無題

 無題


それは暗い夜だった

真っ暗な部屋の中、激しい息づかいと、水音だけが聞こえる

余裕なんてない

あるわけもない

残された僅かな時間の中で、必死にお互いを求めあう

顔を見たいのに、ランプの灯りを点ける時間さえもどかしい

名前を呼ぶ唇を己のそれで塞ぎ、絡めあい混じりあった蜜を飲み下す

日が昇るまでの残された時間の中で、恋人たちは己の欲望のままに睦あう

人であるうちに、人のままであるうちに

今宵だけは不思議な力など使えない、ただの人間だ

素面の体はあまりにも冷たく、そして火傷をするほどに熱い

熱した楔が身体に打ちつけられるたびにあがる叫声

何度目だろうか、彼女の中に放たれた種が溢れ出てシーツを濡らす

そのたびに、まるで楔ごと取り込もうとするかのように締め付けられ、熱い息が溢れる

朝になれば、男の身体に刻まれた傷は残らないだろう

なのに刻みつけるように残された赤い線と痕が、女の情念を表す

闇の奥でヒバリが鳴く声が聞こえる。

その音を掻き消すように二人が声も大きくなる

だが次第にそれは弱まり、あとには女の啜り泣く声だけが静かに部屋の中に響き渡る

日が昇れば力が戻り、また元の姿へと戻ってしまう

女は魔女へ

男は烏へ

呪いで獣の姿へ変えられた彼が元の姿へ戻るのは、魔力の消え失せる新月の夜の僅かな時間しかない

恋人たちはその僅かな時間しか、束の間の逢瀬をかわせない 

これは呪いだ

魔法でいくら獣の言葉を解そうが、彼とだけは言葉を交わせることができない

途方もない年月を呪いを解くために費やしても、未だにそれを見つけることはできない

永遠の呪いをかけられた烏と、永遠に近い時を持つ魔女

過ごす時は近くとも、残された時間は遠く

どれだけ永く生きようとも、呪いが解けなければ最後には彼を遺して先に行ってしまう

言葉を交わせなくなる明日よりも、遠い未来のことを思い女は泣く

男はそんな女を抱き締め、守ることもできず、流す涙を拭けなく日が来ることを思い、唇を噛みしめる

外からヒバリがひときわ大きく鳴く声が聞こえる

顔すら見えなかったはずの部屋の中、目蓋と頬を赤く腫らした彼女顔が、うっすらと見える


もうすぐ、日が昇る

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