無題

無題


「諸君! グラスは持ったな? それでは麦わらの一味アーンド、ハートの海賊団の同盟を祝して! かんぱーい!」

「かんぱーい!」


夜のサウザンド・サニー号。その中のアクアリウムバーにて、麦わらの一味男性陣(一部除く)にローを含んだ面々が、飲み物の入ったジョッキを手に乾杯をしていた。


「いや待て。なんだこれは」

「なんだって良いだろ~? 親睦会だよ、親睦会。折角の同盟相手なんだし、少しは仲良くしよーぜ~」

「だな。お前の連れもうちの女共が連れて行ったし、ちったぁ付き合えよ」

「はぁ……禁断の女神達の園……! ん~っ! 俺も混ざりて~!」

「私もです! 絶対いい匂いがしますよ! あ、私、嗅ぐ鼻は無いんですけど! ヨホホホ~!」

「まー、とりあえず食べようぜ! トラ男、ほら肉! んめーぞー!」

「いらねぇ」


寝ようと思ったところに突然連れ込まれ、流されるままにジョッキを渡されていたローだったが、我に返った時には既に親睦会と言う名の飲み会が始まっていた。チョッパーは既に寝ており、パンクハザードから同乗した侍の錦えもんは、モモの助を休ませる為に今回の参加は辞退したらしい。ちなみにフランキーは今は外で見張りをしており、適当な時間になったら交代する予定だ。

てか、親睦会ってなんだ。そんなツッコミが喉まで出かかったが、下手に言えば更に面倒になりそうだっので、ローはグッと堪えた。ある程度付き合えば解放されるだろうと期待し、ジョッキの中身を飲みつつ、用意されたつまみに手を伸ばす。つまみと言えど手を抜かないサンジのお陰もあって、単純な肉料理から少々凝ったものまで、バラエティ豊かだ。夕飯は既に済ませたが、これはこれでイケるなと黙々とつまみを消費していく。その間も、ルフィの一発芸やウソップの踊り、ブルックの即興などと盛り上がっていき、その熱がある程度落ち着いてきたところで、サンジを巻き込んだ即席ダンスを披露したウソップがローの隣に腰を下ろした。


「ところで、トラ男はいつルフィの幼馴染と出会ったんだ?」

「あ?」


話を振られ、ローは怪訝な顔でウソップを見る。しかも内容は、自分と共にこの船に乗る事となったウタについてだ。無意識に眉間に皺が寄っていくが、強面はゾロやフランキーで慣れたウソップなので、あまり気にせず話を続けた。


「ちょっと気になってさー。恩人だってのは聞いたけど、やけにお前にベッタリじゃん。どんな出会いだったのかなーって」

「お! それ俺も聞きてぇ!」

「そうだそうだ! あんな素敵なレディといつ! 何処で! 何があったらあんなにラブラブになるってんだ! あぁん?!」

「ヨホ。サンジさん、完全に私怨ですねそれ!」

「くっだらねぇ」

「あぁ?! なんつったそこのクソ剣士!」


さっきまで飲んで食ってに集中していたのが、話題がウタの事とあって、ルフィは元気よく手を挙げた。次いでサンジが嫉妬混じりの言動で絡むも、それを見たゾロのぼやきにすぐ怒りの矛先を変える。それでも話題の中心は変わらずローのようで、ほぼ全員から興味津々、と言った視線を浴びる。

面倒だな。さっさと出て行けば良かった、などとつまみに夢中になった事を少し悔いながら、口から出るのは大きな溜息。この様子では、とりあえず話さないと解放されない事だろう。渋々と言った様子で、ローは口を開いた。


「別に、お前らが想像してるような甘ったるい関係じゃない。アイツを助けたのが偶然俺で、アイツが一番弱ってた時にそばに居たのも俺だった。だからアイツは俺に懐いてる。それだけだ」

「……え、それだけ?」

「あぁ」

「いや、なんか他にもあんだろ」

「なんもねぇよ。そもそも、説明が面倒だから対外的には彼女ってしてるだけで、実際に手を出した事は一度もねぇ」


そう言って、ローはジョッキに口を付ける。確かにウタを紹介した際に『彼女』とは言ったが、それはあくまで仮のものだ。そもそも、この関係も偶然彼女を拾ってからローが面倒を見ている内に、成り行きでそうなっただけに過ぎない。あくまでもローはそう考えている。

今はそのままローの船に乗せてはいるが、ウタが本来あるべき場所が見つかりさえすれば、ちゃんとそこまで送り届けるつもりなのだ。尤もその時に、果たして自分が生きているかは分からないが。少なくともローは、自分が生きている間はそうするつもりで接している。

なので恋人とは言ってあっても、そういった愛ある触れ合いはしていない。下手に手を出せば、ウタの心を無暗に傷つけるだけ。それ以外のスキンシップは許容してはいるが、それだけだ。最後にはこの手を離れるウタに、不要な事をするつもりはないのだから。

