

「ウタちゃ~~~ん!」

「だから離れろっつってんだろ!!! 一旦落ち着け!!!」


ぎゅうぎゅう団子になっていた状態では、碌に話も出来やしない。漸くローの言う通りにした船員たちに溜息を漏らしながらも、内心ローは安堵していた。詳しい事は話さず、駄々を捏ねて捏ねて捏ねまくったウタ以外を、こうしてゾウへと向かわせた。もしかしたら、そのまま永遠に再会出来なくなる可能性も考えていたのに、だ。

ドレスローザでの顛末は新聞が届いてればきっと知られているのだろうが、それでも変わらず慕ってくれる船員たち。今のやり取りにしても、自分の場所に帰って来れた事を実感させられた。その事自体は嬉しく思う。歓迎が少々、過剰に思えた気がしなくもないが。

改めて、自分の前に立って嬉しそうにしている船員たちを見る。一先ず状況を確認しよう、とも思ったが。そう言えば、これも話さなくていけないなと思い至って、ローは話す内容の順序を変更する事とした。


「あぁ、そうだ。諸々の情報共有の前に、お前らに話しておくことがある」

「え?」

「なになに? それって大事な事なんです?」

「そうだな。あとに回すと説明が面倒臭くなりそうだから、先に伝えさせてくれ」


改まって言うローに、船員たちは顔を見合わせる。久々に再会できた船長の言葉だ、なんであれ大人しく聞くつもりではあったが、一体何を話すのだろう。先ず話すならドレスローザの事か、それともゾウでの事かと予想していただけに、そうではないらしい事に首を傾げる。

そんな船員たちの前で、ローは自分の隣に立っていたウタの肩を抱き寄せた。ウタが驚いて声を掛けるより前に、ローは船員たちに向けて言い放った。


「ウタと正式に交際する事になった。以上」


シン……と、一瞬でその場を沈黙が支配する。遠くで鳥が飛ぶ羽音だけが響き、そよそよと風に揺られて木の葉が擦れて音を鳴らす。

船員たちは全員、差はあれど目を真ん丸とさせていた。ウタも顔を真っ赤にさせ、恥ずかしそうに俯いてしまう。そんな周囲の動揺など気付いていないのか、気付いてながら無視しているのか。ローは自分の言葉が船員たちに正しく伝わったのだろう事を察すると、満足そうに頷いた。


「よし。じゃあ、先ずはゾウで起きた事から――」

「ちょっと待ってぇえええええええええええええええええええええええええ?!!」


話は済んだとばかりに、そのまま近況報告を求める船長に向けて、船員たちから大声が上がる。その声量にローは顔を顰めるが、自分達の船長の発言にド肝を抜かれた船員たちは、一気にローへと詰め寄った。


「待って待って待って?! え?! だって船長、ウタちゃん! え?!」

「付き合ってたんじゃないの?! 既に付き合ってたんじゃなかったの?!」

「細けぇ事気にすんじゃねぇ」

「細かくないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!?!!」


正式にってなに?! 今まで船の中であんだけ一緒にいたのに! え、付き合ってなかった……? ツキアッテナカッタ?! そんな馬鹿な! 認めねぇ! 俺は認めませんよそんなの! 船長はそんな人の心のない真似はしねぇ~~~っ! などなど。

今まで自分達が見ていた中では、ローとウタはかなり仲睦まじい様子だったと言うのに。それがまるで、実際にはそうではなかったのだと、衝撃的事実を突きつけられたような。あんなにイッチャイチャ(無自覚)してたのに?! と言う思いから、それぞれ困惑と共に言葉をぶつけ続けている訳だが。唯一その輪に加わらず、寧ろ慌てている仲間たちを見て不思議そうにしていたベポが首を傾げた。


「? みんななんでそんなに驚いてるの?」

「だってベポ! 船長のこの発言!」

「まるで今まで本気じゃなかったみたいな! ウタちゃんを弄んでいたかのような!」

「ひでぇよ! あんまり過ぎるよ船長~~~~~~っ!」

「バラすぞてめぇら」


ベポの疑問に対して、船員たちは滂沱の涙を流しながら船長を指さす。そんな船員たちに苛ついたローが脅し文句を口にするも、彼らの興奮は収まりそうにない。もう本当に一度バラしてやろうか……などとローが物騒な事を考え始めたところで、「でもさぁ」とベポが言葉を発した。


「おれには人間のオスとメスが番になるまでの方法とか、決まり事とかはよく分かんないけど……船長はウタちゃんの事、ずっと大好きだったでしょ? ウタちゃんも船長の事が大好きなんだし……二人がこれから、ちゃんと番になるって決めたんなら、おれはそれで良いと思うな~」