場に沈黙が落ちる。その中で、ふぅ、と息を吐いたローを見て、一人で酒瓶を空けていたゾロは周りが聞きづらいだろう事をハッキリと口にした。


「そりゃつまり、トラ男はルフィの幼馴染にそこまでの感情はねぇってことか」

「……まぁ、そうなるな」


あまりにもバッサリと言い切られ、一瞬言葉に迷った。しかし実際その通りなので、大人しく肯定の言葉だけを口にする。その際に、胸の奥がズキリと痛んだ事からは目を逸らして。

聞いておいて、ゾロはそれ以上興味はなかったようで。「ふぅん」とだけ言うと次の酒瓶に手を伸ばす。話を振ったウソップは居心地悪そうにし、サンジとブルックも「どうしたものか」と顔を見合わせている。そしてルフィは、ローの言葉を聞いてからずっと無言でいたところ、徐に立ち上がってローの前へと移動する。


「トラ男」

「ん?」

「一発殴らせてくれ!」

「は、あっ?!」


声を掛けられ、顔を上げたタイミングでルフィの拳がローを襲う。咄嗟に避けた為に直撃は避けられたが、耳元に聞こえた風切り音に、ローは流石に冷や汗を流した。そんなルフィの暴挙とも取れる行動に、慌て始めるのは残りの面々。咄嗟にウソップはルフィとローの間に割り込むと、ルフィの表情が怒りに染まっている事に気付いて内心泣き叫んでいた。しかしどれだけ泣き叫ぼうとも、仮にも他所の船長を意味なく殴って良い訳がない。震える心を叱咤して、ウソップは何とかルフィを止めようとする。


「ちょちょちょストップストップ! 何してんだよルフィ!」

「腹が立ったからだ!」

「はぁ?!」


ウソップの言葉に対する返答に、周囲は目を丸くする。それはローも同じで、腹が立ったからと何故殴られそうになったのか、理解できなかった。しかしルフィとしては、そんなローの態度にも腹が立ったようで。力強い足音を響かせ、拳を構え直すと一気に言葉を捲し立てる。


「ウタは俺の友達だし! もう一人の姉ちゃんみたいなもんなんだ! ウタはトラ男が大好きなんだってのは俺でも分かった! なのにウタの気持ちから逃げて蔑ろにしてるってんなら、ウタが許しても俺が許さねェ!」


そこで漸く、ウソップ達はルフィの怒りの理由を理解した。ルフィにとっては大事な幼馴染であるウタが、どれだけローを好いているかは短い時間でも察せられた。しかし想いの矛先であるローは、あくまで自分達の関係はそうではないと言う。ルフィからすれば「ふざけんな」案件であるのは確実だろう。よりにもよって、十二年ぶりに再会した幼馴染の想い人が、こんな煮え切れない態度なのだから。

しかしルフィの言葉は、ローの堪忍袋をぶち切るにも十分だった。最初は呆けていた顔が、徐々に苛立ちで歪んでいき、額には青筋も浮かんでいる。ゆらりと立ち上がり、不気味なオーラをも纏うローにウソップが怯える中。ローは被っている帽子の陰から、凶悪な視線をルフィへと向けた。


「……蔑ろだぁ……? テメェ、人の気も知らねぇで……!!!」

「お、おいトラ男! 待てよ落ち着けって!」

「やるかコラ!!! 絶対殴る!!!」

「待て待て待てっ! こんな所で暴れんじゃねぇ!」


今にも鬼哭を抜こうとするローと、飛び掛かって殴ろうとするルフィをウソップとサンジが止めに入る。ギャーギャー騒ぐ様子を傍観していたゾロとブルックだったが、このままでは部屋が壊れるだろうなと両者共に考えていた。ちら、とゾロが時計を見ると、時刻は十二時を回ろうとしていた。


「……フランキー呼んだ方が良いか? ついでに見張り交代してくる」

「はい、お願いしますね。ハイハイ皆さん、時間も時間ですし、落ち着きましょーね~」


適当な酒を数本見繕って、ゾロは部屋を出て行く。あれだけ暴れている二人を止めるなら、体格もよく力も強いフランキーが適任だと判断したのだろう。ブルックも同じで、ゾロがフランキーを呼びに行くまでの間、これ以上部屋が被害を受けないようにと努める。

結局、ゾロと交代でやって来たフランキーが「おめぇら暴れんじゃねぇ!」と容赦ない拳骨を食らわせるまで、この騒ぎは続いた。


翌朝、顔に青痣を作ったローを見たウタが「どうしたの?!」と驚くのだが、怪我の理由を素直に言える筈もなく。「なんでもねぇ」としか言わないものだから、心配していつも以上に傍にいるウタを引き剝がせずにいるローに、「あれで特別じゃねぇとか噓だろ」と誰かがぼやいた。

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