そう言って笑うベポには後光が差していた。のちにシャチはそう語った。


「ベポ……っ!」

「いやなんでアンタが感動してんです?!」

「ウタちゃん! ウタちゃんはこんな船長に言う事はないの?!」

「うーん。ローが私の事を大好きだって言うなら、それで満足かな~」

「あ、ダメだ! この子も喜びのあまり深く考えてない!」


純粋なベポの言葉に、ローは感極まって涙を流し、口元を手で押さえて震えていた。このローでは話にならないと、変わって未だにローのそばにいるウタに話を振る。だがウタ自身、ローがウタを大事に想ってくれている事が嬉しくて仕方がないので、話しても意味がなかった。

ダメだ、この二人。もうどうしようもない。そう悟った船員たちは、そのまま力なく地面に倒れ伏した。


「ちくしょーーーっ!!! おめでとうございます!!!」

「精々幸せになれってんだーーーこんにゃろーーーっ!!!」

「そのつもりだ」

「えへへ、ありがと」


地面に顔を押し付けたまま、やけくそ気味に祝福の言葉を送り付ける。律義な船員たちの言葉を、ローは至極当然と言った顔で、ウタは本当に嬉しそうに笑って受け取った。


*****


「てか船長、良かったんですか?」

「あ?」

「ウタちゃん。最初はちゃんと帰すつもりだったんでしょ? 赤髪の船に」


一旦落ち着きを取り戻し、互いの今までの状況も共有した後。ウタは唯一の同性であるイッカクに連れて行かれ、残されたローにペンギンが声を掛けた。ペンギンも二人が正式に、と言った事に大層驚いた一人ではあったが、何故わざわざそんな事を告げたかを理解できない訳でもなかった。あれはローが、自分自身に宣言したようなものなのだろう。今後はウタを恋人として、対等に扱うと言う為に。だが、それはそれとしてだ。疑問はまだ残っていた。

そもそもローは、以前まではウタとは一線を引いていた筈なのだ。そばに置く事はあっても、自分から手を出す事は一切せず。いつかはウタを、彼女の親である赤髪達の元へ帰す為に、余計な情を抱かないようにとしていただろうに。それなのにどうして。そう言いたげなペンギンに舌打ちを返してから、ローは視線を逸らした。

おっとこれは、話す気がないって事だな? ローの態度から察したペンギンは、深い溜息を漏らした。


「ま、あんたが良いなら良いですけど。でもウタちゃんに手を出したーってなったら、下手するとあの赤髪とやり合う事になりません?」

「そりゃ相手の出方次第だろ。少なくとも、俺はウタの親にわざわざ喧嘩を売ろうとは考えてねぇよ」


呆れながらも、ペンギンが危惧するのはウタの家族についてだ。ウタがあの赤髪の関係者である事は、二年前に彼女を助けた時点で聞かされている。話を聞くだけでも、赤髪達が大分彼女を大事にしていたのだろう事も理解出来た。何らかの事情があってウタを船から降ろし、そのまま十二年もの間音信不通になっているとは言っても、赤髪達からすれば、ウタは変わらず【可愛い娘】の筈だ。

そんな娘が、他の海賊船の船長と好い仲であると分かった時、一体どうなる事やら。そう心配するペンギンに、ローは淡々と言葉を返す。ローとしても、ウタを家族と会わせる約束は果たさなくてはならないものだ。だからその時になれば、ウタの背中を押すつもりではある。どれだけ自分を好いてくれてるとしても、家族に会いたい気持ちを邪魔するつもりは一切ない。


「それにな、俺達は海賊だぞ」


だが、それはそれとして。


「欲しいもんがあったら、力づくで奪ってこそ。だろ?」


そう言って笑うローに、ペンギンは言葉を失った。

あぁ、この人は。例えウタを家族に会わせたとしても、そう簡単に手放そうとは思わないのか。その時に、もしもウタが家族を選んだとしても、その後にどんな形であれ迎えに行くつもりなのか。それ程、ウタを想っているのか。

今までのローでは凡そ言わない言葉だ。どこまで本心かは分からない。だがドレスローザで諸々の因縁を清算した今、そう思える程の余裕が生まれたのだろう。その事自体はとても嬉しく思える。だけどそれ、結局四皇の一人に喧嘩売る事になりません? なんて野暮なツッコミを入れる事が、ペンギンには出来なかった。


「っかーーー! 分かったよ、分かりましたよ! そん時はお付き合いしますよチクショー! ほんっとあんたってば、あの子にべた惚れなんですから!」

「違うな。ウタが俺にべた惚れなんだ」

「どっちもだよ!」

「はははっ」


色々吹っ切れたからか何なのか、ウタへの想いを隠そうともしなくなったローに声を荒げれば、ローは楽しそうに笑った。こんな風に笑う姿を見たのは、一体何時ぶりだろうか。そんな事を考えて、ペンギンはちょっとだけ泣いた。


因みに奪う云々とかって、ウタちゃんへの結婚の申し込みとかじゃないですよね?

思わず聞かずにはいられなかった質問に対する返答は、ローからの容赦ないグーパンだった。

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